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終.城壁にて


 雨季を迎えたこの国でこの日は珍しく快晴だった。真っ青な空に眩しい太陽が輝いている。石畳の階段は照りつける陽光を反射し、足元からじりじりと仄かな熱が体力を奪う。その上思ったより以上に段数が多く、運動音痴なビアはすでに息が上がりそうだった。


「ビア、大丈夫?」


 前方を行くテオドアから手が差し伸べられる。どうやら彼はもうこの長い階段を登り終えたらしい。あと数段。ビアはテオドアの手をとると、力一杯足を踏み締め階段を駆け上がった。

 最後の一段を登り終えた時、うっかり躓いて勢いのまま倒れ込んだ。固い岩肌への激突を覚悟する。しかしビアの予想を裏切るように、頬にぶつかったのはほどよい弾力の壁だった。


「……んぷっ!!」

「うお、ほんとに大丈夫か!?」


 テオドアの困惑した声が頭上から降ってくる。顔を上げれば、目の前に広がるのは男の逞しい胸板。……どうやら今度は自分から飛び込んでしまったらしい。


「……すみません。私、ちょっと筋トレした方がいいかもしれませんね」

「ははっ!確かにそれは言えてるな。でもまあ今は置いといて……ほら、見て」


 テオドアに手を引かれながら顔を上げれば、ビアを迎えたのは四方に広がる壮観な眺望であった。

 青々とした芝生に、それらを切り拓いて伸びた白砂の街道。時折群集する赤煉瓦の屋根、点在する牛や羊達。遥か向こうには鬱蒼とした緑の森が構えており、またその先にはキラキラと輝く蒼い海が見える。そして大地全体を彩るように、まばらに咲き乱れる色とりどりの花々――――


「すごい……綺麗です……っ!!」

「だろ!この街一番の眺めだぜ」


 感嘆するビアを見てテオドアが満足そうに笑う。屈託のない笑顔に釣られビアも顔を綻ばせた。


「……それ、付けてきてくれたんだな」


 ビアの胸元にキラリと光るものを見つけたテオドアが尋ねる。


「え?ああ…そうですね。せっかくテオにいただいたし、しまっておくのは勿体無いと思って」


 ビアは胸元につけたオリーブリースのブローチを指先で優しく撫でる。ブローチが陽の光を反射してまた眩しく輝いた。

 城壁の上は遮るものがない。突然南風がざあっと吹けば、それに煽られてふたりとも目を瞑る。やがて風が落ち着いてきた頃、ビアは乱れた髪を手で梳かしながらテオドアの方をチラリと見た。


「……職種(ジョブ)、もう聞きましたか?」

「えっ?あ…ああ、うん」


 突然の問いかけにテオドアがしばし言葉に詰まる。


「錬金聖女ってやつなんだろ?……すごいな、本当に聖女様だなんて」

「余計な二文字がついた中途半端な聖女ですけどね」

「余計なって、そんな……聖女は聖女だろ。そんな細かいこと気にするなよ……それに、聖女であろうがなかろうが、ビアはビアのままでいいと思うし」


 そう言うとテオドアはまた城壁の向こう側に視線を向ける。空に向かって腕を伸ばすとぐっと伸びをした。

 

「……別に気負う必要ないんだぜ。これから色々忙しくなると思うけど、ほどほどに手を抜いて適当にやればいいさ。仕事なんてそんなもん」


 テオドアなりに心配しているのだろう。なんでもない風を装った台詞はビアの身を案じたものだった。


「死地に赴いた人が、またなにか言ってますよ」

「死地に赴いたから分かったの」


 あえて意地悪な茶々を入れてみたら、屁理屈じみた答えが返ってきた。ビアの口元からクスリと笑みが溢れる。


「……頑張るって決めましたから、出来る限り頑張りますよ。まあでも、テオの言うとおり無理はしないつもりです。……とりあえず目標は、このいただいたブローチの鉱石の色が何色か分かるまでに、世界をまるっと平和にすることですかね!」

「でけーよ、目標が。恐ろしくでかい」

「夢は大きく志は高く、です!」


 ビアが得意げに胸を張って見せれば、テオドアは呆れたようにため息をつく。


「……それ、どうせ半分くらいは俺のせいってか俺の為…なんでしょ?」


 彼はガシガシと後頭部を掻きながら、決まり悪そうに目を逸らした。落ち着かない様子で唇を舐めると、ややあってからチラリと上目遣いでこちらを見る。


「そんなんさ。俺ばっか護られるのも悔しいからさ、俺が。俺だって一応騎士だし。一応隊長格だし…副だけど。………だから、さ」


 テオドアがおもむろに姿勢を正してビアの目の前に立つ。そして次の瞬間、ビアの左手を手に取りその場で(ひざまず)いてみせた。ビアが目を見張る。


「だから、俺…じゃなくて私を、どうか貴女をお護りする、貴女だけの騎士にしていただけませんでしょうか?」


 そこまで言うと、テオドアはビアの左手の甲に軽くくちづけをしてみせた。ビアが驚きで一層目を見開く。ぽかんとしたまま立ち尽くし、眼下に広がる男の頭頂部を見ていた。


 あまりにびっくりしすぎて、逆に目の前のどうでもいいことに思考が逸れる。


 ――普段なかなかお目にかからないたっぱのある男のつむじだ。見下ろせるのはなんだかちょっと気分がいいな。おや、のぞくお耳はなんだか赤みを帯びているような。そう言えば顔色も……


「……テオ」

「……はい」

「顔もお耳も真っ赤ですよ」


 そこまで言われたらテオドアはもう我慢ができなかった。右手を逃げるように引っ込めると、今度は両手で己の口元を覆う。さながら恥ずかしがる乙女のように。


「だってこれ、すごい恥ずかしい……っ!!」


 半泣き声で「ビアの馬鹿ぁ」と言われ、哀れみとそれ以上の笑いが込み上げる。耐えきれず噴き出してしまえば、また「馬鹿ぁ」と非難された。



「おい、テオドアが言ったぞ!!そして手の甲にチッスをしたぞ!!チッス!!」

「副隊長、それセクハラじゃないですか!?いや痴漢!?」


 突如として物陰から現れたのはジミルとクォーツだった。神出鬼没にドロンと現れ、やかましかしまし、テオドアに冷やかしを浴びせている。


「お前ら、いったいどこから湧いてきたの?」

「今夜はこないだの遠征の慰労会だからな、早めにきた」

「早すぎんだろ!?まだ昼だぞ!!……ジミル、またお前だな?ほんとお前はいつもどうやって情報聞きつけてくんの?」

「企業秘密でーす。あー俺、密偵とか向いてる気がしてきた」

「ところでテオドア、騎士の誓いはチッス不要だぞ?手の甲に頭を近づけるだけだ」

「え?は?そうなの!?」

「うわー副隊長、痴漢ですよ痴漢。しかも救国の乙女に。フェリクス王子に知られたら多分処刑ですね」

「やめて。マジであいつにだけは言わないでマジで」



 やいのやいのと騒々しい三人組を遠目に眺め、ビアはひとりまた静かに微笑む。照れ隠しなのか知らないが、テオドアはジミルたちに噛みつくばかりで、少しわざとらしいほどにこちらを見ようとしなかった。


「ええ、よろしくお願いします……私の騎士様」


 その言葉は誰にも届かないまま、再び吹いた強い南風に攫われていった。


【あとがき】


これにて完結になります。

ここまで読んでいただき大変ありがとうございました。


本作は拙宅の作品の中でも(いうてこれ含め3作…)最後まで評価が伸び悩んだ作品ではありましたが、作者としては一番の自信作でありお気に入りでした。とにかく書いてて楽しかった!!

正直、もっと続きやアフターストーリーを書きたい気持ちがやまないです……が!!取り急ぎは本話をもって完結設定致します。

(機会があればまた続編書く、かも…!!)


あらためて、ご愛読、本当にほんっっっとうにありがとうございました。また、評価やブクマ、リアクションも大変励みになりました。重ねてお礼申し上げます。


それではまた。

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