リリアナ・ヴェルニーチェ
「リリー!狼の群れだ!若者数人が囲まれてる!」
「すぐ行くわ!」
リリアナ・ヴェルニーチェ。令嬢であり獣レンジャーでもある。彼女の放つ弓矢の正確さと、獣を追う俊敏さ、そして暗闇の中でも獣の動きを見逃さない動体視力。どれを取っても今や父を凌ぐと言われている侯爵令嬢17歳。
同じレンジャーとして彼女の右腕と言われているのが幼なじみのテオデュロ・ツァイスレンズ。
テオデュロの父ツァイスレンズ侯爵は繊維などを幅広く手掛ける商人で、テオデュロは父の手伝いの傍らレンジャーとしても働いている。
ツァイスレンズ商会はフィデル王室とも取引がある。そのツテで昨日もフィデル王室の舞踏会に招待され、そこにリリアナを連れて行っていた。
リリアナはフィデル王宮での舞踏会で出される料理に目がない。フィデル王宮の料理担当は天才だ神に近い、と思っている。特にデザート担当の方。
なので時々テオデュロにお願いして舞踏会に連れて行ってもらう。
買い物などもフィデルの街ですることが多い。
理由は簡単だ。ザカリアスよりフィデルの王都の方が近い。それだけだ。
関所が父の領土である以上、通行は顔パスで、隣国に行っている感覚さえない。
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広大な森の管理。それがリリアナの父ヴェルニーチェ侯爵の主な仕事だ。
森には多くの獣が住む。その獣達を管理する『レンジャー』もまた大切な仕事だ。
管理・見回り兼レンジャーとして多くの男達が侯爵の元で働いている。
血の気の多い男達の中で育ったリリアナは侯爵令嬢と呼ぶにはあまりにも……活発だった。
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リリアナやテオデュロ達は馬に跨がると目的の場所へ急いだ。
近くまで行くと、手或いは目線で合図しそれぞれ分かれて獣に近づく。
そこからはチームワークと互いへの信頼しかない。
神経と耳を研ぎ澄ます。
そして「撃て!」という合図で一斉に弓矢を引く。
耳を澄ませる。
静寂が広がったら…それまで聞こえていた猛り狂った獣の唸り声が聞こえなくなればまずは一安心だ。
獣は死んだわけではない。殺しはしない。
弓矢に神経を痺れさせる薬が塗られている。
数時間おとなしくなるのでその間に助けるべき人間を助け、必要なら獣をそれの生息地域まで運ぶ。
駆除ではない、あくまで共存だ。
リリアナは馬を降り狼に囲まれていた若者数人に近寄る。
「怪我はないですか?大丈夫ですか?」
全員腰が抜けて半泣きになっている。
ーーー泣くなら夜の森なんかに入ってこないで!泣きたいのは獣の方だわ!
そんな心の怒りを抑えた。
「リリアナ様っ!危ないっ!」
振り向くが早いか、狼が早いか、それを仕留めようとするテオデュロの矢が早いか…リリアナは肩に衝撃を受けた。
先の襲撃で矢が急所を外れていたらしい一匹が最後のあがきをしてきたのだ。
「リリー!」
テオデュロが身体を抱き上げた。
「ぎりぎりセーフね」
爪で引っ掻かれたようだ。
テオデュロの矢があと0.1秒でも遅ければリリアナは確実に顔か首を噛まれていただろう。
「感謝しろよ」
言葉とは裏腹に険しい声で答えると、テオデュロはそのまま気を失ったリリアナを抱き上げ馬に乗せた。