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02.異世界-3



「こりゃ税金の無駄遣いだな。」


 誰かが言った。いつかの昼下がりのこと。


 その日は珍しくレッスンがなく、ビアは城内の中庭を散歩していた。休日扱いなので、いつもなら許されないであろう簡素なドレスでの外出も(城内までだが)許可が降りた。


 国家機密事項に含まれるビアは、極力人前で姿を見せぬよう指示を受けている。城内で使う通路や部屋は特別に準備されており、それ以外の場所は基本行き来できない。また、自室外では顔を隠すヴェールを纏って生活している為、今のところビアの素顔を知る者は、召喚の儀当日にいた国の重鎮達と、ビア専属のメイド数人だけだ。

 

 だから分からなかったのだろう、本人がすぐそばで聞いていたことを。


「何の話だ?」

「ほら、噂になってんだろ?召喚の儀が成功したって」


 召喚という単語を聞いて思わず振り返る。すぐそばのベンチで、城の役人と思われる男二人組が世間話をしているようだった。


「あ、ああー…確かにそんな噂どっかで聞いたな。でもそれっぽいのはいつでも聞くじゃないか。どうせ今回もガセだろう?」

「それが、今回はマジっぽいぜ。ほら、ここしばらくモール様が魔法を全然使わないだろう?おそらく魔力を消耗しすぎた副作用で、インターバルが来てるんだよ。」

「ええ…それ本当か?でもなんで公に発表されてないんだ?表立って言えないことでもあるのかよ?」

「どうも召喚された乙女のジョブが判明してないとかなんとか。」

「はあ?そんなことあんのか?今まで聞いたことないぞ。……それ、やっぱりそれガセじゃないのか?」

「いやあ、俺も知らないけど。でも仮に事実だったとして、救国の乙女が無能っていうんじゃ、税金の無駄遣いもいいところだろう?あの儀式行うだけでもかなりの経費がかかるってのに、乙女が召喚されればそいつの世話代も発生するわけだ。腐っても救国の乙女なら、そうぞんざいには扱えないしさあ……お上は俺たちの血税を何だと追ってるのやら。」


 そう言うと、男は大げさに肩をすくめてみせた。

もう片割れの方はあまりこの話を信じていないのだろう、退屈そうにあくびをしている。


「まあそん時は、城の使用人にでもすればいいだろ。働かざる者食うべからず、だ。」

「おいおい、滅多なこと言うなよな。噂が本当だったらどうすんだ。」


 そう言いながらも男はヘラヘラと笑う。そして次の瞬間には、もうこの話には満足したとばかりに新たな話題を切り出していた。


 ――きっと、本人達に悪気はない。昼休憩の与太話にちょうどいい話題だっただけだ。だから気にする必要もない。そう頭では分かっているのに、ビアはその場から立ち去ることができなかった。指先がヒリヒリと痛む。まるで胸の中心から氷水を差されたように、身体がどんどん冷え切っていく。


 なにより悲しかったのは、本当にその通りだと、自分でも納得してしまったことだ。




 中庭での一件以来、ビアは噂話に対しすっかり過敏になってしまった。少し耳を傾けてみれば、これがまた出るわ出るわ……


「なんでもすごく不細工な乙女だから、人前に出るのを渋ってるんだとか。」

「いやいや、魔力がなくて役に立たないからお上が扱いに困ってるんだろう?」

「えー?超性悪女で、うちの国の足元見てるって聞いたけど?」


事実に近いものから全くの嘘八百まで、人々の間では様々な憶測が飛び交っていたが、どうやら救国の乙女が召喚されたという噂はかなり広まっているらしかった。


「フェリクス様、本当にお可哀想。」


性悪説を支持していたメイドが話を続ける。


「だって、救国の乙女が召喚されたら、絶対に婚約者候補にあげられるでしょう?お兄様の方はあんな感じだし……」

「貴重な乙女の血をみすみす絶やすわけにはいかないものね。」


 一瞬、ビアは彼女たちが何を話しているのか全く分からなかった。一拍遅れでやっと政略結婚を意味しているのに気づいたのは、前の世界でそういうことに全く縁のない生活をしていたからだろう。


 召喚の儀の成功率はとても低い、ゆえに救国の乙女は非常に貴重な存在だ。加えて乙女たちは皆、非常に稀有で強力な力を持つという。おそらくその血を皇族に継がせることで、子孫への能力の継承を試みるのであろう。また、王族の権威強化や乙女の国外流出防止といった側面も含んでいるのかもしれない。


(フェリクス様がお優しいのは、この為だったのね。)


 なんとなく虚しいような、それでいて妙に胸にストンと落ちたような不思議な感覚が身体を襲う。多忙な仕事の合間を縫ってビアに会いにきてくれる理由、いつも優しく笑顔でビアの話し相手をしてくれる理由。なぜ彼はここまでしてくれるのかと、ずっと不思議だった。


(全てローアルデ(この国)の為だったのね。)


 胸がキュッと決めつけられる。無意識に唇を噛み締めていた。


(なのに、私ときたら……)


 彼の、ローアルデの人々(彼ら)の役に全然立てていない。そう思うとなぜだか視界が滲んできた。瞼が熱い。喉が痛い。


 ふと、中庭での一件が頭をよぎる。


――――まあそん時は、城の使用人にでもすればいいだろ。


(本当にそれがいいのかもしれない。)


 先ほどまで開けていた視界は、今やほとんど何も見えない。

 ぼんやりとした頭に浮かんだその言葉は、今のビアにとって、とても魅力的な提案に思えた。


(働かざる者食うべからず、だもの。)


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