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62.コイントス-2

***



「……しかしまあ、フェリクス王子はビアさんとデートってことですか」


 北門付近、しかし騎士団領ではなく王城の敷地側、周囲の顰蹙を買わない程度の片隅で、ジミルは金貨を弄びながら興味なさげに相槌を入れた。左手には小ぶりの麻袋が二つ、こちらも金貨がそこそこ入っており、額面に換算するとなかなかいい数字を叩き出す。


「ああ、そうだな。………ん?…えっ…あ、ああそうか、デートになるの…か……?」


 隣のクォーツがたじろぐのをよそ目に、今度は金貨を指で弾いて宙に飛ばす。コインがきらきらと舞う様子を眺めながら、かの王子は随分太っ腹だと考えていた。

 オルトロス討伐に対する特別手当――――という名目で準備された贖罪を受け取るために、ふたりは城へと赴いていた。本当はテオドアも呼ばれていたのだが、彼は別で宮廷医からも声がかかっていたためそちらに出向いている。念の為まだ経過観察が続いているらしい。なのでジミルが代わりに二人分の手当を受け取ることになっていた。

 もっとも、今ならそれがあの男にとって都合の良い口実だったことがよく分かる。なに、もともと不思議ではあったのだ。王子からの召集より宮廷医を優先するとは、と。とはいえこちらは代打がきくといえば確かにそうなのであまり深く気に留めなかった。

 気づいたのは、フェリクスから二人分の手当を受け取った時だった。


「……本当に、あいつは変なところで情けない」

「?」


 苦笑混じりにぼやくフェリクス。意味が分からずジミルは怪訝な顔になる。


「いや、なんでもないんだ。……ああ、そうだブナンダーくん。テオに伝えてくれないかな。ビア様(・・・)の適正審査だが、つつがなく進んでいると。」

「は、はい」


 突然どうしたのだろうか。正直言伝するほどの話ではない気がするのだが。心なしか「ビア様」のところを強調されたような……


「あとは連日の審査にお疲れだと思うので、君の提案通り(・・・・・・)息抜きに誘ったよ、とも。ちょうど五日後にビア様は休日とのことなので、ふたりで城下町を散策してこようと思う」


 その時のフェリクスは、それはそれは整った笑みをその顔に貼り付けていた。


(・・・あー、なるほどねえ)


 まったく、己の察しの良さに我ながら感心してしまう。

 牽制と挑発。フェリクスはテオドアへその二つを仕掛けているのだ。ジミルという他人越しに言伝までしてそれをやってのけるあたり、先方はなかなか挑戦的だ。……いや、「君の提案通り」を強調したあたり、先にふっかけたのはテオドアの方なのだろうか。この場を外しているのあの男は、もしかしたらこの御仁と顔を合わせたくなかったのかもしれない。


(きっとあの人のことだから、悪気なく喧嘩売ったんだろうなあ……)


 なんなら良かれと思って言ったつもりが逆にフェリクスを逆撫でしたしたわけだ。


 さて、名探偵ジミルの見解はこうだ。


 我らが皇子フェリクスは、どうやらビアのことをいたく気に入っておられる。その理由までは存じ上げないが、おおかた救国の乙女ということでなにかと関わる機会が多いのだろう。なんならお偉いさんたちの間で彼の婚約者候補として話がついてるのかもしれない。そこへきて、テオドアというダークホースのご登場。本人たちはあまり自覚がないようだが、彼らは少なからずお互いを意識している。聡そうな王子様のことだ、悪い芽を早く摘んでおきたいといったところか。


(その割にはずいぶんお手柔らかだこと)


 王子なのだから、その権力を持ってすれば二人を引き離すのは容易いことだろう。それをわざわざ手の内を明かし、なんならテオドアにも土俵へあがるチャンスを与えているあたり、高貴な御仁の優しさと誇り高さが垣間見れた。


「……僕がまだ、フェアプレイを望んでいるうちが華だぞ」


 ぎくりと背筋が跳ねる。ジミルの思考を見透かしたように、翠玉の瞳がきらりと光った。




 ぱちん、とまた金貨を指で弾く。


(そんなん俺に言われてもなあ〜)


 先程のやりとりを思い出しジミルは小さく嘆息した。そういうのは本人に直接言って欲しいところだ。


(でもまあ直接言ったところで、副隊長なら意図をよく理解できないまま白旗あげそうでもあるんだよな)


 外交と押しにめっぽう弱そうなあの男が、あの皇子と渡り合える気がしない。なんせオルトロス討伐の際、クォーツの申し出もろくに断れなかった男だ。意中の女からの贈り物を易々と他人に預けるやつがあるか馬鹿。


 多分、今日フェリクスから言われたことをそのまま伝えても、テオドアはなにもアクションを起こさないだろう。なんとまあ情けない男よ。今日のフェリクスが評した言葉が思い出される。


 ぱちん、ぱちん


 弾いた金貨が宙で煌めく。その様を眺めながらジミルは口を開いた。



「クォーツさん、表?裏?」

「!?な、なんだ急に………お、表…?」


 次の瞬間、ジミルは浮いたコインを手の甲と平でキャッチする。そしてそっと右手をあげると、口の端でにっと笑って見せた。


「ところでクォーツさん、五日後って予定空いてたりします?」

ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。評価やリアクション、コメントなど大変励みになっております。

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