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29.臨時召集-4


「いい加減にしろ!!デタラメを言うな!!!!」


 口を開くより先に背中から飛んできた罵声が耳をつんざいた。声の主に見当がついたテオドアは、そっと目を伏せ小さく嘆息した。まったく、己の部下ときたら、普段は冷めて斜に構えている癖に、肝心な時に感情的になりがちだ。


「ジミル=ブナンダー、口を慎め。……失礼、部下の非礼をどうぞお許しください。」


 そうぴしゃりと言い切れば、後ろからはもう何も返ってこなかった。だがきっと可愛い後輩は大層ご立腹に違いない。射るような視線を背中で痛いほど感じたが、テオドアはあえて後ろを振り返らなかった。


「しかし私とて、(はかりごと)を疑われているとは心外です。軍務大臣はいったい何故そのようなことをお考えになったので?」

「なんでも何も、今の世界情勢を考えれば当然のことだろう。濃化する瘴気に剛を煮やして、貴君の祖国(・・)は随分気が立っておられるようだ。痩せた土地の目立つ国だ。他の国から奪ってでも自国の資財を増やしたいのではないかね?……貴君はこのローアルデでもそれなりの地位に立つ者。故に、目の上のたんこぶさえ潰して仕舞えば、こちらを内部から瓦解させることも容易いだろう。」


 ジミルがまた食ってかかりそうになるのを手で制す。

 本当にこの目は随分と嫌われたものだ。テオドアが唇をぎゅっと噛む。



「勝手をさせておけば、また随分な妄言をのたまっておるのう。……彼の祖国は他ならぬローアルデじゃよ。ヴォモイよ。」


 聞き慣れぬ声に振り返れば、騎士の間の入口前に厳しい顔つきの老爺が立っていた。


「……モール。これはまた、意外な御仁が何用で?」

「何用とは随分舐められたものよのう。……フェリクス王子の不在をいいことに、随分好き勝手な指揮をとっているではないか、ヴォモイ。」

「……私は軍務大臣。軍事関係の事柄における指示、統率はおおよそ私に任されているはずですが……?」

「最終決定を下すのは皇太子のフェリクス王子。お前さんのやり方は、まだ可決されてもいない案を独断で進めているように見える。さもこれが決定事項であるかのようにな。」

「北の森に大型魔物が現れたのだ。うかうかしていてはあっという間にこちらに攻め入られてしまう。フェリクス王子の帰還はおそらく一週間後。そこまで悠長に構えていられるほど時間が残っているとは思いませんなあ。」


 二人の視線がばちばちと交差する。火花散る睨み合いを、周囲は固唾を飲んで見守っていた。

 しばらくの沈黙の末、口を開いたのはヴォモイの方だった。


「…………あまり言いたくなかったのだが、仕方あるまい。……先日行われた召喚の儀。あれに不慮の事故があったそうですなあ。」

「!?……貴様、何故それを……?」

「召喚された救国の乙女が言うには、広間で目覚める前に赤い閃光を見たそうじゃないか。……赤い閃光、きっとガルムンドの妨害魔術と、そう結論づけたのは、モール、他ならぬあなたでしょう?」

「ぐっ……!!しかしそれとこれとはまったく別問だ……」

「細かい因果関係など、人々はさほど気にしない。事故の近くに必ず“ガルムンド”の影がある。ならまず人々が警戒するのは、当然お分かりだろう?……なあ、ノイマン副隊長。」

「………」

「いいかね。これは貴君にとってチャンスでもある。これら全てが謂れのない濡れ衣だというなら、うだうだと言い訳を並べてないで堂々とこの命に従う方が賢明だ。さすれば皆もその果敢さに胸を打たれ、貴君への認識を改めることだろう。」


 ひどい詭弁だ。だがそれを指摘する者は今や一人もいない。目の前の蛇のような男は、さてどうする?とでも言いたげに、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。


「………魔犬討伐の旨、承知致しました。」

「……っノイマン殿!?何を!?」

「ちょ…っ、副隊長、あんた……っ!?」

「ですが、あくまでそれは私一人に一任願いたい。獲物の被害が想定ができない以上、こちらも大事な部下を易々と危険に晒したくはない。この身の出自が信用ならないだけであれば、北の森には私一人で向かいましょう。目標は第一に討伐。それが難しければ北方渓谷への誘導でいかがでしょうか。」


 その場が静まり返った。


「……あんた、自分が何言ってんのか分かってんの……?」


 やっとの思いで声を出したのは、まずジミルだった。背後から聞いたことない裏返った声がする。なるほど、あいつは本当にびっくりした時こんな声を出すのか。面白い。


「ノイマン殿なりませぬ!!いくらなんでも無謀すぎる!!……ヴォモイ、即時命を撤回せよ!!」

「あなたに命令される筋合いはありませんよ、モール。……それともお得意の魔法でモノを言わせてみますかな?……ああ、失礼。あなたはインターバルで魔法が使えないんでしたなあ。」


 ヴォモイの高笑いがあたりに響く。普段静かなこの男の笑い声をこの時初めて聞いたが、なんとも耳障りな声であった。


「……しかしまあ、ノイマン副隊長。随分強気に出たものだな。無謀と勇敢を履き違えるのは、騎士として致命的とも取れるが……まあ、今回は私が何か言える立場でも無かろう。……よろしい。貴君の提案に従おう。……出発は明日から五日以内であれば、貴君に任せよう。私とて悪魔ではない。精一杯の準備を整えて向かうが良い。」

「…………お心遣い痛み入ります。」


 テオドアの返事を最後に、場は再び静まり返った。まるで通夜のような重く暗い空気に誰一人言葉を発することができない。第八はもちろんのこと、他の部隊の騎士たち――あの普段敵対的な貴族部隊の連中でさえ、顔を青くしながら哀れむようにテオドアの方を見ていた。


「……それでは、こちらからの話は以上だ。これにて解散としよう。」


 ヴォモイの手短な挨拶で集会がお開きとなる。小憎らしい笑みを浮かべた男は、わざとらしくテオドアの真横を闊歩してその場から去っていった。


 ヴォモイとギュンターが姿を消してから数分。ひとり、またひとりと逃げるように騎士の間から離れていく中、テオドアは静かにその場に立ち尽くしていた。


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