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50.奇跡-2



「寛大な御心に、大変感謝致す」


 クォーツは礼を述べると、早速テオドアの横に立ち、口元の包帯を少しだけ捲った。手にした小瓶のふちをそっとテオドアの口につけ、そこからゆっくりと薄黄色の液体を流し込む。


「苦しいかもしれないが、あのメイドのためだ。頑張れ」


 言い終わらぬうちに、テオドアがごほごほと咽せ苦しむ。すぐさま医師が止めに入り、またクォーツもその手を引っ込めた。


「せめて一本飲ませてやりたかったな」


 クォーツが悲しげに笑う。小瓶にはまだ半分以上液体が残っていたが、これが限界だと観念したのだろう。サイドテーブルに置いたコルクキャップを手に取り、小瓶の蓋を静かに閉めた。


 悔し気に小瓶を銀箱にしまおうとしたその時、

 眼下で真っ赤な宝石がギラリと光った。



「テオドア!?」

「テオ!?」


 突如双眸をかっと見開いた怪我人に、あたりが唖然となる。  

 皆が驚き人形のように固まる中、しかし怪我人は重い腕をゆっくりと持ち上げ、クォーツの方へ伸ばしてみせた。


「……も、ねー…ど………」


 掠れた声を震わせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。一語ずつ発されるそれは、繋げてみてもよく分からなかったが、彼の指先からいち早く汲み取ったのが医師だった。


「オスト様!レモネードをの残りテオドア様に!!」

「え?ああ、こ、これを……?」


 言われるがまま、おそるおそるテオドアの口へ流し込む。テオドアはまたしても咽せていたが、それでも液体を身体へ取り込むのをやめなかった。小瓶一本分まるまる飲み干すと、数回咳こみんだ後、静かに目を閉じた。あたりにはまた小さな呼吸が響くばかりだ。


「なんだったんだ……?」


 フェリクスが呟く。医師もただぽかんとテオドアを見つめてある。


「……驚いたが、あいつからレモネードを欲してくれるとは思わなかったな。だが、これでかのメイドにも顔向けができよう…………テオドア?」


 

 その異変に気付いた時、皆、目の前の光景を俄かには信じられなかった。医師はあんぐりと口を開け、フェリクスは二つの翠玉をこれでもかというほど大きく見開いている。クォーツは特徴的な銀縁眼鏡を外し、ごしごしと瞼を擦る。


 ベッドに臥せるテオドアから突然、謎の光が漏れ出した。

 温かで優しい光であった。萌立つ草木のような緑の光と、その周りを舞う微粒な金粉。くるくると軌跡を描き舞う金の粉は、まるで妖精がその場を飛び回っているように神秘的だ。

 まるで御伽話、夢物語のような光景だった。全員が息を呑む。しばらくの間はただ見とれ、声も出なかった。


 沈黙の中、やっと動き出したのは医師だ。何かに気づいた様子の彼は、切羽詰まった様子でテオドアの手を取り、突然包帯を解き始めた。


「いや、そんな馬鹿な……ありえない……」


 ぶつぶつと呟きながら、血で固まった包帯をペリペリと剥がしていく。怖いもの見たさのような妙な緊張感がそこに走った。何重にも巻かれていた包帯がほどけ、患者の皮膚があらわになった時、医師の瞳が大きく瞠目した。信じられないものを見たとばかりに、その目は釘付けだ。

 その理由をフェリクス達はすぐさま理解した。包帯の捲れた部分の皮膚は、少し赤みの強い、軽い火傷を負った程度のそれだった。先ほどまでは赤紫のぶよぶよだったにも関わらず、だ。


「そんな……まさかこれは……」

「……驚異的な速度で回復している。いや、回復ではないな。これはもはや“再生”だ。……こんなこと、医学・生態学的に絶対ありえない」


 医師の瞳がギラリと光る。感動、畏怖、好奇……様々な感情がその双眸から読み取れた。


「他ならぬ“奇跡”そのものが、今ここで起こっている」



 その時、先ほど眠りについたはずのテオドアが再び目を覚ました。ゴホゴホと咳き込みながら、身体を精一杯くねらせる。


「オスト様、レモネードの残りをこの方へ!!」


 いち早く状況を理解した医師が、的確に指示を出す。クォーツが残りの小瓶を全て差し出すと、テオドアはレモネードを一気にあおった。ふたたび大きく咳き込みながら、ゆっくりと上体をもたげる。

 そう、重体人が自力で起き上がったのだ。


「テオドア……?」


 フェリクスがおそるおそる名前を呼ぶ。しかし男はそれに答えず、緩慢な手つきで顔に巻かれた包帯をゆるゆると外していった。包帯の下があらわになる。

 そこに、びらん(・・・)でめくれた痛々しい怪我人の姿はない。あるのはただ、多少の赤みが顔に残るだけの、いつも見慣れたテオドアの顔であった。


 ゆっくりと目が開かれる。真っ紅な二つの宝石が、フェリクスの視線のかちあう。宝石の持ち主が、静かに口を開く。


「なあフェリクス」


 少ししわ枯れたその声は、流暢に言葉を紡いでいた。先ほどの掠れ、詰まった声の持ち主とは到底信じられない。耳にに馴染む、いつものテオドアの声音だ。


「……この城にいる、ビアって名前のメイド。………あいつ、いったい何者だ?」


 心臓がどくりと跳ねる。虚をついた問いかけに、一瞬だけ目が彷徨う。だが、

 全てを見透かしたような瞳に、嘘は効かないと、心のどこかで既に悟っていた。

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