13.赤-2 ★
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「そんで、副隊長はまーた今日もビアさんと会ってたんですか?」
「おう、昼休みにな!午前中は第二部隊との合同稽古だったからその後使って。つーかジミル、お前も来いよ。ビア寂しがってるぜ?」
テオドアは夕食のシチューをばくばくと頬張りながら、こともなげにそう言った。それを聞いたジミルが思いっきり顔を渋くする。
「……あいにく馬に蹴られたくはないんで。」
「馬?」
「こっちの話です。……あーもー、なんだってこんな話俺が振らなきゃなんねーんだよ……はーあ。」
「ん?なんだお前、もしかしてビアのこと嫌いか?」
「まさか、そんなワケないでしょう。いい子ですもん、ビアさん。俺たちみたいな第八部隊にも分け隔てなく接してくれるし。」
テオドアの眉がピクリと動く。めざといジミルはそれを見逃さなかった。
「……まあ、そんな人がいてもおかしくないだろう。」
「なるほど、騎士団付きに望んで降格したがるメイドがいてもちゃんちゃらおかしくない、と……副隊長、あんたそれ本気で言ってます?」
「…………」
沈黙は肯定。いや、この場合は否定か。
相手が答えに詰まったのを契機に、ジミルは一気に畳み掛ける。
「ローアルデ騎士団はあからさまな階級制で組織されている。メイドが色目を使うのは貴族集まる第五部隊まで。六から八は出世の望めぬ平民出。九・十部隊はたらい回しされた左遷組。こんなの新人メイドでも知ってる話だ。……ましてやあの子はお城のメイド。騎士団のメイドでも人によっては第八を小馬鹿にするのに、その上位にあたる城付きメイドが、あろうことか俺たちを見て『こっちのメイドになりたい』だなんて、どう考えても馬鹿げてる。常識が欠落しすぎている。」
「……」
「………こっちに来る時、毎回忍び込んで来ているんでしょう?表立って城を出れない理由があるってことだ。……断言しますよ、あの子はワケアリです。」
そこまで言いのけると、ジミルはテオドアをジロリと睨め付けた。まさか気づいてないとは言わせまい。
テオドアもさすがに観念したのだろう。脱力したように椅子にもたれ掛かると、そのまま天井を仰ぎ見た。
「わーってるよ、それくらい。そもそも俺の目ぇ見て顔色ひとつ変えず、普通に接してる時点でおかしいだろ。」
「それは……」
あえて言及を避けたところを突かれ、今度はジミルの方が目を逸らす。
「……別に、あんたの顔を好きって女がいてもおかしくないでしょう。」
「え、何、珍しくジミルが優しい……こわっ!!」
一層顔を渋らせたジミルを華麗にスルーすると、テオドアは改めてかのメイドのことを思い浮かべた。
忠告通り、ビアは確かにきな臭い女だ。その言動について怪訝に思うことはこれまで何度もあった。
先日の発言については百歩譲ってまだ分かる。階級制を気にしない奇特な女もごく稀にいることだろう。しかし、彼女と話していると「気にしない」のではなく、そもそも「知らない」と言うのが正しい気がした。
それくらい彼女はあらゆることに関して無知だ。
歴史、地理、国政、流行……今まであらゆる話題を振ってみたが、彼女はどれについても全く知らない様子だった。お世辞にも学があるとは言えないテオドアも、一般常識程度は弁えている。しかしビアは、それすらも抜け落ちていたのだ。
では彼女が生粋の馬鹿なのかと問われれば、それもまた違う気がした。話をする限り受け答えはしっかりしているし、言葉遣いも綺麗だ。それに一度教えれば、大抵のことは覚えている。
なのでこれはあくまでもテオドアの勘だが、彼はビアが今までずっと知識を与えられない環境で育ったのではないかと考えている。
(ずっとどこかに閉じ込められていたか、あるいは遠い地からやむない事情でやってきたか……)
「……貴族の隠し子、もしくは亡命してきた異国の姫……俺はその辺りを踏んでますよ。」
まるでテオドアの気持ちを汲んだかのような推論だ。どうやらジミルも自分と同じ考えらしい。
「……だから、おそらく害はないかと思いますけど……念の為、俺は忠告しましたからね。あんたもちょっとは気をつけてくださいよ。」
そこまで聞いてやっと、テオドアは目の前の生意気な部下が、彼なりに自分の身を案じてくれているのだとわかった。
「……なにニヤニヤしてるんですか。んじゃ、俺は先に上がりますんで。」
居心地が悪くなったのだろう。ジミルはさっさとシチューをかき込むと、足早に席を立ってしまった。
食堂を出る直前、ふと何かを思い出したかのように、彼はこちらを振り返った。
「ついでにもうひとつ忠告です。……もうあの子と騎士団区画で会うのはやめた方がいいです。」
「?」
「……第二部隊の奴ら、合同稽古の後、あんたのことを見てましたよ。……婦人会沙汰を起こした馬鹿どもです。」
テオドアが真っ赤な目を大きく見開く。
鈍い先輩に話が通じたのを確認すると、ジミルは今度こそ本当に去っていった。




