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27.臨時召集-2


「おうおう、気合い入ってんねー。第八副隊長殿、恋煩いは落ち着きましたか?」


 こちらの調子が戻ったのは、他部隊にも伝わったらしい。見かねた貴族部隊の連中が早速茶々を入れにやってきた。しかもやりづらいことにテオドア同様の副隊長格の男だ。


(……まーた、このわざとじゃねえのに無駄に的確なところが、ほんとタチ悪りぃ……)


 言った本人も、まさか当たっているとはつゆほども思っていないのだろう。頼むから下手な刺激を与えないでほしい。また昨日に逆戻りしたらお前らだってやりづらいだろうに。ジミルが聞こえないように舌打ちを打つ。


「あの、お言葉ですがさすがにそれはノイマン副隊長に失礼……っ」

「いい、ほっとけジミル。」


 これ以上の刺激を回避するため割って入ったジミルを、しかしテオドアは余裕の表情で静止した。彼は別段気にした風もなく、穏やかな笑みをたたえている。


「……な、なんだよ。調子狂うな……くそっ。」


 挑発に乗らないまでも、渋面するくらいは期待していたのだろう。相手は想定外のテオドアの様子に面食らったようだ。ばつが悪くなったのか、捨て台詞を残してそそくさと食堂を出ていく。

 一方テオドアときたら、その様子すらも相変わらず穏やかな様子で見守っている。ジミル的にはそれはそれで少し気味が悪かった。


「…………あの、副隊長?……なんか、昨日ありました?心の変化とか。」

「?……んーにゃ。……ああ、強いて言えば、荒ぶった気持ちを落ち着かせる方法を編み出したな。これがまた抜群に聞くんだわ。お前も知りたい?」


 この時既に、聡いジミルは若干嫌な予感がしていた。しかしその荒ぶった気持ちを(・・・・・・・・)落ち着かせる方法(・・・・・・・・)とやらのおかげで今日のテオドアがあるのだろう。そう思うと、好奇心には勝てなかった。


「へ、へえー知りたいですね。いったいどうするんですか?」


 ジミルの答えに気をよくしたテオドアは満足げな笑みを浮かべると、少し勿体ぶった調子で小さくて耳打ちをしてきた。


「相手を犬に置き換えんのさ。」


「・・・・は?」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。いや、いまだに分からない。犬に置き換える?いったいこいつは何を言っているのだろうか。ジミルは目の前の男が得意げに囁いた言葉に耳を疑った。


「……えーっと、副隊長すみません。相手を、なんでしたっけ?」

「だから犬に置き換えるんだよ。わんちゃんに。ほら、例えばさっきの奴……第四部隊のコールマン副隊長だっけ?俺は今、あいつのことをスパニエルだと思い込んだ。そしたらあいつの言ってきた嫌味が全然気にならなくなって、穏やかな気持ちで対応することができたのよ。ああ、威勢のいいスパニエルがじゃれついてきてんなあ〜って……」


 ……ひどい眩暈がする。

 先程嫌な予感がした時点で引き返しておけばよかった。ジミルは己の好奇心をこれほど恨んだことはない。


「いやさ、実はこないだちょっと俺の中で対処できないくらい衝撃的なことが起きたんだけどさ。あまりにも情報量が多すぎて頭ん中パンクしそうだったから、とりあえずそれを可愛いわんこに変換してみたわけよ。そしたら、何故か心に余裕ができてなあ……俺って自分が思ってた以上に動物好きだったのかも。それで…………」


 ……眩暈が一層ひどくなった。頭の中がくらくらする。

 なるほど。今の話から察するに、我らが副隊長は先日の滝壺での一件でひどく心を掻き乱された結果、起こった出来事を――男を悩ますかの乙女を、親しみやすい犬に変換することで、現実逃避し、昂る気持ちを沈めたわけだ。


 ああ、さいですか。馬鹿じゃねーのお前。



 サイショハウサギトカリストカショウドウブツケイデカンガエテタンダケド、オレハソウイッタドウブツカッタコトナイカラヨクワカラナクテ、ソノテンリョウケンハココデカッテテヨクシッテルカラサイシュウテキニイヌニオサマッタンダヨナ。


 聞いてもないのに滔々と続くくっそどうでもいい話が、ジミルの脳内で摩訶不思議な呪文に自動変換されていく。


 チナミニ、オレノイチオシノケンシュハポメラニアンダゼ!


 目の前の男をぶん殴らなかったのは、その役目を全うすべきはかの乙女であるべきだと思ったからだ。


(ビアさん、俺はこの男だけはお勧めしませんよ……)


 先日のドラマチックな出来事を、テオドアに習い全てポメラニアンに変換して想像してみたジミルは、心のうちでそう呟く。

 脳内でクリーム色のポメラニアンが、かわいらしくキャワンと鳴いた。




 第八部隊の士気が高まり、しかし唯一ジミルだけは妙にげんなりした顔になったその時、食堂に満ちる穏やかな朝食ムードはけたたましい叫び声によって切り裂かれた。


「伝令っ!!伝令ーっ!!!!」


 ドタドタと騒々しい足音でやってきた男は、確か北門の門番である。本来なら見張りとしてその場を動いてはいけないはずなのに、いったい何事か。


「ギュンター騎士団長より命令。各部隊長、副隊長および第八部隊全員は至急城に集まれとのこと!!」


 一瞬の沈黙。その次に不穏なざわめきが食堂内に響いた。日頃ほとんど顔を合わせることのない騎士団長の名前で呼び出しがきたからだ。その場にいた騎士団員達は皆困ったように顔を見合わせる。


 テオドアがいつになく厳しい顔になる。何故か第八部隊だけ名指しされていることに不穏な予感を覚えたのだろう。ジミルの背にも嫌な汗が伝う。


「とにかく急いでください!!騎士団長直々のお達しだ!!さあさあ、早く!!」


 急きたてる門番に言われるがまま、食堂にいた騎士達はぞろぞろと外に出る。誘導される羊の群れに、ジミル達も静かに加わった。



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