~16~
翌日、二人はグリッド辺境伯爵の元を訪れた。
「やあやあ。よく来てくれた、近衛騎士団長殿。心から歓迎するよ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ブラッドリーに手を伸ばすグリッド辺境伯爵。
その手を取りながら「今までありがとうございました。妻と子を迎えにまいりました」そう言って男たちは固い握手を交わした。
ブラッドリーからの手紙を読んでパトリシアが涙を流した日。辺境伯爵宛てのもう一通の手紙には、パトリシアとお腹の子を見守ってくれるよう願い書かれたものだった。
戦の時、わずかな時ではあったが二人はこの地や、この地の民や傷を負った兵士を守るために尽力していた。
領地を回り、近隣の町や王都まで足を運んだこともあった。そうして深めた友情は、年齢も時間も越え未だに育まれていた。
「で? 準備は整ったのか?」
「はい。この国一番の最高権力者様のお墨付きもいただきました。もう、誰にも何も言わせません。その代わり、剣を持てなくなるまでこき使われる事は決定ですが」
「ははは。まあ、良いじゃないか。そうなったら君の奥方が面倒を見てくれるさ。それに、その頃にはヴェリテが君の後継者になっているだろうからな。
そうしたら、この地に戻ってこい。俺も生きていたら、一緒に酒を酌み交わそう」
「はい。その時はぜひ」
執事のセバスチャンの言葉が強く心に響いたブラッドリーは、剣の腕を磨き高みを目指した。そして周りに仲間を集め、パトリシアとヴェリテを排除しようとした両親を徹底的に囲み始めた。両親や長兄、親戚筋が物言えぬ位の人間を味方につけるための努力を惜しむこともなく、着実にその実力を知らしめた。
グリッド辺境伯爵を通し、自らの稼ぎをパトリシアに送ったとしても不安はあった。
会いに行こうと思えば行けもした、それでも侯爵家の力を使い母が何を仕出かすかわからない。大事な二人に万が一のことがあってはたまらない。かといって、まだ何もしない母を断罪するわけにもいかない。じっと時を待つほかなかった。
そして、ついに国王から「身を固めよ」との言葉を引き出させたのだ。
ブラッドリーはことの次第を説明し、長い間待たせ、そして自身が焦がれ続けた最愛の人を呼び寄せたいと告げた。
その恋物語は妃の胸を打ち、すぐに呼び寄せるよう命が下り、今に至る。
「随分遠回りはしたけれど、その分想いは募ったのではなくて? それに今、王都では「戦場に咲いた愛」っていうお芝居が人気なのでしょう? 私も一度見てみたいと思っていたの。そうだ! 一緒に見に行かない? 皆で見た方がきっと楽しいわよ!」
芝居の話を聞いてブラッドリーは思わず、紅茶を噴き出した。
「いいな。俺も気になっていたんだ。二人が王都に向かう道中、一緒に行って皆で見るのも面白そうだ。どうだブラッドリー、良い案だろう?」
「お断りします!!」
愉快そうに微笑む辺境伯爵夫妻を尻目に、ブラッドリーは眉間にしわを寄せ面白くなさそうにそう叫んだ。
話の見えないパトリシアが、不思議そうに皆の顔を交互に見つめている。
今、王都で人気の舞台の名が「戦場に咲いた愛」と言うらしい。
なんでも、傷を負った兵士が野戦病院で働く看護婦の令嬢に恋をし、想いを交わすようになる。戦争も終わり二人は晴れて結ばれると思いきや、兵士は侯爵の子息、そして看護婦は子爵家の令嬢であった。身分違いのその恋は周りの反対にあい、一度は途切れたかに見えた。
しかし、二人の想いは消える事はなくゆっくりと愛の火を灯し続けた。
兵士であった男は周りに何も言わせぬほどの力をつけようと努力し続け、ついに近衛騎士団の団長にまで上り詰めた。そして力を、権力を身に着けた彼は、看護婦だった令嬢を迎えに行き、末永く幸せに暮らしました。と、こんな内容らしい。
「しかし、あの舞台のあらすじを聞いて耳を疑ったよ。まるでお前のことだ。
いや、お前以外にいないだろう? なあ? ブラッドリー」
「本当ですわ。宝の存在を隠しているだけで、そのまま二人の事ですものね。
普通、こういう場合はもう少しオブラートに包むものですけれど、そこはやはり妃様の鶴の一声なのかしら?」
「知りませんよ。正直にお話はしましたが、まさかこんなことになるとは思ってもいませんでしたからね。まったく……」
「しかし、そのお陰で国王夫妻は愚か、王都中を味方につけることが出来たじゃないか。
それに、虐げられていた過去の看護婦たちの名誉も取り戻すことが出来たんだ。その功績は大きいさ。良い仕事をしたと胸を張れ」
「はぁ。そう言ってもらえればありがたいですが、それにしてもですよ……」
未だ納得のいかないブラッドリーは拗ねた子供のように唇を尖らせた。
話を聞いたパトリシアは驚きと恥ずかしさで、
「王都に行きたくなくなりました。どうしましょう?」と、真顔でつぶやいていた。
その夜、ヴェリテが眠りにつく頃ふたりはソファーに並んで座り、今までのこと、これからの事を話した。話すことなど山のようにあると思っていたが、やっと会えた現実は二人から言葉を失わせてしまう。
パトリシアの肩を抱くその手も、ブラッドリーの手を握るその手も、どちらも熱く力強く二度と離さぬとの想いが伝わってくる。
「やっとここまで力をつけることができた。二人には寂しい思いや苦労をかけて申し訳なかったと思っている。すまない」
「いいえ。私たちは皆さんに守られ支えられ、幸せでした。それに、あなたの想いも十分に伝わっていましたから」
「ありがとう。少しは心が楽になるよ。でも、これからはもっと大変になると思う。
私はこれから、もっともっと力をつけなければならないんだ。
この手で守り切れなかった命も、散らしてしまった命の為にも、戦うべきでない者が巻き込まれることのないような、そんな平和で安心して暮らせる国を作らなければならない。それにはどうしても力が必要なんだ。
どんなに真実を伝えても、正義を訴えても、力を持たぬ者の声を聞いてくれる人は少ない。それではダメだと、あの日執事のセバスチャンが教えてくれた。だからこそ、ここまでがんばってこられた。彼には感謝している」
「そうでしたか、そんなことが。今までのあなたを支えて下さった方に、私からも感謝をしなければなりませんね。これからは、私もヴェリテもずっとそばにおります。あなたは一人ではありません。どうか、私たちのことも頼ってくださいね」
「ああ、これからはパトリシアやヴェリテに私を支えて欲しいと思っている。
どんなに自分を律しても、それが続かない者も多く見てきた。
私が道を踏み外しそうになったら、どうか遠慮なく叱ってほしい。権力に溺れ、力の使い方を誤った時はどうか、君の手で私を終わらせてほしい」
肩を抱かれ、並び座るブラッドリーの表情を見ることはできない。それでも、ここに至るまでの間にどれだけの困難を超えて来たかを伺い知ることができた。
たくさんの人を味方につけ、そして同じくらいの、否それ以上の人を潰してきたのだろう。戦の頃の辛い立場以上に、今はもっと苦しいのだと思う。
「私は何があってもあなたのそばを離れません。最後の時まで、あなたの味方でいると誓います。もしもこれから先、あなたが間違いを犯すようなことがあれば、私の命をかけて刺し違える覚悟を忘れません。でも、そうならないと信じてもおります」
「パトリシア。ありがとう、やはり君は私の光だ。その存在が私に力をくれるんだ。
愛している。パトリシア」
パチパチと暖炉の薪が音を立てて爆ぜる中、優しく暖かい灯りが二人を照らしていた。
寒い季節はそっと寄り添い合う、そんな人肌が心地いいものだと感じながら、ふたりの夜は静かに更けて行った。
~・~・~
よく晴れた冬空の下、三人の親子がグリッド辺境地を出立しようとしている。
母と息子は馬車に乗り、その横を父が愛馬にまたがり並走するようだ。
御者席にはカイルとミーナの姿があった。かつては部下であり互いに命をかけ共に戦ったカイルと、寝食を共にしながら看護婦として兵士を見守って来たミーナ。
ここ辺境の地で夫婦として暮らしていた二人を、王都での使用人として雇い入れるために長い旅路を共にしようとしていた。
ブラッドリーはパトリシアとヴェリテとともに並び、妻と息子が暮らした家を背にブリッド辺境地を眺めた。
自分に代わり愛する二人を見守り、支えてくれたこの地に心から感謝をしている。
領地を持たない自分の魂の地だという思いがあり、いつしかここに再びパトリシアと戻って来たいと願っている。
その頃にはヴェリテは自らの道を進んでいるだろう。自分と同じ道を歩むかどうかなど、これから先本人が決める事だ。
パトリシアもまたこの町を、長く暮らしたこの家を眺めながら、これからの王都での暮らしや先の未来を思い描いていた。
きっと厳しい人生になると思う。今までのような寂しさや葛藤する辛さではなく、自分には想像もできない大きなことに巻き込まれるような、そんな恐怖も覚えている。
それでも彼を支え守ると誓った言葉に嘘は無い。自分の目を曇らすことのないように、彼を支える覚悟を改めて持った。
そして、ヴェリテの他に家族が増える兆しを感じつつ、明るい未来に胸を躍らせた。
「旦那様、奥様。よろしいでしょうか?」
「ははは。まだ慣れないせいで変な感じだな。パトリシア、ヴェリテ、大丈夫か?」
「はい。私たちは問題ありません」
「よし。では、王都に向けて出発しよう」
「「はい!!」」
カイルとミーナが声を合わせて元気に返事をする。
辺境の地を離れ、これからは王都での暮らしが待っている。
辛く困難なことも訪れるだろうが、長い年月を耐えて来た二人に乗り越えられないものはないと信じあっている。
あの日命を結ぶように求めあい、そして授かった奇跡とともにこれからは生きていく。
繋いだ手が離れたとしても、また手繰り寄せ繋いでいけばいい。
弱く守り切れないと諦めかけたその想いも、まっすぐに、実直に積み重ねることでその手に抱くことができたのだから。
彼らの姿を眩しいくらいに、陽が照らし続けていた。
最後までお読みいただき、心より感謝いたします。
皆さまに愛を込めて、ありがとうございました。




