その名はかりーーんぬっ
どうもー!無職ですっ。
携帯とガスが止まり、残るライフラインは電気と水道とネット回線のみ。
それだけは止めるわけにはいかない。と、必死に頑張ろうとしている無職ですっ。
どうやって生活してるかって?お国に保護してもらってるのさあ。
言わせないでよ。うふふ
なんで電気とネットだけは止めるわけにはいかないかって?
そりゃあ、
アニメとネット小説が楽しめなくなることは死活問題だもの。
いやあ、大袈裟に言ってるわけじゃありませんよ?
スマホ契約?あのねぇ、確かに無くて不便だと感じることもあるけど、
案外無くても何とかなるって気づいちゃったんだよね。
まじまじ。連絡とる人いないしね。うふふふ
中古のPCさえあれば大丈夫なのさっ!
そうそう、中古のPCで思い出したけど、
最近ネットの小説サイトに物語書こうかな~なんて思ってるわけ。
なろう系っていうの。これが面白くってさ、
今日こそ書こうって思ってても、みんなの小説が面白すぎちゃって!
一日が終わっちゃってるんだもん。
しょうがないよねえ。
あ、それでもちゃんとアイディアノートは持っていますよ?
これこれ。
思いつくたびにメモを取っているんだぁ。
ほめてほめて?
でもねでもね、
たった今、没になったアイディアが一つだけあるんだぁ。
トイレ掃除の手を止め、
「無職男性の家に異世界少女がやって来る」
という項目にスッと線を引き、
6畳ほどのワンルームを覗き込む。
そこにはおいしそうにレトルトの唐揚げとレトルトのごはんをほおばる、
スウェット姿の少女の背中があった。
「はぁ、無いわ」
一通り掃除が終わりベッドに座り、頬杖を突きながらため息をつく。
思えば無職男性の家に異世界少女が来たってどうすることもできない。
今だって俺のなけなしのレトルト唐揚げと、レトルト白ご飯をなんの悪気もなく食っている。
ご飯は2杯目、唐揚げに至っては12個目だ。一袋丸々いかれてしまった。
大体、言葉がわからない。盲点だった。
それに誰がみたいっていうんだそんな話。
女子高校生をサラリーマンが保護して恋愛に発展したアニメを最近観たんだが、
あれはサラリーマンだったから観れたんだ。ということが分かった。
働く皆様と、お国のお情けで保護されている男が?
少女を保護する事なんてできるわけがない。
あと、単純に目が合わせられない。
そんな当たり前の事になぜ気づけないんだ。
つくづく自分の想像力のなさに嫌気がさすな。
それを教えてくれただけでもこの異国の女性には感謝しなくては。
ありがとう。
そう心の中でお辞儀をしながら「家出少女 保護 犯罪」という検索エンジンを閉じ、
Googleマップに「近くの交番」と入力していた。
「メッタロッシーナァ」
美味しかった。と、聞こえた。
いや、俺にそんな特殊な能力はない。が、彼女の表情がそう言っている。
「それはようござんした」
あなたの無防備なところは一切見ておりません!
と、お伝えするために、そっぽを向きながら机の上のものを片付けようとする。
「カリーンヌ、メノール」
「え?」
「カリーンヌ、メノール」
自身を指さし、そんなことを言っている。
もしかして・・名前?なのか?
「とおる」
俺も彼女を真似て名乗ってみることにした。
「トル?」
「と・お・る」
「トオル?」
「イエスイエス!」
おお!通じた!なにこれ嬉しい!
最近人から呼ばれることなかったからすっごい!なんか嬉しい!
おれはとおるだったなそういえば!とおるであることを忘れるところだったぜ。ふー
「カリーン?」
「カリーンヌ!」
「オッケイ、カリーンヌ!」
!!!!
そうか!そうではないか!
我々には分明の力があるではないか!!
ばかばかばかばかおれのばか!
数分後・・
「これかな?ダウンロードっと」
俺がWi-Fi下でしか役に立たないスマホで何かをやっているのを、カリーンヌは不思議そうに見ていた。
さて、えー・・・いや待て、そもそもなに人なんだ?
巻き舌っぽい発音がたまにあったからロシアかもしれない。
ロシア人であればなんか色々納得いくかもしれない。
物騒な世の中になったもんだ。などと世界情勢を少し憂いた。
「あなたはどこからきましたかっ、っと」
後に、スマホから流暢なロシア語が流れる。
俺は目を輝かせながらカリーンヌをみる。
が、彼女は首をかしげる。
「あれえ違ったか。じゃあ・・」
バッ
スマホを取り上げられた。
「ガッタスフォリア?」
「ゴッタスフォリア」
おお!スマホが反応した!
スマホを覗き込む。
が、ただ聞こえたとおりにオウム返しされていただけだったみたいだ。
その後もYoutubeのマイク機能で試してみたり、色んな単語を試してみたが、時々空耳のような反応があっただけで、
他はてんでダメだった。
もしかしたら分明の力はそこまで進んでいないのかもしれない。
カリーンヌの見た目はヨーロッパ系の女性だとばかり思っていたからだ。
ヨーロッパに後進国のイメージがなく、それを聞き取れない分明の力のほうを疑ったのだ。
ただ一緒になって色々な手法を試すほどに、コミュニケーションが取りたいという気持ちだけは通じている気がして嬉しかった。
俺はもう少し人とコミュニケーションをとれるように頑張って生きたほうがいいかもしれない。と、心に誓った。
「さ、もうこんな時間だ」
俺は立ち上がると一張羅のコートをカリーンヌに着せ、玄関に歩き出し、別れの決心をした。
カリーンヌはなんか言っていたが相変わらず見事になんもわからん。
交番に向かう途中、カリーンヌは多分そうじゃない。っていうテンションだった。
ぴょんぴょん飛び跳ねてたし。うん、凄くかわいい。
だけど、周りからの視線が痛いから、やめて。うん、お願いやめてカリーンヌ。
交番につく前におじさんお巡りさんに捕まっちゃうかもしれないから。かりーんぬっ
スウェットにコート着た生活感丸出しの美女連れて歩ける見た目じゃないからね!かりーんぬっ
「あのー」
「こんばんは、どうされました?」
凄くさわやかな青年ポリスメンだ。カリーンヌと俺を4度は交互に見てきたが。
交番やってて良かった。交番閉まるという概念があるかどうかは知らんが。
俺は事細かに事情を説明した。路地裏のこと、ナンパのこと、唐揚げとご飯の事、スウェットとコートの事、言葉が通じず、どこの国の方なのかわからないこと。
その間、カリーンヌは俺の後ろに隠れていたような気がした。やめろやい。寂しくなってしまうだろう。
「な・・るほど、わかりました!後はお任せください!わざわざありがとうございます」
「あ、お手数なんですけど、一応書類書いてもらうことってできますか?」
「あぁ・・わかりました。」
正直面倒だったし、身分を明かすことがとても恥ずかしいと思ったが、
この短時間でたくさんのことを学ばせてくれたカリーンヌの為だ。
おじさん・・一肌脱いじゃおうじゃない!!!
「あ、生活保護の方なんですね。」
「あ、はい。」
「・・・」
「・・・」
「書けました・・」
「ありがとうございます」
「では以上で大丈夫ですので、はいっ。ご協力ありがとうございました」
「どうも」
カリーンヌの事は見れなかった、きっと彼女もこんなおじさんよりあの青年ポリスメンに話を聞いてもらうほうがいいだろう。
何より・・
言っちゃうかなあ?ねえ?生活保護の方って!
言っちゃうかなあ??ねえ?
いや、いいんだけどさ~、ほんとにそうだからいいんだけどさ!!
そのあとの沈黙は心無いわよねえ??奥さん!
唇を噛みしめながら俺の心は泣いていた。
「トオル?」
心なしかその声は悲しげなものに聞こえた。
俺は、聞こえないふりをした。
すまない、かりーんぬっ。わかってくれ。
男には振り返っちゃいけない時がある。by Youtubeのコメント欄
「トオルーーー!!」
カリーンヌの声が東京のはずれの小さな街の星空に響き渡った。
ガチャ。
バタン。
玄関から少しだけ部屋を眺める。
「こんなに広かったっけかな。」
カリーンヌの食事の食器を洗うことにした。
ジャー
全部レトルトだったからフォークだけなんすけどね。
「それにしても不思議な子だったな。」
言葉も通じないのに、ほんの少ししか一緒にいなかったのに、
たくさんの事を教えてもらった気がした。
「そうだ。忘れないうちにメモを」
しゃっ、しゃっ
ぱたっ
「俺も来世ではあんな子と・・」
「なんてな」
ダンダンダンダン!
「ふぃゃ!?びっくりした」
「トオル?トオル!」
ダンダンダンダン!
「カリーンヌ・・なのか?ほんとうに・・」
俺はよろよろと立ち上がり、ふらふらと玄関を目指す。
頭の中ではセリーヌディオンのMy heart will go on が流れ出す。
そう。一度は自分の身を案じるジャックの気持ちを尊重し、
救命ボートに乗ることに成功したにも関わらず、
死ぬときはあなたと一緒にいたいと、沈みゆくタイタニック号に再び乗船したあの大馬鹿!
君はバカだ!なんで戻ってきてしまったんだ!!
ダンダンダッ
ガチャ。
「しーーー!!!近所迷惑でしょうが!」
「いでででででで!」
ドアを開けるや否や、わき腹に激痛が走り、顔をゆがめる。
「いだいいだいいだい!!」
「いだっ、なーがいっての!」
俺の肉をつねる腕を振り払うことに成功した。
「君の攻撃は地味だし、なーが・・」
「ポルトッソ!ヴェランドルケマンシャ!トオル!ハン?」
凄い剣幕で何かを訴える彼女の瞳は少し潤んでいるようだった。
正直全然意味が分からなかった。
彼女がどういう感情を持っているのか・・なぜここに帰ってきたのか。
全く分からない。唐揚げをあげたのがまずかったのだろうか。
俺に気があるかも?とか、そんなことを考えるほど、
常識ズレしていないと思っているつもりだが。
まして、さっき会ったばかりだし。
いや、やっぱりどう考えてもだめだ。
俺が何とかできる話じゃない。
もう一度交番に。
「ウェヌッサ!ウェヌッサ!」
嫌がるカリーンヌの肩を少しだけ失礼して、追い返そうとする。
そのやり取りが少しだけ長かったせいだろうか、
ガチャ。
「あら、どうしたの」
寝ぼけ眼にパジャマ姿の、隣のおばあちゃんが出てきた。
ことあるごとに大家と友達であることでマウンティングを取ってくるが、
基本的にちょー優しいおばあちゃんだ。
今だって、きっと騒ぎで起こされただろうに、どうしたのと気を使ってくれるような話しぶりだ。
「あ、いえ・・」
しかし、まーずい。
この状況は色々とまずい。
「あら、喧嘩はダメよ?」
「すいません・・」
渋々と自室へ戻ることにした。
「はぁ、どうすればいいんだ・・」
ベッドに座り込み、頭を抱えた。
彼女はというと、テーブルの上のリモコンでなにやら遊んでいる。
「続いてのスポーツは」
プチュン
「大谷しょ」
プチュン
「見事なホームランを放ち、3対」
プチュン
言葉が通じないのがなあ。
翻訳機ツールもなぜか意味ないし、
通じさえすれば警察の人とも俺とも分かり合えて、彼女の為に行っているということもわかってもらえるはずなんだが。
そもそもなぜ翻訳ツールが役に立たないんだ。
有名じゃない国の言語は登録されていないとか?そういうものなのか?
物凄く小さな国があるみたいなことを昔社会の授業で習ったことがあったっけか。
もしくは・・はっ!
その瞬間脳内に電撃が走った気がした。
追いはぎに合うことなんて聞いたことのない日本で、裸同然の格好で突如として現れ、どこの国の言語かわからない言葉を話し、ポリスメンから逃げる。
ほんとうに・・
本当にそうなのか?君の正体は・・まさか
「不法入国者・・なのか?」
「ン?」
ふと時計に目をやると、12時を回っていた。
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