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『戦場に咲いた愛』~侯爵子息と子爵令嬢の身分違いの恋~  作者: 蒼あかり


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13/16

~13~


 グリッド辺境伯地で働くパトリシアの元に、辺境伯爵夫人から茶会の誘いの文が届いた。




 ブラッドリーからの返事はまだない。だが、彼女の中で答えはすでに出ている。

 つまりはそういうことだ。貴族社会の中ではよくある話しだから。

 

『自分は捨てられた』


 ブラッドリーを信じると言いながら、心のどこかで否定する部分もあった。それは彼を心から信じ切れていないことを表す。そんな想いが彼に伝わったのかもしれない。

 家族からも見放され、初めて愛した人からも捨てられた。

 家族の為、戦う兵士のためにと尽くしてきた人生。こんなことになるのなら、もっと我儘に自分のことだけを考えた人生を過ごせば良かったと思う事もある。

 面白おかしく、楽しいことだけを考え、先のことなど考えずに過ごせればと。

 だがパトリシア自身、それが出来ない事もわかっている。

 誰かの為に働くことも、考える事も苦にはならない。むしろ、喜んでもらえることに幸せを感じることもあるのだから。

 

 でも、いま自分は一人ではない。自分のお腹に芽生えた命が産まれ来る時を、心から待ち望んでいる自分がいる。『一人じゃない』それが、こんなにも心強いものだと知った。


 たった一度でも、あの時二人の間には確かに愛があったと信じている。

 それでいい。それだけでいい。

 その想いがあれば、この子を愛し生きていける。それほどまでに、深い愛と慈しむ感情が芽生えた夜だった。


 後悔などしない。この子のためにも、そして心から愛した彼の為にも。



 辺境伯爵夫人に頼み、この地で子を産み育てたいと願おうと思いながら、パトリシアは屋敷へと足を運んだ。




「パトリシアさん、あなたの働きぶりは聞いているわ。我が領地の民のために、いつもありがとう」

「そんな、もったいないお言葉です」


 夫人とともにお茶を飲むのは何回目になるだろうか? 何かにつけ、二人はこうして近況を報告し合いながら親睦を深めていた。

 それにしても今日は些か間が短い気がしていて、何か特別な用事でもあるのだろうかと思っていた。夫人にはまだお腹の子のことは話していない。つわりも落ち着き、段々とお腹も目立ち始めるだろう。今日はちょうどいいタイミングだったのだと思う。

 パトリシアが意を決して話そうとしたところで、


「ねえ、パトリシアさん。あなた、これから先どうなさるおつもり?」


 夫人からこの言葉を聞いたのはこれが二度目。一度目は戦後、実家に戻る前に同じように茶会で問われた。

 あの時も夫人は看護婦たちの醜聞を知り、心配で声をかけてくれていたのだ。

 同じ言葉を再び耳にし、お腹の子のことがバレているのでは?と思い、やはり隠し通せないものなのだと痛感した。


「奥様、今日はお話しなければならないことがあります。

 もうご存じのことと思いますが、実はブラッドリー様のお子を身ごもっております」


 俯きながら告げるパトリシアの言葉に「何ですって!!」と、貴族夫人らしからぬ大きな声で叫ぶと、すぐに立ち上がりパトリシアの隣に座りなおした。そして、彼女のお腹に手を添えると、パトリシアの顔とお腹を交互に見つめながら「本当に?」と何度も聞き返した。


 たった一度で命を授かる。それはまさに神が与えた希望に違いない。


 パトリシアのお腹を労わり、何度も確認をし、そしてここ辺境の地で「一人」で産む覚悟を決めたことを聞くと、夫人は一通の手紙をパトリシアの手に握らせた。

 


「読んでごらんなさい。そして、あなた自身で答えを決めなさい」



 優しい表情でパトリシアを見つめ、夫人は彼女の肩をやさしく抱きしめた。


 パトリシアは夫人から手紙を受け取ると、封筒の中から宛名の違う二通の手紙を取り出す。一通は辺境伯爵宛て。そしてもう一通はパトリシア宛て。

 その力強い字には見覚えがあった。その人が書類を書いているすぐそばで、仕事をしながら見ていたから。

 でも、そんなはずはない。あり得ないと思いながら夫人を見ると「どちらもお読みなさい」、そう言ってゆっくりと頷いた。



 パトリシアは読むのが怖かった。彼の言葉で終わりを告げる内容だったらどうしよう?と。たった今「一人」で育てると誓ったばかりなのに、それでも一抹の期待は持っていたいと思ってしまう、そんな自分のわずかな夢も打ち砕かれてしまうかもしれない。

 でも、決着はいつか付けねばならないのなら、要らぬ夢を見る前に捨ててしまった方が良い。そう思い覚悟を決めて読み始めた。


 震える手で手紙を持ち、彼の字を目で追い続ける。憔悴したようなパトリシアの顔は段々と赤みをおび、いつしか彼女の頬を涙がこぼれ落ちた。

 隣でパトリシアの肩を優しく抱いてくれていた夫人の手に力がこもり、いつしか抱きしめるように覆っていた。


「私たちは、いつでもあなた達の見方よ」


 夫人の肩に顔を埋め、パトリシアは声を殺して泣き続けた。




 その年の冬。年を越す前に産気づいたパトリシアは、夫人たちの力を借りながら元気な子を産むことが出来た。

 父親と同じ黒髪に琥珀色の瞳で、目鼻立ちのよく似た元気な男の子だった。


 その子の名はグリッド辺境伯爵が名付け親となり、『ヴェリテ』と名付けられた。



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