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72.馬車旅-2

 馬車は四人掛けで、ビアとフェリクス、クォーツの三人が乗ることになった。騎士組は普段乗り慣れた愛馬でついてくるつもりらしい。フェリクスとふたりきりにされるのは気まずいし、かといってテオドアがいてもやりづらいものがあったので、ビアにとってこの体制はとてもありがたかった。フェリクスが気を遣ってそうしたのかもしれない。


(でも、クォーツさんって、正直ちょっと怖いんだよなあ……)


 たびたび顔を合わせる機会はあったものの、彼と面と向かってじっくり話したことはなかった。いや、以前の顔合わせで面とは向かっていたのだが、あの時は救国の乙女としての来歴を尋ねられるばかりで、会話というより面接…下手したら取り調べに近かった気がする。あの居た堪れない会合があったゆえに、ビアはなんとなくクォーツに苦手意識を持っていた。みるからに神経質そうな銀縁の眼鏡が、余計にその気持ちを助長する。


 少し緊張した空間で、一番最初に口を開いたのは、意外にもかの男だった。


「それにしても、また急な依頼だったな。まあ、俺としてはまた特別手当をもらえてウハウハなわけだが」

「……支給者の僕を目前にして堂々と言うことか、クォーツ?」


 見るからに神経質そう……ん?


「ははははは。まあまあ、細かいことは気にするな。あ、ちなみに前回もらった分で俺たちはこないだ美味い酒を飲みにいったぞ。快気祝いという名のオルトロス討伐お疲れ様会。まあ討伐できてないけどな!次はお前もどうだ?」

「素直に快気祝いだけでいいだろう、不謹慎な……」


 神経質………ん?


「城下町の“鯨のいびき”って店だ。そういえば、行ったのは確かお前も城下町に降りてた日だったな」

「……やっぱりな。なんとなくそんな気はしたよ……」

「ん?なんだ、その顔は………はっ!?まさかお前、もしかして羨ましいのか!?すまんすまん、悪気はなかったんだ。次は絶対誘ってやるから」

「全然違う!!これはブナンダー君に向けた言葉だ!!そんなつもりで言ってない!!……なんだその顔は!?いい、誘うな。誘わなくていい!!」


 ん?んっん〜〜〜??


 なんか、思ってたのと違うな。

 それが心のうちの第一声であった。ビアは毒気が抜かれたような気持ちで目の前の男を見る。なんだか外見と内面がずいぶんチグハグな御仁である。今までの苦手意識はすっかりなりを潜めていた。


「美味い酒もたくさんあるぞ……って、そういえばお前は下戸だったな。残念。……ときに、オクトーバー殿はどうだ?酒は嗜むクチだろうか?」

「えっ?はっ、ふぁいっ!?」


 突然話を振られて返事を噛んでしまった。たがしかし、この話題はビアにとってこれ以上ないほどうってつけだ。なにせこの女、酔っ払った挙げ句の果てに異世界召喚されたようなものなのだから……


「お酒、ですか……た、多少は嗜んで入るかと」

「おおっ、その顔はいかにも飲めるといった顔だな!当ててやろう、君はなかなかの酒豪だな?ふふん、いいぞいいぞ。あの店はさまざまな地ビールを取り揃えていておすすめだが、オクトーバー殿はビールはいけるクチか?」

「じ、地ビールですか……!!」


 (お酒の中で一番好き〜!!)


うちなるビアが大歓喜である。天にも舞い上がるような気持ちで目をキラキラと輝かせる。平静を装おうにも口元のにやけがおさまらなかった。


「いい顔をするじゃないか。よし、そうと決まればフェリクス、この遠征が終わったらみんなで打ち上げだ!!」

「今やっと始まったばかりなのに、もう終わった後の話か君は!?」


 その場にどっと笑いが起こる。気づけば先ほどまで強張っていた肩の力が抜けていた。


(クォーツさんって、意外と面白い人だったり……?)


 今しがたクォーツの本質を見抜いたビア。その予想通り、彼はその後もたびたび馬車の中で笑いを引き起こしてくれた。おかげでこの道中がビアの予想より遥かに愉快になったのは言うまでもない。





「おーおー、馬車組は意外と盛り上がってるみたいですね」


 外に漏れた笑い声を聞いて、ジミルが冷やかしを入れる。なんとなく面白くないので聞こえなかったふりをしたら、声をより一層大きくして「ねえ副隊長、どう思いますー!?」と尋ねてきた。ただでさえ蹄の音で聞こえづらいと言うのに、わざわざご苦労なことである。


「……別に…」

「ええ?聞こえなーーい!!」

「べっ!!つっ!!にぃぃ〜っ!!!!」


 時刻はもうすぐ正午を回る。陽が照りつける街道での乗馬は、それだけで消耗するというのに、余計な体力を使わせないでいただきたいものだ。恨めしげにジミルを睨めつければ、いかにも面白そうにニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべている。


「大丈夫ですよ、ほとんどがクォーツさんの声なんで」

「大丈夫って、なにがだよ……」

「さあ、なんでしょうねえ?」

「………」

「ま、昼はみんなでとるでしょうから、そんときは輪に入れるといいですよね」


よっ、という掛け声と共にジミルが馬を加速させる。昼休憩を予定している街が見えてきたからだろう。テオドアも手綱を握り直すと、部下の後ろを追うように馬の足を速める。





 昼食も、その場の笑いを掻っ攫ったのはやはりクォーツであった。

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