56.正体-2 (※テオドア視点)
前回は久々の投稿にも関わらず読んでくださっている方がいて大変嬉しかったです。本当にありがとうございます。
「――僕から正式に紹介させてもらおう。彼女が召喚された救国の乙女、ビア=オクトーバー様だ。……ビア様、こちらへ」
ビアは皆の前で軽く一礼すると、フェリクスに導かれるまま、彼の隣に腰を下ろす。
「はじめまして……ではなく、皆様の場合はあらためましての方が適切でしょうか。私はビア=オクトーバー。先日の召喚の儀にて縁あって呼び出され、この国ローアルデにやって参りました」
淡々とした自己紹介が彼女の口から紡がれる。その口調はどこか重く、苦しげであった。
「つまり君は救国の乙女、というわけだ。であればまず気になるのは職種だか、いったいどういったものなのかな?あの奇跡を起こしたということは、まさか聖女か?しかし数ヶ月も隠しておく意味が分からん。……それに君は日頃、メイドに扮しているようだが、いったい何故だ?君の能力に関係するのか?」
いち早く口を開いたクォーツが、矢継ぎ早に質問攻めにする。気持ちはわかるがいささか性急すぎだ。ビアの顔色がみるみる悪くなっていくのに気づき、テオドアは咄嗟に隣の男を嗜める。
「クォーツ、先走りすぎ。……あと、口調」
「む……あ、ああ。これは大変失礼しました。救国の乙女殿」
「……彼女の事情については僕から話そう。……ビア様、いいですね?」
それから助け舟を申し出たフェリクスにより、ビアの一通りの事情が説明された。彼女の職種はまだ判明していないこと、それについて記述された本を彼女はこの世界に来て早々失くしていること、そしてその失った経緯に妨害魔術が使われた可能性があること。
「――で、その妨害魔術っていのが、ガルムンドによって発動された可能性が高いってことか」
途中から騎士の間でのやりとりを思い出し口を挟む。フェリクスが敢えて伏せているのは、自分に遠慮しているからだろう。だったらと思って発言したのに、なぜだか空気は凍ってしまった。
「あ、言っとくけど俺じゃねえ……無いですからね!」
僕は魔術使えないですしと、テオドアが慌てておどけてみせる。彼としてはちょっとしたジョークのつもりだったが、それを口にした途端、その場にいたのは全員から「当たり前だろう!」ときつめのツッコミが入ってしまった。ちょっとびっくりしたが、みんなが強く憤慨してくれたので、ほんの少しだけ嬉しくなる。愛されてるなあ。
「……それで、話をくだんのレモネードに移そう。ビア様はここ数ヶ月間、様々な職種の適正を見定めるための審査を受けている。当然、聖女や僧侶、薬師などは確認済みだ。その上で……残念ながら適性無しという判断を受けている」
「しかし、ここにきて彼女が作ったレモネードが、聖女ばりの奇跡を起こした、そういうわけか」
クォーツは合点がいったとばかりに頷く。ジミルもこの話を興味深そうに聞いていた。
「回復または調理系の職種は、もう一度試してみた方が良さそうな気がしますね」
「まあそういうことになるが……あまりビア様の負担を増やしたく無いのも事実だ。準備にも時間がかかるし、いろいろなことが起こったばかりだから、僕としては一旦は様子見でいこうかと考えている」
「しかしフェリクス、善は急いだほうがいいのではないか?瘴気の濃化に伴い、各国の情勢は不安定だ。一刻も早く職種を明らかにし、大々的にお披露目したほうが、国民の団結や対外諸国への抑止力に繋がろう」
「自分もクォーツさんに賛成です。今回副隊長が火の粉を被ったのは、妨害魔術の件があったからだ。これ以上痛くないも腹を探られたくない」
フェリクス、クォーツ、ジミルが淡々と議論を進めていく中で、テオドアは黙りこくるビアをぼんやりと眺めていた。
出会ったばかりの頃、彼女がひどく無知であった理由がここにきて分かった。異国ではなく、異世界からきた人間。そりゃあこちらの常識などかけらも知らぬが当然であろう。
しかし一方で、ビアが救国の乙女という事実を、いまだ信じられない自分もいた。メイド姿で楽しそうに仕事に励む彼女が、第一級の国家機密である存在だなんて――なんだかずいぶん遠い存在になってしまったなと、一抹の寂しさが静かに込み上げる。
(つーか、こんな顔も初めて見るな)
遠くに感じたもうひとつの理由は、ビアがテオドアの知らない、まったく別人のような表情でそこにいたからだ。
ガラスのような冷たい瞳に、何も読み取れぬ無機質な表情。普段楽しそうに笑う彼女の面影はもはやそこになく、このちぐはぐな乖離はテオドアに強烈な違和感を与えた。まるで物言わぬ人形のような姿にひどく不安を駆り立てられる。
「――――ビアはどうしたいんだ?」
気づいたら問いかけていた。
ガラスの眼がゆっくりと持ち上げられ、こちらに向けられる。その仕草に少しどきりとした。
「わ、わたしは……」
ガラス玉だったものが、今度は水面に映した月のようにゆらめく。輪郭のぼやけた瞳にもう無機質さは残っていない。たどたどしく口ごもりながら、絞り出すように声を出す。
「わた、しは……」
小さな口から紡がれる言葉を、一語一句聞き逃すまいと耳を傾ける。震える声はそれでも先ほどより力強くなっていた。あと少しで答えが出る。
――――そんな時、
「おいテオドア、口調。」
まるで意趣返しとも取れる言葉がクォーツから発された。
最大瞬間風速でその場が白む。
フェリクスはがっくりと肩を落とし、ジミルはわざとらしいほど大きなため息を吐いた。テオドアは脱力し天を仰ぎ見ようとした拍子にうっかり頭を背もたれにぶつけ、ゴッと盛大な音が響いた。
「えっ?何、何だこの空気は!?」
悪気なく水を差したクォーツ本人だけがその場の空気についていけず、一人焦っている。誰だこんな馬鹿呼んだやつは。
「――――失礼。オクトーバー様本人のご希望も伺うべきかと」
馬鹿の大変有難い助言に倣い言葉を正せば、しかし目の前の女の瞳は無機質なガラス玉に戻っていた。
「……お気遣いありがとうございます。私もこの国に召喚された身として、一刻も早く皆様のお役に立ちたく思います。適正審査はぜひ再開いたしましょう。早く職種が明らかになるよう、一生懸命頑張ります」
作り物めいた微笑みを貼り付け、模範解答を口にする彼女に胸が痛んだ。これ以上、問いかけの余地はないだろう。テオドアがそっと目を伏せる。少しばかり人間らしさを取り戻したはずだった彼女は、また人形のように無機質な微笑をたたえていた。
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