67.迷子-1
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かの男の後を追うように、奥へ奥へと進んでゆく。
テオドアが慣れた足取りで進んでいった路地裏は、思った以上に複雑に入り組んでいた。薄暗い上に瓦礫も散乱していて思いのほか足場が悪い。この道は愚か、街にすら慣れていないビアは早々にテオドアを見失い、いまや勘だけを頼りに進んでいる。もう広場の騒ぎも落ち着いた頃だろう。引き返すべきだと分かっているのにそうしないのは、この機を逃せば次はいつテオドアに会える分からなかったからだ。正体を明かしてしまった今、ただのメイドにはもう戻れない。
どれくらい彷徨っただろうか。進むほどあたりは寂れ、どことなく治安も悪くなっている気がした。もう諦めて大通りの方に戻ろうか、気持ちがそちら側に傾いてきた時だった。
突然背後から肩を掴まれた。
「んひゃあっ!!」
「ちょ、ビアさん落ち着いて!!俺です俺!!」
素っ頓狂な声に驚いた相手は、慌ててビアを宥めにかかる。そこにいたのは、ビアが探す男――――ではなく、それと常日頃一緒にいる藍鼠頭の青年だった。
「ジミル……さん」
「お久しぶり、ですかね。こんなところで見かけてびっくりしましたよ。……ここいらはこの街でも珍しくわりかし物騒な地区なんで、あんま近寄らないほうがいいですよ。てかいったい、ここで何してたんですか?」
「あ、ええっと……先ほど広場の路地裏でノイマン副隊長を見かけた気がして、探してるうちにここに着きました」
それ聞いたジミルはなぜだか悔しそうに顔を顰めた。
「あちゃー、ここへきてニアピンかー、くっそー」
「ニアピン?」
「あーなんでもない、こっちの話です。……とりあえずビアさん、俺についてきてもらえますか?広場まで送りますよ。フェリクス王子が探してるでしょうから」
ジミルは元来た道の方を親指で示した。渡りに船…といったところなのだろうか。正直、これ以上テオドアを探しても見つかる気がしない。自力で戻るにも今まで歩いてきた道を覚えていないので広場まで辿り着けるかも不安だ。ビアは促されるままにジミルのすぐ後ろをついていくことにした。石畳に響く足音が一足分増えただけで、ずいぶん心強くなる。
なぜジミルはフェリクスと一緒だと知っているのだろうか、不思議に思わないでもない。しかし今彼に何か聞くならそれよりテオドアについてだと思った。
「あの、なんでノイマン副隊長はこんな路地裏を歩いてたのでしょうか?あと、心なしか今日は眼鏡をかけていたような……」
「ああ、眼ですよ、眼。あの人、自分の眼を誰かに見られたらって過剰に心配してるんですよ」
「あ……」
気にしすぎだ、と答えることができなかった。これまでテオドアがその瞳の色で差別を受けているのを何度も見てきた。それに先ほどの騒動、自国ローアルデのフェリクスですら瞳の色が明らかになった途端あの騒ぎだ。忌み嫌われるガルムンドの目を人々が気にしないとは思えない。街ゆく人の不躾な視線がテオドアを傷つけるのは想像に難くなかった。
「あの人の眼鏡、特殊な魔法の細工が施されてて、元来の瞳と違う色に見えるようになってるんです。……まったく、馬鹿高い割に似合いもしないモン買わなきゃいいのに」
ジミルが足元にあった小石を蹴飛ばす。飛んでいった小石は、先に落ちていた空き缶に当たり、カランと小気味よい音を立てて跳ねた。
「……ノイマン副隊長は、どこに行ってしまったのでしょうか」
「ああ、それなら多分城壁の方じゃないかな。あの人あそこからの眺めがお気に入りのようですから。意外と人も少ないし」
答えを期待せず呟いた問いは、しかしながらジミルには心当たりがあったらしい。さらりと出てきた答えにビアは目をぱちくりさせる。
「城壁、ですか……あの、そこってここから遠いですか?もしよければ、私をそこに連れてってもらえないでしょうか」
その申し出を聞いたジミルは、なぜかなんとも言えない顔をしてみせた。
「……うーん、これ以上の肩入れはさすがに……あくまで偶然を装っての接触ならギリギリセーフって算段だったけど、わざわざ引き合わせるのは流石に王子に悪いか。頼まれた言伝もまだ伝えてないし、ここで引き合わせたら約束反故も同然?あ〜〜」
ぶつぶつと独りごちながらどうするか決めあぐねているようだ。いったい何に引っかかっているのだろうか。正直、悩むほどのことをお願いしたとは思えないのだが。
歯がゆい気持ちで待っていた回答は、残念ながらビアの期待に沿うものではなかった。
「……すみません。やっぱ俺はそこまではできません。ビア様だってフェリクス王子を待たせるのはよくないんじゃないですか?」
「……確かに、そう、ですね…」
確かにジミルの言う通りだ。今日はフェリクスとの約束でここにきている。それなのに彼をほったらかしにして他の男――よりにもよってテオドアに会いにいくのはかなり失礼な話だろう。
「なんで、城壁には俺じゃなくて、副隊長本人に連れてってもらってください。」
――きっとビアさんも気にいると思います。
振り返ったジミルがにっと笑う。その顔にはうっすらと陽の光が差していた。気づけばもう路地迷宮も終わりに差し掛かっている。
建物の合間から顔をのぞかせると、そこは見覚えのある広場だ。つい先ほどまでここにいたというのに、なんだか懐かしいのは気のせいだろうか。活気にあふれた街ゆく人々を見て、戻ってきたのだなと実感が湧く。
どうやら先ほどの騒動は落ち着いたらしい。今はまた大道芸のステージがまた賑わっており、軽快な音楽とともに、時折観客の歓声が響いてくる。お頭の抑揚の効いた声を聞いて、ビアはほっとため息をついた。
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