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『戦場に咲いた愛』~侯爵子息と子爵令嬢の身分違いの恋~  作者: 蒼あかり


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12/16

~12~


 それからのブラッドリーは全てを放棄したかのように、その顔から表情を無くし、声を発することすら無くなってしまった。

 最初の頃は「へそを曲げた子供だ」と相手にもしなかった両親も、次第に不安を覚えるようになる。だが、彼がそれを改めることはなかった。

 長兄は両親に寄り添い気味で、次兄だけがブラッドリーを心から心配し様子を見続けていた。

 そしてもう一人。この侯爵家で、己の心を偽りながら見守る者がいた。


 あの日、侯爵夫人がブラッドリー宛の手紙をもみ消した様子の全てを見続けていた者。

執事のセバスチャンである。


 彼は長い間この侯爵家を支え続け、主に対して一度たりとも反抗の念を持ったことなどなかった。だがあの日、あの時、若い二人の未来を握りつぶす夫人を見ながら、初めて疑問を持った。

 侯爵家の為とは言え、芽生えた命をぞんざいに扱って良いはずがないと。

 自身の保身の為に声を上げることは出来なかったが、彼もまたブラッドリーに同情の念をよせていた。


 寄り添い、親身になってくれている次兄には相談をしていた。どうすれば良いか?どう行動をすれば互いのために一番いいのか。

 侯爵家に生まれた以上、その責務を全うすることの意味も分かるが、自分の気持ちに嘘を吐きたくもない。一途で真っすぐな性分が、彼を悩まし続ける。



 ブラッドリーと次兄が夜中、自室で酒を酌み交わしながら話しているところに執事のセバスチャンが現れた。

 てっきり早く寝ろと、子供の頃のようにお小言を言われるかと思ったら、彼は使用人にあるまじき行動を取りだした。

 ブラッドリーの向かいのソファーに腰を下ろすと、自分で持ち込んだグラスにワインを注ぎクイッと、一気に飲み干した。二人はしばし呆然とそれを見つめていた。



「お坊ちゃま方、良いですか? 想う相手がおありなら、その想いを潰してはなりません。

 生涯の中で守りたいと、守らなければならぬと思えるものなどそう多くはありません。

 だからこそそれを大事に、大切になさいませ。男なら、愛する者を手放してはなりません」


 突然のセバスチャンの言動に度肝を抜かれ、二人は何も言えなかった。


「アッカー侯爵家は権力も財力も大きく、あなた方がジタバタしたところで握りつぶされるのが落ちです。ご自身だけならまだしも、お相手の方やその周りの方にまで影響が及ぶと考えれば、下手に動くは得策ではございません」


「だったら!! だったらどうすれば? 握り潰されては路頭に迷うどころではない。死んでからでは元子もないではないかっ!」


 ブラッドリーがセバスチャンの胸倉を掴み、怒鳴りつける。その目は怒りに満ち、真剣であった。それを次兄が「落ち着け!」となだめ、ブラッドリーの手を押さえつける。

 セバスチャンは自分の胸倉を掴んで離さないブラッドリーの手を握りしめながら、冷静に答えた。


「強くなるのです。武に秀でたあなたのその腕力ではなく、越えねばならぬ方をも凌ぐほどの力をつけ、ご自身の力で物言わせぬようにするのです。強くおなりなさい!」


 

 自分の手を握るセバスチャンの手に力がこもる。


 仕事や社交に忙しい両親に変わり、子供の頃から何かにつけ目をかけてくれた執事。

 その彼が今、自分の目を真っすぐに見据え教えを授けようとしてくれている。

 彼の手が強く暖かく、ブラッドリーは段々と体の力が抜けていくようだった。

 初めての恋に浮かれ、愛に溺れている自覚はあった。だからこそ若気の至りで突っ切れるとも思っていた。だがそれが余りに無謀で無計画で、周りのことを何も考えぬ幼稚さであったかを思い知ることにもなった。

 いつしかブラッドリーの瞳から涙がこぼれ、初めて彼は弱音を吐いた。



「私は三男で、この家にはいらぬ存在だと思っていた。だから自由なのだと、何の財も貰えぬ代償がそれなのだと思っていた。

 戦火を戦えたのも、何のしがらみもないから思い切りできたのだ。帰る家があれば、守らねばならぬ家督があればできなかったかもしれない。

 だから、愛など求めないつもりだった。いつこの家を出され、一人で生きて行かなければならないかわからない。そんな男が妻を娶ったところで、その人生を守れるはずがないと思っていたから。

 でも、パトリシアに出会い、初めて女性を、人を本気で求めた。この人となら幸せになれると、幸せになりたいと思えたんだ」


「だったら、最後まで諦めるなよ! 彼女の手を放しちゃダメだ!!」


 次兄の言葉もブラッドリーの心には響かない。


「彼女は本当に幸せになるべき人なんだ。たとえその幸せを私が与えてやれなくても、それでも幸せにならなきゃいけない人だ。彼女の幸せなんてそんな大それたものじゃない。

 貴族のような傲慢なそれじゃない。それなのに、そんな僅かな小さな幸せさえも、あの人たちは奪おうとしている。俺に力がないばっかりに……」


 ソファーに座ったまま俯き項垂れるブラッドリーに、セバスチャンは彼が子供だった昔の頃のように優しく問いかける。


「自分に力がないから諦めるのですか? 何もしないまま、指を咥えて黙って言いなりになるおつもりですか? あなたはいつからそんな弱虫になったのです?

 いつも強気で無鉄砲で、言い出したら聞かない頑固者で、口よりも先に行動してしまうような我儘っ子で。それでいて誰よりも情に厚く、涙もろくて人を引き付けるようなお子だったのに。まったく、どこまでヘタレになられたのか」


「いや、セバスチャン。確かに事実だけども、阿保みたいな弟ではあるけど、そこまで?」


セバスチャンは「はぁー」と大きくため息を吐いた。


「旦那様がおっしゃった団長の件は事実でしょう。貴族社会の中では致し方ないことです。しかし、だからと言ってあなたの部下だった方たちが貴族と言う名に恐れ、頭を下げ命を差し出したわけではありますまい。皆さま、あなたのことを真に敬い、信じたからこその結果でしょう。

 あなたは人を心から愛することができるお方です。だからこそ周りの者も皆、あなた様を愛するのです。あなたこそ、幸せになるべき人なのですよ。

 

 今すぐには無理でも、いつか力をつけることで叶うこともあるはずです。少しばかり会えないくらいで想いが揺らぎ、不安になるほどの想いなら、それだけのものだったのです。

 そんなものなら、いますぐ掃いて捨てておしまいなさい!」


 セバスチャンの強い言葉に「はっ」と我に返ったブラッドリーは、「そんなことはない! そんな簡単な想いじゃない!!」と、啖呵を切った。

 それを聞いて、「うんうん」と頷きながら、


「そうでしょうとも。そうでなくてはブラッドリー様ではありませんからね」


 そう言いながらセバスチャンは嬉しそうに微笑んで、手酌でワインを注ぎ一気に飲み干した。



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