75.神樹の泉-1
神樹の泉があるという山は、けして標高は高くなく、なだらかな勾配の穏やかな地形をした山だった。加えて泉の浄化の力が作用しており、魔物は滅多に出ないらしい。果樹や山菜が多く根付き実りが豊かなため、週末にはよく地元民がそれらを狩りに訪れるそうだ。
つまり、山登りをするにしてもそこまでハードルは高くない、むしろ初心者にもうってつけの場所なわけだが……
「………び、ビア様、大丈夫でしょうか?」
フェリクスが後ろを振り返り手を差し伸べる。みなより一歩…どころではなく十歩も二十歩も遅れながら、よろよろと列の最後尾を飾るビアの様子が心配で仕方ないようであった。
「はあ、はあ………だ、だ、大丈夫……でひゅ…………!!」
ぜえぜえと肩で息をしながらビアが答える。言葉と態度の著しい乖離に、フェリクスをはじめとした一行はどうしたものかと途方に暮れる。
「馬、麓に置いてこなければよかったですかねえ」
「今から取りに戻るわけにもいかないだろう。舗装道のルートに切り替えるか?だいぶ迂回することにはなるが」
「あいにく午後から天気が崩れるそうだ。その時間はないと思う」
「俺、おんぶしようか?体力には自信あるし。もうあとちょっとなんだろ?」
男たちのやりとりが聞こえてなんとも肩身が狭くなる。すぐさままた「大丈夫です」と答えようとしたものの、喉がヒューヒュー言って息が通り抜けるだけだった。
(恥ずかしい……恥ずかしすぎる……!!この身体、体力無さすぎでしょ……!!)
ビアは穴があったら入りたい気持ちになった。兼ねての適性審査で薄々気づいてはいたが、ビアの身体はフィジカル面であまり恵まれていなかった。有り体に言えば運動音痴なのである。もっとも、それは転移前の十和の身体も似たようなものではあったが。こちらの世界ににきてからのほうがよりこの欠点が目立つ気がするのは、発達した文明を享受しすぎて運動不足が社会問題化しているコンクリートジャングルと、科学の進歩が遅れ至る所で緑生い茂るようなこの国とじゃ、求められる基礎体力に雲泥の差があるからだろう。
これでも、ビアも先ほどまではそこそこついてこれていたのだ。それこそ最初のうちは人の手の入った登山道を登っていた。平らに整えられた砂利道、細い丸太を駆使して舗装された階段といった、現代日本ならハイキングコースとでも呼ばれるような道で、城であつらえた動きやすい軽装を纏う今日のビアであれば、難なく歩けるルートだった。
ところがしかし、泉は山の奥深くに位置するとのことで、舗装道から行くと大幅な迂回が発生するらしい。そこで今回の計画では途中から獣道を分け入って進むことになっているのだ。
前述の通り、獣道といえど山自体が緩やかな勾配だ。地元民なら娘っ子でも軽々登るような場所だったので、皆、――事前に話を聞いていたビア本人でさえ、まあ登れるだろうとたかを括っていた。しかし蓋を開けてみたら、このザマである。
「そうだ、俺の魔法で後ろから押すのはどうだ?涼しいし、追い風になって足が軽くなるはずだ。凍傷に注意だが」
「凍傷に注意!?」
「じゃあダメだろ!!」
「そうか……でも涼しくて気持ちいいって一部で評判だ」
「君は他人に向けてあの攻撃魔法を唱えたのか!?」
「んーなんか昔、熱帯地域での仕事があったときな……いかがするか、ビア殿?」
周りが血相を変えてぎゃあぎゃあとクォーツを止めにかかる。しかし、いよいよ目眩までしてきたビアは、とりあえずこの状況が変わるなら、と思ってしまった。
「……おね…がい、ひ……まひゅ………」
クォーツ以外の三人が、ものすごい形相でビアを見た。
クォーツは何故か少し嬉しそうな顔をした。
結論から言うとクォーツの提案は功を奏した。
「……はっ、、ふっふあああ〜〜〜!!気持ちっ気持ちいいですこれっ!!すごいっ!!すごいです!!足が軽い〜〜っっ!!」
「ははははは、そうだろうそうだろう!かつてこんな時のためにと力加減を練習したからな!!腕がなるわ!!」
「こんな時ってどんな時だよ…………え、何、そんないいの?俺にもやって…………あ、いいわこれ!!」
「えー?クォーツさん俺も俺も」
「みんな、少し落ち着け。……おいクォーツ当てるな…ああ、確かに」
ビアがあまりにも感嘆したため、その場にいた男たちも「ではそれがしも」とおっかなびっくりに続いていった。クォーツはクォーツでたいそう気を良くし、来い来い続けと煽る始末。結果、一同は予定より早く神樹の泉に到着できたが、それまでに『凍てつく吹雪よ 白銀の針で全てを飲み込め 白き闇夜』を十回くらい聞くことになった。
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