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57.正体-3 (※ビア視点)

***



 見開かれた深紅の瞳は、差し込む西陽に照らされ、虹彩模様まで透き通るほど鮮やかに輝いていた。その顔に先ほどまでの弛緩した面影は欠片も残っていない。それが妙に名残惜しい。


「――僕から正式に紹介させてもらおう。彼女が召喚された救国の乙女、ビア=オクトーバー様だ。……ビア様、こちらへ」


 そうフェリクスに導かれるまま、彼の隣に腰を下ろす。あらためて目の前の三人に会釈をすれば、彼らは妙にかしこまった様子で、こちらより深く頭を下げていた。クォーツはともかく、テオドアとジミルはもうずいぶん見知った仲であるのに、なんだか不思議な気分だ。救国の乙女とはそれほどまでに遠い存在なのだろうか。


「はじめまして……ではなく、皆様の場合はあらためましての方が適切でしょうか。私はビア=オクトーバー。先日の召喚の儀にて縁あって呼び出され、この国ローアルデにやって参りました」


 また一礼したのち静かに面を上げれば、ちょうど目の前にいたテオドアと視線がかち合う。ただ呆然とこちらを見つめるその瞳から、もうただのビア(・・・・・)ではいられなくなってしまったことを悟る。


 早速クォーツから矢継ぎ早に質問が来たが、事前の打ち合わせ通り、先はフェリクスが全て説明してくれた。いろいろと居た堪れない部分も多かったが、今のビアに弁解できることはほとんどない。淡々と進む話の中で、自分ができることは救国の乙女としてそこに組み込まれることだけだ。


 なんとも不思議な感覚だった。議論は確かに救国の乙女(じぶん)を中心に展開されているはずなのに、そこにビアの意思はない。あてがわれた役割が中央の歯車だっただけ。やるべきことは、他の歯車を回す為に然るべき規律に則り、規則正しく回ること。ただそれだけだ。


(――あるいは人形、かしら)


 目の前で白熱する議論をぼんやり眺めながら、そう自評する。言われた通りにするのが自分の仕事。でもそれでいいのだ。何も分からない、何もできない自分は、誰かの導きに従うのがきっと正しいに決まっている

 ――――はず、なのに。


「――――ビアはどうしたいんだ?」


 テオドアの放ったその一言は、ビアを強く翻弄した。首を傾げた男の前髪が、ほんの少しだけ目にかかる。黒い毛束の間から覗く真っ赤なふたつの眼が、こちらをじっと見据えて問いかけていた。濁りなく澄み切った瞳は、こちらを捕えて離さない。ビアの胸中にざわめきが駆け巡った。


 ――――私はどうしたいのだろう。


 そのざわめきはいくばくかしか続かなかったものの、ビアの心の奥底で密かに反芻し続けた。






 話し合いも終わり、皆の口数が減ってきた頃。フェリクスが小さく息をつき、解散の音頭をとった。ビアは腰を上げると、フェリクスに倣い部屋の入り口で来客の三人を静かに見送る。救国の乙女としてこの場にいる以上、これより先には迂闊に出ることはできない。

 男達が部屋の敷居を跨ぐ。その振り向きぎわ、テオドアと目が合った。


「――ノイマン副隊長」


 ぽつりと小さく呟けば、しかしテオドアはその言葉を聞き漏らさなかった。少しだけ目を見開きながらその場で立ち止まる。


「あ、あのっ……昨日はすみませんでした。急に取り乱して……声を荒げてしまって……」


 昨日の出来事を思い出す。行き場のない怒りをぶつけてしまったあの時が脳裏に浮かび、なんとなく居た堪れない。語尾の歯切れがどんどん悪くなる。


「本当にごめんなさい」


 俯きながらか細い声で漏れた謝罪は、それでもテオドアに届いたのだろう。彼はしばし戸惑ったように視線を泳がせた後、一呼吸して口を開いた。




「どうかお顔をおあげください、オクトーバー様(・・・・・・・)


 耳に馴染んだ声から呼ばれた聞きなれない自分の名前に、心臓がぞくりと跳ねる。


「………救国の乙女からわたくしめのような下級騎士に、そのようなお言葉は勿体無くございます。お心遣いこそありがたく頂戴いたしますが、今後は我々のような下々の者に安易に頭を下げぬよう、どうかお気をつけください」


 すべては貴女様の為に――最後にそう付け加えると、目の前の男は深々と頭を下げてみせた。

 きびきびとした姿勢で九十度まで腰を折った礼儀正しいその姿は、慣れ親しんだ男であるはずなのに、まるで別人のようだ。初めて会ったかのような他人行儀を前に、身体が、心が、しんしんと冷え込んでゆく。


 声を出したかったが出なかった。

 腕を掴みたかったが動かなかった。


 顔を上げた男の顔は、いつも見慣れたはずのそれとはまったく違う。身分を、立場を弁えた一介の騎士の顔をしていた。



 

 敷居の向こう側は、もうはるか遠い。

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