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80.判明!!-1


「――ア………ビア」


(…………?)


「……ア!!………ビア!!ビア!!起きろ!!起きてくれ!!」


 激しい呼び声とともに身体を揺さぶれて、瞼が嫌でも上がってしまう。二度目の目覚めで最初に目に飛び込んできたのは、びしょびしょの濡れ鼠になった黒鳶頭だった。

 この男のずぶ濡れ姿はこれで二度目だ。よくもまあそんなしとどに濡れる機会があるものだと、どうでもいいことが頭をよぎる。


「…………また……ずぶ濡れ、なん…ですね……?」


 どうでもいい思考はうっかり口からも漏れてしまったようだ。おぼろげな意識でゆっくりと口を動かす。男がびしょ濡れな自分を差し置いて、必死にこちらを呼ぶ姿はなんだか健気で愛おしく、最後にふっと笑みが溢れた。

 男の顔がぐしゃりと歪む。柘榴石が潤むのを一瞬だけ捉え、そこから急に視界が真っ暗になった。ややあって男の逞しい胸板が顔面に押し付けられていることに気づく。後頭部を腕でギュッと締め付けられる感触に、己が抱きしめられたのだと理解した。


「……オっ、テオ!!苦しいです!!息が、できない…っ!!」

「ビア……よかった……っ!!」


 必死の訴えも虚しく、テオドアはビアを強く抱き締めて離さない。駄目元で背中をバシバシ叩いてみるが、鍛え抜かれた肉体に脆弱なビンタをぶつけてもまるで意味をなさなかった。

 男の濡れた衣服がビアのそれにも浸透する。じわじわと湿り気に侵されてゆく感触は、けして心地よいものではない。しかし、生温い男の体温を布越しに肌で感じることにはなぜかあまり抵抗がなかった。ビアは早々に拘束からの脱却を諦め、密着する身体の隙間から酸素の取り入れ口を探す。男の首と肩の間からなんとか顔を覗かせれば、やっとこさ外の世界が覗き見えた。大きく息を吸う。水と汗の混じり合った男の酸っぱい体臭が鼻腔を掠めて、思わず顔が梅干しみたいになった。



「おおーい!!大丈夫かあ!?」


 遠くからクォーツの声が聞こえる。それをきっかけに、テオドアはガバリと勢いよくビアの身体を引き剥がした。そちらから抱き締めてきたくせにとビアは少しだけムッとしたが、凍りついたテオドアの視線の先を振り返り、すぐに合点がいった。フェリクスがものすごい形相でこちらを睨んでいる。


「なんかよく分からんが、一角獣たちはみんな一斉に消えたぞ!!泉の水も元通りだ!!」


 空気の読まないクォーツが、ありがたいことに状況を説明してくれた。もっとも、ビアは何を言っているかわからなかったが……とりあえず事態が落ち着いたというニュアンスで受け取ってく。


 ビアはまたしても、神樹の根本、泉の中央の小島にいた。今度はテオドアと一緒に。


「ど、どうしましょう……そちらに渡る術が……」

「俺なら泳いで渡れそうだけど、ビアは無理だよな……」

「そういうことなら俺に任せろ。あまり魔力は残ってないが、泉の水面の一部くらいなら凍らせられるだろう」


 狼狽えるビアにクォーツが頼もしい返事をする。空気は読めないが何かと有能な男である。さすがは宮廷魔術師。


「あ、クォーツさん。俺、荷物にマジックポーション持ってますよ。さっきは余裕なくて出せなかったけど、とってきますー」

「なんと!さすがジミルだ、気が利くな!」

「……テオ、君はこっちに戻ってきたら少し僕と話せるかい?」

「え……?あ、うん………わかりました………」


 不穏な笑みを浮かべたフェリクスとみるみる顔色が悪くなるテオドアのやりとりは、事情がわからないのになぜか見ているこちらの胃が痛くなる。ジミルなんてあからさまに目を逸らしたのが対岸からでも見てとれた。クォーツは相変わらず通常運転だ。


「ビア、立てる?」


 ぎこちなく差し伸べられた手を握り返すと、ビアはその場に立ち上がる。その拍子にドサリと何かが足元に落ちた音がした。


「?」


 音に釣られて足元を見る。その正体に気づき、ビアは若草の目をまん丸にした。


「これって……!!」


 それは、緑の背表紙に、ローアルでの紋章が刻まれた分厚い洋書であった。どうやらテオドアには見えないらしい、足元に驚くビアを見て不思議そうにしている。


ビアはすうっと息を吸うと、その場で大きな声で叫んだ。


「救国の書……召喚時に失くした本が、見つかりました!!」


一同の目が点になる。


「「「な、なんだってええええ!!!!」」」


 向こう岸のメンツも含め、男たちの野太い叫び声があたりに響いた。


「どれだ!?全然見えないぞ!?なあどれだ!?」

「落ち着けクォーツ、あれは救国の乙女であるビア様しか見えない。隣にいるテオドアもきょとんとしているだろう……いや、そんなことより、泉に囚われている間にビア様の身にいったい何が起こったんだ……?」

「えーマジで!?ねー!ビアさんなんて書いてありましたー!?」


 向こう岸が急に騒々しくなる。皆の賑やかな様子を見て、ビアはあらためて戻って来れたのだと、ホッと胸を撫で下ろした。


「とりあえず、まずは二人ともこちらに戻ってこい!!今しがた橋が完成したぞ!!」


 クォーツが叫ぶ。見れば、水面に一本細い氷の道が向こう岸まで続いている。

 テオドアがあらためてビアの手を握り返した。ビアは彼に引かれるようにして氷の橋を渡っていく。ターコイズブルーの光が足元から二人を祝福していた。

最終話まであと2話です。


ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。評価やリアクション、コメントなど大変励みになっております。

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