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63.デート-1

 馬車がようやく脚をとめて、ほっと一息ついたのは向かいに座るフェリクスだった。


「……すみません、実は車酔いの激しい性分でして。今日は酔い止めを飲んでいるので大丈夫なのですが、とはいえやっぱり緊張しちゃったな」

「え、そうだったのですか!」


 言われるまでまったく気づかなかった。王子の意外な一面を垣間見たビアはなんだかちょっとほっこりし、また彼の体調お構いなしに道中たわいない会話を続けていた自分を申し訳なく思った。

 今日は城下町散策の日だ。

 御者が扉を開けるや否や、フェリクスが颯爽と馬車を降りる。そして先ほどまで車酔いを気にしていたとは到底思えないような完璧な佇まいでビアに手を差し伸べた。


「さ、ビア様、お手を」


 誘われるままに手を重ねる。柔らかな微笑みを浮かべたフェリクスを見上げれば、その瞳はあの輝くようなエメラルドではなく、落ち着いた深いオリーブ色に染まっていた。


「瞳の色が気になりますか?」

「あっ、す、すみませんつい!!」

「いえいえ、構いませんよ。いつもの目では目立ってしまうので、今日は魔法で色を変えております。こうしてみると、ほら、どこにでもいる一般人でしょ?」


 笑顔のまま問いかけるフェリクス。その姿は瞳の色を差し引いたところで到底一般人には及ばない、絶世の美男子であった。並ぶ自分が虚しくなるほど。


(フェリクス様は自分の魅力をもうちょっと理解してほしいわね……)


 ビアの内心などつゆ知らず、フェリクスは嬉々として彼女の手を握り返す。エスコートされるままに馬車を降り、その先の光景を見て、ビアは思わず感嘆の声を上げた。


「わあ……!!」


 そこに広がるのは、いかにも西欧風の可愛らしい街並みであった。転生前、大学の卒業旅行でいったヨーロッパの小さな街を思い起こす。確かローテンブルクだったか。日本人の感覚ではどこもかしこもおとぎ話の世界のようで、メルヘンチックな景観に随分魅入られたものだ。

 メイド曰く“ちょっと良いところのお嬢さん風”のスカートを裾を持ち上げると、ぱたぱたと小走りしながら街中をぐるりと見渡した。

 目を輝かせながらあたりを見回すビアの様子に、フェリクスが目を細める。


「お気に召したようですね」

「ええ、とっても美しい街ですね!お城の近くにこんな素敵なところがあったなんて!!」

「本当はもっと早くにお連れできればと思っていたのですが、なかなか忙しくて。遅くなった代わりに今日はめいっぱい楽しんでくださいね」


 どこまでもお供しますよと付け加えると、フェリクスは改めて手を差し伸べた。


「さて、早速ですがランチを予約してありますので、少し早めの昼食としましょうか」





 エスコートされるがままついていけば、辿り着いた先は、こぢんまりとしていながらも立派なレストランだった。汚れのない白亜の壁が目に眩しく、そこに嵌め込まれたステンドグラスの飾り窓がより上品さを醸し出している。


「この街で結構有名なカフェレストランです。軽めのランチコースを予約してます。どれも絶品ですよ」



 フェリクスがそう評した通り、出てくる料理はどれも大変美味しく、また量も程よくまったく申し分なかった。

 席に通された当初、ビアは少しテーブルマナーに不安を感じてあたが、聖女教育の一環でそれも叩き込まれていたので思ったほど苦労はしなかった。百点満点とは行かずとも、及第点は取れたであろう。

 美味しい料理と、フェリクスの話し上手かつ聞き上手な性格のおかげでビアはずっと気兼ねなく食事を楽しむことができた。だから、尽きぬ話題の一つにテオドアが上がった時も、彼女にはなんの他意はなかった。


「そういえば、フェリクス様はノイマン副隊長とお知り合いだったのですね」


 一瞬だけフェリクスの手が止まる。しかしその様子にビアは気づかない。


「……どうしてそう思いましたか?」

「だって先日、皆さんに私の正体を明かした日、ノイマン副隊長のことを“テオ”って呼んでいたでしょう?随分仲が良いのだなと思っておりました。それに、副隊長が担ぎ込まれたあの日、実は私、あの場にいたんです。フェリクス様が必死にノイマン副隊長を運ぶ姿は今でも焼き付いております」

「……」

「……あの時は、本当に頭が真っ白になりました。いつも元気なノイマン副隊長がまさかあんな………今思い出しても辛いですね」

「……ビア様」

「あ、よくお話ししていた騎士様っていうのは実はノイマン副隊長のことでして、ほら、いつもお腹を空かせているっていう…」

「ビア様!!」


 突然彼しからぬフェリクスの語気の強さに、ビアの肩がびくりと震える。もしかして自分は気付かぬ間に何か問題発言をしたのだろうか。


「はっ、はい!!」

「……ビア様、今はせっかく二人きりじゃないですか」

「ふたりっきり……?あ、ええまあ確かにそうですね」


 正確には遠巻きに一般人を装った護衛が数人付いているのだが、名目上は確かに二人きりだ。


「駄目じゃないですか、デートで他の男の話をするなんて。……嫉妬してしまいますよ」


「……っ!?!?!?」


 顔がみるみる火照るのが分かった。これはひどい不意打ちだった。デートってあんた…いや確かに男女一対一のお出かけとなればデートと言って差し支えないのかもしれないがそうは言ってもあんた…

 自分はともかく、フェリクスは救国の乙女の監視という業務の一環でここにきていると考えていたビアは、突然降ってきた甘い響きの言葉に脳内処理が追いつかなかった。


「ちょ、ちょちょちょデートって……そんなごっご大層な!?しかも他の男って、、」

「ええ、テオドアは男でしょう?僕よりたっぱも筋肉もある、いかにも男らしい」


 突然テオドアへの嫉妬めいた感情を仄めかされて、ますます頭が混乱する。確かに、テオドアに対して特別意識しがちな自分がいるのは認めるが、男とかそういうのではない。もっと、こう……なんというか……


「いや、確かにノイマン副隊長は男性ですし、まあ筋肉も背もあるっちゃありますが、それ以前にあの方は殿方という感じではなくて」

「ほう……?」

「なんというか、こう人懐こい大型犬っていうか、可愛らしいわんちゃんっていうか」


 言った側から今度は自分の失言に気づく。騎士団の副隊長格の男に対してわんちゃんなどとは随分馬鹿にした物言いと捉えられるだろう。すぐさま訂正しようと試みるがもう遅かった。


「なるほど、ビア様にとってテオドアは可愛いわんちゃんみたいなものなのですね」


 フェリクスは笑顔で、それはもうすっごい笑顔を浮かべてビアの言葉を繰り返した。まるで言質はとったぞとでも言わんばかりにはっきりと。なんだかとても嬉しそうなのがとても怖い。

 先ほどまで真っ赤だったビアの顔が今度はみるみる青ざめてゆく。言いたいことも聞きたいことも山ほどあったはずなのが、口をついて出たのはなぜかこの一言だった。



「本人にはぜっっったいに内緒にしてください」

ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。評価やリアクション、コメントなど大変励みになっております。

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