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第7話 手記



 ジャンヌはマサミチの持っているノートを借りた。まさにそれは、博士の日記であった。そして、事件の様子を細かに語るものでもあったのだ。


 以下は、その日記の内容である。


四月四日

 本日から日記をつけることにする。変身生命体の実験状況を随時見直すためのものである。先月、人間の胎内に近い培養液を作ることに成功し、水槽を用意できた。今では人の卵巣に鳥類のDNAを配合したものを二体、育成している。多細胞分裂を繰り返し、今のところ二体の大きさは二センチ程度である。

 もう少しすれば、種々の役立ちそうな生物の細胞も配合していく予定。最終的には、不死身の生命体、無敵の生命体として生まれることを目標とする。


四月二四日

 二体とも順調に成長している。身長は二〇センチ程度。人間の体型にかなり近い。人間の成長速度よりもっと早く育っている様子。顔のパーツも、目、鼻、口が肉眼で確認可能。


五月一五日

 二体とも体長二五センチ程度。腕や足を動かすような挙動も見られる。黒目の個体の方がよく動き、水槽の壁を蹴るようなこともする。金目の個体は、よく指をくわえている。本日、二体の区別をつけるため、命名することにした。


 黒目の個体はアシレーヌ。金目の個体はジャンヌ。アシレーヌは、海中に住むと言われる美しく強いモンスターから、ジャンヌは史実上の人物からとった名前である。


**

 ジャンヌは一息ついた。

「なんだかおかしな名前だなと思ったわ。日本国籍でこんな名前つけるか普通? サクラとかアオイとか、あったろう」

「良いから早く続きを読もう」

**


六月一日

 二体とも身長三十センチを越えつつある。本日はマサミチが研究室に入ってきて、オルゴールを鳴らした。ジャンヌの方が、何やら手をマサミチに近付け、笑顔のような表情を見せたので、急いでマサミチを追い払った。


 無敵の存在に、音楽を鑑賞するような感情は必要ない。芸術や愛などの感情は、出来る限り排除したいところである。この水槽にマサミチを近付けることは、良くないかもしれない。


七月十日

 これまで、二体共に体調不良などの不調は見せていない。体調は四〇~四五センチといったとろ。そろそろ水槽から出しても良いかもしれないが、慎重を期してもう少し待つことにする。


 観察する限り、心臓や肺なども五臓六腑もすでに完成し、正常にはたらいている。


 肉体の再生能力には、トカゲの尻尾の仕組みを応用している。腕や足が切断されても、しばらくすれば再生できるだろう。このせいか、血液は緑がかったものになった。


七月三一日


 アシレーヌは、目を離したすきに水槽から出て、這うようにして部屋を探索していた。慌ててすくい上げると、わたしのことを「パパ」と呼んだ。すでに言葉を覚えているようだ。だが、泣きも笑いもせず、おとなしい。


 アシレーヌが水槽からでたということで、ジャンヌも水槽から出した。驚くべきことに、二人とも歯がいくらか生えていて、寝返りもハイハイもするほか、すでに離乳食を食べられる。


九月二日


 このところせわしなく、日記を書けていなかった。二人の成長速度は、目をはなせばどうなるか分からないほどだ。二人とも、小学生レベルの会話はほぼ完全にできるようになっている。


 性格も出てきた。アシレーヌは、短気らしく、わたしがご飯を持っていくのが遅かったり、期待通りの反応をしなければ、暴力に訴える傾向がある。少女よりも小柄ながら、やつあたりで壁を殴って穴を開けた。わたしも殴られて歯が一本抜けたが、無敵の生命体を生み出すためならばこのくらいの犠牲はなんということはない。


 ジャンヌは、窓から鳥や空を眺めたり、絵を描くなどしている。創作活動は必要ないと言ってノートとクレヨンを取り上げると、静かに泣いた。


 アシレーヌが「妹を泣かせるな、パパ」と言って足を殴って来たので、やむをえず返却した。このパンチで左足を骨折した。全治二か月。



一一月二〇日

 わたしの足は完治したが、そんなことより二人の様子である。二人の体格は、十歳前後の少女くらいになっている。身長は一三〇センチを越えた。アシレーヌは破壊衝動がつよく、毎日何かを壊している。今日は本棚を破壊したし、昨日はわたしの眼鏡を片端から割っていった。おかげで、メガネを新調したばかりである。彼女が好戦的であることは、最強の生命体にふさわしいことだ。


 ジャンヌの方は、マサミチと一緒に絵本を読んだり、音楽を聴くなどしている。たまにアシレーヌと会話することもあるが、あまり長い会話は続かないようである。


一二月一日


 マサミチ、アシレーヌ、ジャンヌを庭で遊ばせてみた。珍しく、三人で仲良さそうに話していた。まもなく、蝶を捕まえようという話になったらしい。マサミチは、追いかけるもののあまりうまくはいっていない。


 ジャンヌの方へは、勝手に蝶が寄って来るようで、指に一匹とめて、微笑みながら見ていた。


 アシレーヌは素早い動きで、逃げる蝶を捕まえた。かと思うと、その蝶の羽を引きちぎった。ジャンヌがそれを見て、「かわいそうじゃない」と口論になった。


 私は気付いたのだが、アシレーヌが蝶の羽を千切った瞬間、口角を上げて笑ったように見えた。「こんな軽い命が何だって言うの」アシレーヌは、言って、傍に飛んできた別の蝶に噛みつき、口の中で咀嚼した。


 無意識のうちに、わたしの体には鳥肌が経っていた。アシレーヌに恐怖したのだ。研究者として、こういった主観的感情を記すことはよろしくないと考えているが、ともかくゾッとした。


 しかしわたしは間違っていないはず。アシレーヌは、暴力の権化として間違いなく成功した存在だと信じたい。



六月二九日

 このところ、二人の身体記録ばかりつけていた。二人の身長は一五〇センチを越えた。先週、とうとうアシレーヌに変身能力が現れた。先日には、ジャンヌも変身できるようになった。


 詳細な能力は別のノートに記してあるが、二人とも鳥の特徴を備えた怪人のような姿に変身できる。


 アシレーヌは黒い羽毛を纏った姿になる。衣類を身に付けていても、変身中はどうやら体表の皮膚と一体化してしまうらしい。羽根を引き抜いて念じることで、剣として扱うことができる。翼で飛行することもできるようだ。


 ジャンヌは純白の羽毛を纏った姿に。アシレーヌと似たような能力があると考えられるが、後日改めて実験したい。身体能力も含めて、測定する予定。


七月一日

 やったぞ! と、どうしても言ってしまいたくなる。アシレーヌの能力は素晴らしい。その剣で鉄板をもたやすく切断できるほか、変身後の姿では、小型銃やナイフなどの一般的な武器はほぼ通用しない。この辺りはジャンヌも同じであるが、アシレーヌ固有と思われる能力もある。


 ひとつは他の怪人を生み出せることだ。今のところ、クモ怪人とコウモリ怪人を生み出せるらしい。この二体は大きな虫のような姿をしているが、アシレーヌの命令で人型の怪人へと姿を変えられる。自我はなく、アシレーヌの命令に忠実である。アシレーヌがクモ怪人に「死ね」と命じたら、胸を裂いて自殺した。


一二月二五日

 わたしはどうしようもない怪物を生み出してしまったのかもしれない。


 今日はアシレーヌら二人の戦闘力を具体的に確かめるため、体重三〇〇キロを超える闘犬を購入し、二人と戦わせることにした。わたしや並みの人間ならば、噛み千切られて終わってしまうほどの相手だ。


 実際に向かい合わせてみると、ジャンヌは犬を手なづけた。頭を撫でるなどして、戦わなかった。


 次にアシレーヌと犬が向かい合った。アシレーヌはすぐさま変身し、臨戦態勢になった。かと思うと、決着は一瞬であった。気付けば、アシレーヌは脇に闘犬の生首を抱えていた。わたしの目には、アシレーヌの動きが見えなかった。ということは、人間相手でも、気付く暇もなく首を撥ねられるということだ。アシレーヌはその生首を捻り潰して、跡形もなくしたあと、もっと強い敵を要求してきた。そのとき感じた恐怖は、わたしのもつあらゆる語彙を使っても、表現しえない。アシレーヌは、もっと強い敵、もっと刺激的な戦いを求めている。最終的にはすべての生命体を攻撃するのではないか?



 一日に二度日記を書くのは初めてだ。今は夜分遅くである。わたしは泣いている。恐怖で泣いているのか、後悔で泣いているのか分からない。先ほど、アシレーヌに呼ばれた。何の要件かと聞いた。


「パパ、もっと強い敵をちょうだい。あたし、どのくらいの命を奪えるのかしら? 人間って、どのくらい頑丈なの? 例えば、誰だっけ。パパの子どもは? 簡単に死ぬの? 試してみてもいいかしら」

「絶対にダメだ。わたしに手を出しても、マサミチには手を出すな」

「なんでよ。パパはマサミチが邪魔なんでしょ。ジャンヌに余計なことを教えるって、前に言ってたじゃない」

「なぜそんな話を知っている? 君に話した覚えはないが」

「やだ、パパったらあたしの耳がどれくらい良いかを知らないの? 部屋をいくらか跨いだって、会話や独り言くらい聞こえるのよ」

「とにかく、とにかくダメだ。誰も殺してはいけない」


 そう言って、わたしはアシレーヌを部屋から追い出した。廊下から、「この前までは殺したら褒めてくれたのに」と聞こえた。


 気持ちの整理がつかないが、これからジャンヌを部屋に呼ぼうと思う。これまで、暴力的なアシレーヌを褒め称え、詩や本や音楽に関心を持つジャンヌを役立たずの失敗作だと考えて関わってきた。そのすべては、間違っていたのかもしれない。いや、間違いだ。手遅れかもしれないが、ジャンヌに伝えなくてはならない。

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