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嫉妬とラシャール国王からの伝言

 秋が深まる頃、クリスティアンとリリアナの婚約が正式に発表された。


 婚約が発表されてから初めての王宮でのお茶会は、実質リリアナの顔見せだった。

 一瞬で心を奪われるほどに美しい婚約者と、優しく寄り添う類まれなき美貌の王太子。

 誰もが魅了され、心から2人を祝福した。

 2人は次々と挨拶をされ、挨拶を返して回った。


「リリー、少し向こうで仕事の話をしてくるから待っていてくれるかい」

 そう言われてリリーは1人になった。

 リリーは迷わずマルコスの所へ行った。


「ヴェルニーチェ侯爵令嬢」

 マルコスと談笑していると後ろから声がかかった。

 令嬢が4人立っていた。

「皆様、ごきげんよう」

 リリアナは膝を折り丁寧に挨拶をした。

 しかし令嬢達は挨拶を返さなかった。


「ヴェルニーチェ侯爵令嬢、向こうにきれいな薔薇が咲いているんです。行きませんか?」

 リリアナは彼女らの意図を察したが何も言わずついて行った。


 視線を外しながらも彼女らの話を聞いていたマルコスがそっとその場を離れた。



「あなたみたいな野蛮な人が殿下の婚約者だなんて恥ずかしい!」

「あなたは殿下を貶めるおつもりなの?」

「あなたなど、妃教育がなんたるかもお知りにならないのではないですか?」

「殿下に相応しいのはイザベラ様だわ」

 真ん中に立っている令嬢がイザベラらしい。

 いつかの舞踏会で殿下をダンスに誘った令嬢だと気づいた。


「あら、獣を殺すような家の方と比べられるなんて不愉快ですわ」

 イザベラが嘲笑うように言った。

「殺しません。獣達を殺してなんていません。

 私のことをどうおっしゃるのもご自由ですが、私の父や父の元で働く者たちを侮辱することには抗議いたします。」


 ずっと黙っていたリリアナの反撃に、令嬢らは一瞬戸惑った。…ほんの一瞬だが。


「ヴェルニーチェ侯爵家の方々は軍人のようだと聞きましたわ。

 我が国の軍兵さえ凌ぐお方達だと…なんて恐ろしい。我が国に牙でも剥くおつもり?恐ろしい婚約者様だこと。」

「イザベラ様。お言葉ですがそれは我々に対してではなく、我がザカリアス国軍に対して大変失礼な物言いです。

 ヴェルニーチェの者など国軍の足元にも及びません。それこそ比べることすら非礼に値します。

 イザベラ様のご発言は国軍、敷いては軍を治める陛下を貶めることになります。即刻訂正されるべきです。」

「な、なんですって!」



「どこまでも賢いお方だ」

 すぐそばの木の陰で事の成り行きを見守っていたクリスティアンの横で、思わずというようにマルコスが呟いた。

 その言葉にクリスティアンは同意の笑みをこぼしそうになり、急いで顔を引き締めた。



「リリアナ」

 突然のクリスティアンの登場に全員が驚いた。

 特に令嬢達は真っ青になった。

「リリアナ、マルコスが新作のデザートを君に食べてほしいらしいよ」

「クリスティアン様……でも…」

「リリアナ様、こちらへどうぞ」

 マルコスが彼女を促した。


「ごきげんよう」

 令嬢らに挨拶をすると、リリアナはマルコスに連れられて行った。

 こんな状況でも礼を失しないリリアナに対して、答えもしない令嬢達にクリスティアンは心底苛ついた。



「さて、令嬢方。わかっているとは思うが、私の婚約者を貶めることは私を貶めることだ。 

 君達になんの権利があって彼女にそのような態度を取っているのか理解に苦しむ。

 次にこのようなことがあればそれなりの対処をさせてもらう。よく覚えておくように。二度はないぞ。」



 常に穏やかな微笑み(氷の微笑とはいえ…)を絶やさないクリスティアンの厳しい言葉に令嬢達は震え俯いてしまった。

 しかしイザベラの握った手に力が入っていることをクリスティアンは見逃さなかった。




 リリアナはマルコスといた。

 クリスティアンに気づいたマルコスは少し眉を下げてみせた。

 クリスティアンは軽く頷き…とたん、愛しい婚約者を包み込む優しい表情になった。


「リリー。大丈夫かい?」

「クリス様。ええ、大丈夫です。ありがとうございました。ご令嬢方は大丈夫ですか?」

 最後の質問には答えずリリアナの肩を抱いた。

「少し中で休もうか」

「皆の者!今日はよく集まってくれた。

 しかしそろそろ我々は2人きりになりたい」

 笑いが起こった。

「皆は心いくまで楽しんでいてくれ。」

 そう言って客人に背を向けた。



 自室でソファにリリアナを座らせ、彼は隣に腰掛けた。

「リリー。大丈夫かい?どうした?」

 彼は彼女の顔にかかる髪を撫でつけながら尋ねた

「クリス様。私はたしかに妃教育とはどんなものかわかりません。…私なんかがクリス様の妃様になれるのでしょうか」

「ふふ…リリー。なんて可愛いことを言ってくれるんだい?まぁ婚約したんだし当然といえば当然なんだが…」

「?」

「君は今、当たり前のように私の妃になれるか、と言ったんだ。それはもう…君からの求婚ということでいいかい?」

「え?いや、え?いや。そういう意味じゃなく…いえ、そういう意味じゃないこともないのですが…」

 見る見る間にリリアナの顔が真っ赤に染まった。

 その顔に両手を添え、クリスティアンは彼女の柔らかい口唇を奪った。


「たしかにこれから色々覚えてもらうことも多いと思う。しかし君なら問題ない。もう十分なくらいだよ」

 そう言って、また口づけをした。



 コンッコンッ

「殿下。そろそろお時間が…」

「ああ。仕方ない。

 リリー、申し訳ないが私は仕事があるらしい。

 帰りは護衛に送るよう命じてあるからね」

 クリスティアンはそう言って、もう一度リリアナに口づけをし立ち上がった。



「あ!あの!伝言が!お伝えしないといけない伝言があるのです」

「伝言?侯爵からかい?」

「いえ、ラシャール国王からです。」


 ガシャンッ!

 クリスティアンを呼びに来た側近が手に持っていた書類を落とした。


「リリー、今なんて?」

「?ラシャール国王から伝言を…」

「リリー………」

 クリスティアンが彼女の隣に座り直した。


「どういうこと?なぜラシャール国王から?リリーはラシャール国王と関係があるのかい?それよりラシャール王国には独自の言語がある。君は話せるの?」

「はい。話せます。…でもクリス様の質問にお答えすると長くなるので…お忙しいなら伝言だけ」

「エヴァン、時間は?」

「永遠にあります」

「さて、リリー。ゆっくり聞こうか」



「つまり君のいとこにあたる方がラシャール国王の第二王妃だと」

 クリスティアンはチラリとエヴァンを見た。

 彼は「そのような情報は知りません」とでも言うように首を横に振った。

「はい。第二王妃とはいえ国王はとてもお優しく素敵なお方なのでお姉様はとてもお幸せにされています」

「我々の情報網には引っかからなかったな」

「そうなのですね…もしかすると母と叔父様は血が繋がっていないので、それで縁戚とみなされなかったのかもしれません。母と叔父様の話をすると長くなりますが…」

「わかった。それは後回しにしよう」



「で、リリーもラシャール王国に行ったことがある」

「はい。何度も」

「何度も…」

「ちゃんと正規の手続きは取っています!」

「うん、いや、それはいいんだが…」


 ザカリアス王国とラシャール王国には国交がない。しかし国交がない国でも訪問が許可される場合はある。

 訪問する人物の身元がはっきりしていること。そして訪問の理由が家族縁者に会うことであれば。

 ただし国交がない以上、訪問先の国で何か起きても自国は関与しないことが条件だ。




「初めて訪問したのは私が10歳の時でした。

 ラシャール国王には王子しかいらっしゃらなかったので、私のことを娘のようにとてもとても可愛がってくださいました」

 ーーーなんと10歳のリリーか!さぞかし天使のように可愛いかっただろう!


「ふふっ、私を膝に座らせて執務をされていたんです」

 ーーー羨ましい!私もしてみたいものだ!


「その時母が体調を崩して数ヶ月ラシャール王国に滞在することになってしまい。

 その時に国王からラシャール語を教えて頂きました。

 ダンスや立ち居振る舞いも教えて下さったんです」

 ーーー国王自ら。なるほど、それでリリーの振る舞いは人目を引くほどに美しいのか。



「国王は私が結婚することになったら必ず知らせるようにといつもおっしゃっていたので…クリス様と婚約したことを文で伝えていました。

 そして今朝、国王からお返事を頂いたのです」


 そう言うとリリーは胸元から小さく折りたたんだ手紙を取り出した。

 ーーーその手紙に頬擦りさせてもらえないだろうか…



 その手紙には刻印がされていた。

 エヴァンが「たしかにラシャール王国の印で間違いありません」と言った。


「そこに私への伝言が?」

「はい。ラシャール語ですが、クリス様も読めるならと思いお持ちしました」

「この国でラシャール語を読める者も話せる者も私は知らないよ」



 そうなのだ。ラシャール王国は独自の言語でしか話さない。そしてそれを学ぶにもラシャール語について書かれた書物などが一切ない。

 結果、少なくともザカリアス王室にとっては、ラシャール王国は謎に包まれた国だ。

 それが大国に囲まれた小国であるラシャールなりの国を守るやり方なのだろう。

 小国とはいえ文化が栄え土地は肥沃で物も溢れ人々は活気に満ちていると聞く。

 そんなラシャールと是非国交樹立をしたいと思いつつも、これまでとっかかりが見つけられずにいたのだ。



「ザカリアス王国王太子殿下」

 リリアナが手紙を読み始めた。

「このたびはリリアナ嬢との婚約。お祝い申し上げる。

 このままリリーが貴殿の妃になると、我々は遠いながらも縁戚となる。縁とは思いもかけないものだ」

 ーーー全くだ。


「ザカリアス王国との国交樹立は我々としては思いながらも叶わずにいたことであり、このたびのリリーとの婚約というきっかけは有り難いことと考えている。

 ザカリアス国王さえお許し頂けるのであれば是非ご検討頂ければと思うがいかがであろうか」

 ーーーまさか!ラシャール国王もそのように考えて下さっていたのか!


「是非一度リリーと一緒に我が国に訪問してもらいたい。国をあげて歓待しよう。」

 ーーーリリーと訪問…旅行ということか…アリだな。すぐに日程調整をさせよう。


「但し………」

「リリー?」

「これは本当にここにそう書かれているのですからね!私が勝手に言っているわけではないので、そのつもりで聞いて下さいね!」

 リリアナが少し顔を赤らめている。

「??ああ。」


「但し、万が一にでも私のリリーを不幸にするようなことがあれば、我が国をあげて抗議するつもりなのでよもやお忘れなきよう」

 ーーー何を言う!わ・た・し・のリリーだ!…それにしても…


「ハハハ!これは参ったな。驚きだ。リリーにこんな後ろ盾がいたとは!君を幸せにしないと戦になってしまう!」

 顔を赤らめているリリアナの頬に口づけをした。



「クリス様、お返事をされますか?」

 リリアナが尋ねてきた。クリスティアンは彼女を見つめながら言った。

「エヴァン、国王に面会を」

「はい。すぐに。」



「リリー。妃教育の心配なんてもはやバカらしいな。

 なんて素晴らしい女性と私は出会えたのだ」

 そう言うと彼はリリアナを抱きしめ、エヴァンが戻ってくるまで彼女の口唇を独り占めできる幸せに酔いしれていた。



 しかし幸せな時ほど、悪魔は寄ってくるものだ。

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