69.迷子-3
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「フェリクス様!!」
広場に戻ってしばらく、ジミルと二人、ベンチで雑談をしながら時間を潰していたとき。大通りの方から見覚えのある出で立ちの男が姿を現した。待ち侘びたその姿を捉えて、ビアがすぐさま立ち上がり男の方へ駆け寄る。
「ビア様!!……よかった、ここに戻っておられたのですね!!」
フェリクスがくしゃりと顔を歪めて笑う。
驚いたのは、そのすぐ隣に彼女が密かに探していた男もいたことだった。
「……ノイマン、副隊長……」
呟いてすぐ、フェリクスの顔色が気になった。心なしかテオドアの方も少しぎこちない表情だ。
「あー!副隊長!いたいた!」
なんとなく気まずい雰囲気を幸いジミルが突き破ってくれた。
「おージミル!こっち戻ってたか!」
「城壁の方行くか迷いましたけど、たまたまビアさんにばったり会ったんで」
テオドアに答えながらもフェリクスの方を一瞥したジミルは、なぜか彼もまたバツが悪そうでわざとらしく視線を泳がせた。
「これはこれはブナンダーくん。大変偶然だね」
「……あー、これはフェリクス王子。このようなところでお会いできて光栄です」
「先日ここにくることは伝えたと思うんだけどね。テオドアに言伝が届いていなかったのは何かの手違いかな?」
「……大変失礼致しました。すこし順序を誤りまして。もっとも、王子の御希望の結果におさまったと思いましたが」
「……君は思った以上にテオドアを買っているようだね」
「ご冗談を。上官はあくまで上官ですよ。私はただ、上り詰める機会は逃したくないだけです」
フェリクスが少し驚いた顔をする。先ほどまで泳いでいたはずのジミルの目がギラリと光った。
「……心配せずとも君は出世する気がするな」
ふは、と楽しそうに笑うと、フェリクスはテオドアの方に向き直った。
「ずいぶん有能な後輩に恵まれたね、テオ」
「お?おーあー、まあな!オクトーバー様も送り届けてくれたしな!」
おそらく真意を分かっていないテオドアが快活に笑う。もっとも、ビアもふたりのやりとりがどう言ったものなのかまったく理解していなかった。
「それじゃ、フェリクス。俺たちはここらで失礼するぞ。……オクトーバー様も良き一日を」
「おふたりともさようなら」
テオドアが別れを切り出すと、ジミルが続いてお辞儀をした。当たり前だが、二人とも躊躇う様子もなく広場を離れてゆく。早々に大通りから脇道に逸れてしまい、すぐに姿は見えなくなった。
***
その後、ビアはフェリクスに連れられ様々な店を回った。迷惑をかけた詫びにと言って、彼は女性が好みそうな場所を順々に連れて回ってくれた。ビアは年頃の女性ということもあり、やはり服や靴の店に目がいきがちだった。着ていくところなどないのに、ショーウィンドウに目が吸い寄せられてしまう。その様子を目ざとく見つけたフェリクスに何度試着を進められたことか。
(試着したらぜっっったい有無を言わさず買ってくれるやつだな)
分かりやすい、というよりかは隠す気がないのだろう。顔に浮かぶ優雅な笑みを見れば、そこまで男心に聡くないビアでもそれは容易く察することができた。だがしかし、ここで彼の気持ちに上手に甘えることができるほど賢い女ではないのがビアだ。「贈りたい」というフェリクスの気持ちを理解しながらも、なにかと誤魔化しては結局その思いに答えることはできなかった。
「そういえば、この街にはなにか観光スポットのようなものはないのでしょうか?」
いよいよフェリクスの「なにかプレゼントしたい圧」に耐えかねたビアは、苦し紛れにそんな提案をしてみた。ブティック街を抜け出さない限り、この圧からは逃れられないと判断したからだ。
「ああ、いくつかありますよ。展望台に、水上ボート。屋内なら美術館や博物館。あとは教会なんかも見どころですかね」
「教会、ですか」
転移前はあまり馴染みのなかった単語にビアが反応する。
「ええ、本来は観光地ではないのですが。伝統的で荘厳な建築と、かつて聖女エルゼリリスが好んで参拝されたことから国民には人気の場所になっております」
「聖女エルゼリリス?」
聖女という言葉に思わず反応してしまった。フェリクスが少しぎこちない顔になる。
「……ええ。はるか遠い昔、我が国に召喚された救国の乙女の一人です。彼女は召喚された乙女の中でも随一の偉大なる退魔の力を持つ大聖女だったと言い伝えられています。その力はあまりにも凄まじく、ローアルデを司る神をも感嘆させ、最後は女神として天界へ導かれた、と………まあ、途中からはおとぎ話のようなものですが」
苦笑混じりに話すフェリクスは、あまりこの言い伝えを信じていないのだろう。ビアも後半は「そんな大袈裟な」と内心呆れてしまったが、それでも自分と同じ「救国の乙女」にゆかりのある場所、というのはとても興味深かった。
「私、その教会に行ってみたいです。」
もしかしたら自分の能力のヒントになる何かがあるかもしれない、そんな淡い期待が萌す。ビアの返事は早かった。
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