舞踏会へ
2週間が経った。
ようやくベッドに起き上がれるようになったリリアナは遅い朝食を食べていた。
獣の爪は毒を持つ。必ず死に至るとは限らないがかなり危険だ。
目を覚ましたのはあの夜から3日目のことだった。
あの日旅行に出て留守にしていた両親は泣きながらリリアナを抱きしめた。
「痛いからやめて…」
3日ぶりに口にした言葉だった。
「お、ずいぶん顔色も良くなってきたな」
幼なじみでもあるテオデュロは全く気遣いなく平然とリリアナの寝室に入ってきてベッドに座る。
いつものことすぎてリリアナも特に気にもしない。
この2人はゆくゆくは結婚するだろうと言われている…形だけだが。
リリアナは一人娘でテオデュロは次男。
結婚したらテオデュロがヴェルニーチェ家の養子になると言われている…形だけだが。
そして跡継ぎを生む。それが2人の結婚の理由だ…形だけだが。
形だけ…なぜならテオデュロは女性に全く一切何の興味も持てないからだ。互いの両親も、周りの者達も知っている。彼には同性の恋人もいる…これはリリアナしか知らない秘密だが。
2人は幼なじみとしても、レンジャーとしても心から信頼しあっているし、立場も理解している。
なので互いが相手なら結婚というものをしてもいいかなと思っている。
むしろ形だけの結婚なら互い以外考えられない。
そういう意味では特別な存在なのだ。
「お前さ、今度陛下から『お言葉』を頂けるらしいな」
「あーうん。それは光栄だけど…」
あの夜助けた若者の中の1人が我が国の第二王子だったらしい。
そして2週間後、王宮で開かれる舞踏会に於いて陛下から労いの『お言葉』を授かる。と連絡が入ったのは数日前のことだ。
「馬車か」
「馬車だね」
リリアナがザカリアスの王都に近づかないもう1つの理由。それは馬車だ。酔うのだ。
「王都遠いんだもん」
「俺も行くし、馬車の中で気を紛らわせてやるよ」
「ふんっ、どうせテオデュロの話は彼氏の自慢か、どっかの子息のお尻の形がいいとか、そんな話ばっかりじゃない」
「アハハハ!お前も少しは男の尻に興味持てよ」
「持たないし!」
「ま、尻に興味持つ前にお前はもう少し淑やかさを身につけないとどうしようもないな」
「それって手遅れじゃない」
「うーん、お前は黙っていればなぁ…見た目だけなら恐ろしく美人なんだけどな…宝の持ち腐れ?」
「うるさいっ!って、痛い痛い、大声出させないでよ」
「おっ、大丈夫か?」
テオデュロが心配そうに覗き込んできた。会話はいつもこんな感じだが、彼は本来とても優しい人間なのだ。
ーーー舞踏会かぁ…ドレスを着て普通に歩けるくらい体調が良くなってるといいけど…あ、良くならなければ欠席できるか…お父様とテオデュロに代表して行ってもらえばいいかも!それがいいわ!
しかし現実はそんなに彼女の都合の良い方向には進んでいなかった。
王都の貴族達の間ではここ数週間、同じ話題がそこかしこでされていた。
「王子殿下を助けたのは見たこともないようなきれいな令嬢だったらしい」
「第二王子の代わりに怪我をしたのは天使のように可憐な令嬢だったらしい」
王都では皆がリリアナを見れる日を心待ちにしていたのだ。