~15~
「父さん!?」
パトリシアの腕を振り解くように駆け出したヴェリテ。
馬から降りたその男は、両手を広げヴェリテを迎えるように膝を折った。
全速力で走るヴェリテは体当たりのように男の胸に飛び込む。
しかし、鍛え上げられた男はヴェリテの体当たりを物ともせず受け止めると、軽々と抱え上げた。はちきれんばかりの笑みでヴェリテは問いかける。
「父さんでしょう? ね? そうでしょう?」
男もまた満面の笑みで答える。
「ヴェリテ。我が息子よ、大きくなったな。私の子供の頃にそっくりだ」
「僕、父さんに似てるの? 良かった。すごくうれしいや!」
「剣の稽古をしていたのか? さすが私の子だな」
「うん。僕、父さんに負けない騎士になるんだ」
突然のことで気持ちが追いつかないパトリシアは、ただただ二人を見つめることしか出来なかった。
遠いあの日、辺境伯爵夫人との茶会で渡された手紙には、ブラッドリーの自筆で彼の想いが綴られていた。
『たとえ何年かかっても必ず迎えに行く、生涯を共に過ごすのはパトリシアしかいない。
何者からも守るために強くなる。どうか信じて待っていてほしい』
熱い想いが不器用な表現で書かれていた。
そして「愛している」と最後に綴られた言葉に、パトリシアは涙を堪えることができなかった。あの日、夫人の胸を借り泣き続けた彼女は、どんなことがあっても彼を信じ待つと心に誓ったのだ。
不安な日々や心寂しい夜もあった。それでも、生涯ただ一人愛した人を想い、その人によく似た子を育てることは、パトリシアにとって何にも代えられない幸せだったのだ。
よく似た二人の顔を見つめながら自然と頬が緩み、涙が溢れてくる。
今この瞬間で、これまでの日々の辛さなど消えてしまうほどに多幸感で満たされていく。
幸せそうな二人の姿を見つめながら、その場に自分も収まりたいと思えてならない。
ヴェリテを抱えながら次第に近づいてくる二人の影が夕日に照らされ、暖かい色に包まれているようだ。
「かあさん!!」
ブラッドリーに抱えられながら、ヴェリテが大きく手を振る。
手を伸ばせば触れそうなほどの距離まで近づくと、ブラッドリーはヴェリテをおろした。
ヴェリテはパトリシアの腰に抱きつき、「父さんだよ。帰って来たんだ!」と、嬉しそうに声を上げ母の顔を見上げた。
ヴェリテを優しく抱きしめながら彼の頭を撫でた後、視線をブラッドリーに向ける。
「ブラッドリー様……」
ブラッドリーは手を伸ばしパトリシアの肩を引き寄せ、その額に口づけをした。
「私のパトリシア。長い間待たせてすまない。やっと迎えにくることができた。
もう、何も心配はいらない。私を信じ待っていてくれて、ありがとう」
ふたりは熱い想いを込め視線を絡ませると、強く引き寄せ熱い口づけを交わした。
パトリシアもまたブラッドリーの背に手を回し、互いの想いを確かめ合った。
それを下から覗き込んでいたヴェリテは思わず両手で目を覆い、両親から目を反らした。
その顔は真っ赤に染まり、いつもパトリシアが自分にくれるくちづけとは意味が違うと気がつき、子供なりに気をきかせたつもりになっているらしい。
馬を引きながら、親子三人並んで家路についた。
会話が途切れることはない。ヴェリテは父の腕に絡み離れようとしない。
そして、ブラッドリーの腕がパトリシアの腰を掴んで離すこともなかった。
その晩、パトリシアが貰って来た鴨を三人で食した。初めての親子水入らずの食事。
ヴェリテは余程嬉しいのか、ずっと話し続けている。それをブラッドリーも嬉しそうに聞きながら、会話を楽しんでいた。
子供とは言え、七歳にもなれば物事もある程度わかってくる。
自分に父親の存在を明かさぬことにも、何かしらの深い理由があるのだろうことも理解できている。そんな彼が父として受け入れられなかったらどうしよう?との不安もあった。
でも、それは要らぬ心配だったようで、パトリシアは心底安心した。
「今まで父に代わり母さんを守ってくれて、ありがとう」
「母さんは僕と父さんのものだから、誰にも取られないようにしっかり守るって辺境伯爵様と男と男の約束をしたんだ。だから母さんのそばを離れないで、他の男の人からしっかり守り抜いたんだよ」
誇らしげにヴェリテが答える。そんな約束をしていたことなど全く知らなかったパトリシアは、だからいつも自分の後を追い、探し続けていたのかと腑に落ちた。
「そうか。男と男の約束が守れるようになったのか。お前も立派な男になった証拠だ。よくやったぞ」
そう言いながら、ヴェリテの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
いつの間にか知らない所で成長している息子の姿に、ブラッドリーもパトリシアも目を合わせながらほほ笑みあった。
よく食べ、よくしゃべり、たくさん笑い合ったその日、ヴェリテは三人で眠ることを強請った。狭いベッドにギュウギュウ詰めになりながら、二人の間に挟まれ手をつないだまま眠る息子の寝顔を二人はいつまでも見つめ続けていた。




