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戦時のお話です。時期的に気分を害する可能性もあります。
不快に思われましたら、すぐに読むことをおやめください。
それを願い書いたわけではありません。少しでも暇つぶしになれば幸いです。
人は極限状態になると、自らの命を繋ぐ行動を起こすことがあると言う。
戦地での前線で、その命を散らす覚悟を持ってしても、やはり自分の命は惜しいものだ。
その身を未来へと生かすことが出来ぬなら、せめてこの血を、命を明日へと繋ぎたい。
それは、生きる者が持つ本能なのかもしれない。
長い戦いだった。
戦いに疲れ人も土地も、そして国も疲弊しきった中で、それでも戦い続けなければならなかった。
なにも戦うのは前線で武器を持ち、命を散らす男たちだけではない。
死に逝く者のすぐそばでその身を労わり、最後の時を共に過ごす、看護する女たちもまた戦っているのだ。
たとえそれが誰かに讃えられることが無くても、認められなくても、若くして散っていく命を無下にはできぬと、その一心で仕える娘たち。
そんな男と女が想いを重ねるのは、難しいことではないのかもしれない。
それを欲情と片付ける者もいるだろう。
ただ、そこで情を交合わせる者達からすれば、それはまさしく愛であり、命を紡ぐ神聖な行為に違いなかった。
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「パトリシア様、包帯がもうなくなりそうなのですが」
「ああ、まだ乾いていないのね? 乾燥室にある包帯をこの部屋の暖炉の前で乾かしてもらえる?」
「パトリシア様、今晩の食事はどうしましょうか?」
「そうね、ジャガイモがまだあったわよね? それとチーズを混ぜた物を。悪くなる前にチーズは食べてしまいましょう。それと、容体の悪い方にはいつものようにスープをお願い」
「ああ、パトリシア……。俺の手を握ってくれないか? 俺はもうだめだ」
「何を言っているのですか?! 戦火を潜り抜けてきた強き兵士のあなたです。弱気になってはいけません。もう少し体力が回復すれば家に戻れますわ。私たちがついております、ともにがんばりましょう」
パトリシアは差し伸べられた手を握り、元気づける言葉を口にするしかできなかった。
ここは戦場から少し離れた野戦病院。病院などと呼ぶのも憚られる施設だ。
マットレスもない、冷たく固い簡易ベッドに横になり、ただただ痛みに耐え続ける男達。
長い戦いで同じような場所が増えすぎたのだ。国も全てを把握できていないのだろう。
いつ頃からだろうか? この施設に貴族の姿が見えなくなったのは。
この施設を管理、運営するのは国から遣わされた貴族が行っていたはずなのに、今はその姿を見ることはできない。
ここに居るのは、パトリシアのように心から傷ついた者への思いを持った者や、この地の善意ある者達でなんとか切り盛りされているだけだった。
せめてお腹いっぱい食べさせて上げられればと、パトリシア達はいつも心を痛めていた。
「パトリシア様!! もうすぐ負傷兵がやってくると早馬が来ました」
「早馬が?」
パトリシアは急ぎ玄関まで出向くと、自らも負傷しボロボロの姿をした若い兵士から伝令を聞いた。
「オールテア第三兵団団員、カイル・ブリドー。団長からの伝令を申し伝えます。
間もなく団員総勢47名、この看護施設へと順次到着予定です。
負傷者も多く、直ちに治療の準備をお願いいたします」
「47名? ここではとても無理だわ」
パトリシアは大きく息を吐き、額に手をあて考え込む。
それを見た若い兵士は、おろおろと困ったように視線をさまよわせた。
「重症者はどのくらいおられますか?」
「馬に付けた荷台が3台。そこに10名ほどと、馬の背に乗れるくらいの者が15名程度です。後は皆、自分の足で歩いてくる予定です」
「そうですか、軽症者が多いということですね。ミーナさん、至急教会に行って支援をお願いしてきてください。ここにいる人数ではとても足りないわ」
全員がなんとか入れると知って、カイルは安心したように少し笑みを浮かべた。
「早馬での連絡ありがとうございました。あなたも怪我をしているのではなくて? すぐに治療をしましょう」
「いえ。自分は大したことはありません。これから皆の元に手を貸しに戻ります」
「後、どのくらいで着きそうですか?」
「そうですね、怪我人を庇っての移動ですので、3~4時間くらいでしょうか?」
「あなた、大きな怪我はしていないのよね? 重い物は持てるかしら?」
「はい! まだ体力はあります」
「そう。では、隊の皆さんが来るまでの間に準備をしたいの。手伝っていただける?」
パトリシアはカイルを連れ、病室とはいえないような大部屋へ連れて行きベッドの支度を始めた。ベッドが足りないほどの状態は大分落ち着いた。今は空いているベッドを支援者の簡易ベッドに使わせてもらっている。それを運び、患者用へと使うのだ。
ケガが治り戦地へ、故郷へと戻って行ってくれたのならまだ救いもあるが、戦火の中でそれは絵空事だ。空いたベッドを使った者は皆、儚くなり空いただけの話。それが戦争の現実だ。
カイルも若いけれど前線で戦いをしてきた男だ。現実は痛いほど見て来たのだろう。
何も言わずに黙々と体を動かし、準備を整える。
数時間ののち、馬の嘶きが聞こえる。「着いたようです」カイルがすぐに外へ出て迎えに走る。パトリシアもその後を追って外へ出ると、重症者と思われる荷台に乗せられた者たちがいた。
「ベッドの準備は出来ています。戸板がそこにありますので、ゆっくりと乗せて順番に中にお連れください」
カイルの他に馬を御してきた者たちが戸板を用意し、次々に傷ついた兵士たちを運んでいく。
その後を追い、パトリシアが中に入ろうとすると、
「君はここの看護の者か? 管理者にお会いしたい、案内してくれ」
「あなた様は?」
「あ! すまない。私はオールテア王国第三兵団団長ブラッドリー・アッカーだ。これからについてのことを相談したいのだが」
パトリシアはしばらく無言のまま彼を見続けた。自分よりも頭一つ分くらい背の高いその人は黒髪短髪で琥珀色の瞳、精悍な顔は陽に焼けている。王都の社交界に行けばさぞや令嬢達から人気が出るだろうと思う。
パトリシアは少し煩わしそうに重い口を開いた。
「ここには、管理をする貴族の方はおりません」
「いない? どういうことだ?」
「どうもこうもありません。言葉の通りです。いつのまにかいなくなったんです」
「では、ここは誰が? 誰がまとめているんだ?」
「まとめられているかどうかはわかりませんが、私が指示を出しています」
「君が? 女の君が?」
ブラッドリーが言いたいことは十分わかる。女性が表舞台に出ることを良しとしないこの国で、若い娘が管理をするなど、ましてやそれで回っているなどと思う方がどうかしているのだ。だが、実際にパトリシアのお陰でこの看護施設はなんとか回っている。
「ここは確かグリッド辺境伯爵殿の領地のはず。グリッド殿はご存じなのか?」
「一度だけ、奥様が様子を見に来られたことがあります。伯爵様は前線に赴いておられるので、奥様と幼いお子様で邸を守ると仰られていました。それも半年も前の話です。
何度か使用人の方が物資を分けて下さりはしましたが、今はどのようになっているか私にはわかりません」
「半年以上前か。ここからグリッド邸へは遠いのだろうか?」
「私はここから動いたことがありませんので……。教会に手伝いを頼んであります。領地の方がたまに手伝ってくれるので、その方たちに聞けば、たぶん」
その言葉を聞くとブラッドリーは考え込むようにしばらく俯いたままだった。
そんなブラッドリーに付き合っている暇はない。
パトリシアは止めるブラッドリーの声を背に聞きながら、足早に怪我人の待つ中へと歩を進めた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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