18.ガルムンド-3
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その頃、奇しくも同じタイミングで、ため息をこぼしている人物がいた。そう、ビアだ。
今日のビアはいつものメイド姿では無く、召喚された時に来ていたディアンドルのような服を身につけている。最近は救国の乙女の監視がめっきり緩くなったのにあやかって、久々に着てみたのだ。
(思えば、適正審査中は服装も本当に厳しかったなあ……)
肌を見せない全身純白の厳かなドレスに、顔を隠すヴェール。とにかく仰々しい上に重くて身動きが取りづらかった。できればもう二度と着たくない服ナンバーワンである。
(とは言え、やっぱり何者か分かんないままってのもなんだか居た堪れないわね。)
せめて自分でも手がかりくらい探してみよう。そう思って今日は、莫大な書物が眠る城の書庫までやってきた。お情けのメイドをこなすだけではさすがに怠慢が過ぎる。
(……でもまあ、正直そっちはオマケ。本当は別の調べ物があってここに来てみたんだけど。)
昨日の出来事を思い返す。
あの後、テオドアが北門まで送り届けてくれた。すぐ近くなので一人でも大丈夫と伝えたのだが、彼は頑なに譲らなかった。未遂とはいえ婦女子暴行の場に居合わせたのだから、当然の反応かもしれない。正直、ビアも思い出すと未だに足が震える。
忍び込んでいる身として、北門をくぐるのはかなり緊張したが、門番が案外すんなり通してくれたので拍子抜けした。おそらく副隊長のテオドアが一緒だったおかげだろう。
別れ際、彼は今にも泣き出しそうな顔をして、蚊の鳴くような声でビアに謝った。
「ごめんな。俺のせいで、こんな酷い目に遭うことになって。」
なんでテオドアのせいになるのか。どうしてテオドアが謝るのか。テオドアの苦しそうな顔なんて見たくないのに。ビアの中にちくちくとした不満が募る。
今後は騎士団区画には立ち入らないようにとも念を押された。こんなことがあった後なら当然かも知れないが、ビアはどうにも釈然としない。
ビアの怒りは百パーセントあの二人組に向かっていたが、テオドアはその矛先をどうにも彼自身に向けているようだった。
(どうしてノイマン副隊長は、あんなに自分を責めているんだろう。)
心当たりはひとつ。
テオドアが寂しそうに言っていたあの言葉。ガルムンド――
(……確か、私がこの世界にきたばっかの時、モール様も言っていたわね。)
今度は老人の忌々しげな声が頭に蘇る。
――ガルムンド。
果たして一体何を指しているのだろうか。その謎を解明すべく、今日ビアはここにきた。
(それにしても、この世界に検索機がないのは辛い……。)
一面に並ぶ書架を前に、ビアは一歩後ずさる。どの棚も分厚い本がぎっちりみっちり詰め込まれていて、ついつい気圧されてしまう。
元いた世界では、図書館に備え付けられた端末でキーワード検索をすれば、簡単に目当ての書籍を見つけるつけることができた。しかし、あいにくこのローアルデにはそういったものは存在しない。こちらの世界では魔法という便利な代物が存在する代わりに、科学の発達が大分遅れているようだった。
(ノイマン副隊長は、ガルムンドの“血”とおっしゃってたし、人種……もしくは民族……とか?)
となると、人類学・民俗学あたりか。少ない手がかりをもとにざっくりとした目星をつけると、それに関係しそうな本棚へと足を向けた。
(ガ、ガ……ガルムンド……っと。……あ、あれ?意外と無いな!?)
期待に反し、並べられた本の背表紙のどれにも“ガルムンド”の文字はなかった。ビアの背丈の二倍ほどある本棚の両面二つ、結構な冊数が納められているにもかかわらず全く見つからない。
いきなり出鼻をくじかれたビア。早くも手詰まりの予感に焦りを覚えた時だった。
「おや、ビア様。こんなところで会うとは珍しいですね。」
「……モール様!!」
振り返れば、そこには見覚えのある長髭の老爺が立っていた。彼はビアと、その目の前の本棚を見比べて、不思議そうに首を傾げている。
「人類学・民俗学……ですか。これはまた変わった棚の前におりますな。一体どんな本をお探しで?」
「ああ、えっと……」
ふと、あの日のモールの渋い顔が頭をよぎり、一瞬だけ躊躇いが生じる。
(……でも今頼れるのはモール様しかいない!!)
「ガルムンド、というものを調べたくて、ここにきておりました。」
「ほう!ガルムンドですか。それはまた意外なものを。ふむ、それで民俗学だったのですね。……惜しいところまで来ましたね。残念ながらその棚は国内に関するものしか置いておりませぬ。異国についてはあちら。そして、ガルムンドを知るならまずは歴史学から入る方がおすすめです。」
なるほど、ここには国内分野しか取り扱わないコーナーだったのか。そして、モールの言い方からしてどうやらガルムンドとは国名らしい。
「ビア様が外交について興味を持たれているとは驚きです。……いやいや、嬉しい限りだ。もしよければこのモール、分かることは全てお話し致しますぞ。」
モールが朗らかな笑み浮かべる。多少誤解をしているようだが、この提案はビアにとってもありがたいものであった。何も知らないことを一から一人で調べるのは骨が折れる。人の力を借りれるならそれに越したことはない。
「はい、是非!!」
答えに迷いはなかった。




