第11話 精神
長い黒髪を艶やかに纏い、アシレーヌは微笑んだ。ジャンヌとは十メートルほど離れている。マサミチを片腕に抱え、首を絞めている。これでは、マサミチは声が出せない。
「マサミチを離せ、アシレーヌ」
「それはパパ次第だねえ」
「パパ? 博士のことか。ていうことは、博士は生きているのか!」
希望が見えた瞬間、それは絶望に変わった。
「そうだよ、パパ、出ておいで! ジャンヌとマサミチを連れてきたわよ!」
アシレーヌはそう言って、部屋の角に不気味に設置されているカーテンを引き剥がした。すると、ある男性が出てきた。最初、博士かどうか分からなかった。それどころか、人間かどうかも分からなかったほどだ。その男性は、両腕は肘から下がなく、両足は膝から下を失って、雑なやり方で包帯を巻かれていた。
「マ、マサミチ、ジャンヌ……」
男性は、マサミチとジャンヌを見て、交互に言った。その顔、その声は、どう考えても博士である。
マサミチが叫びだした。
「うわああ! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 現実じゃない!」
「博士……なのか……」
ジャンヌですら、まだ飲み込み切れていない。両腕両足を切断された凄惨な姿になって、これが博士だとは認めたくない。マサミチはなおさらそうだろう。未だに、「嘘だ、嘘だ」と言っている。自身に言い聞かせるように。
博士は何度も殴られたあとがあり、顔もかなり膨らんでいて、右半分がなんとか博士本人と分かる程度だ。
「ジャンヌ、久しぶりだな。生きていて良かったよ……」
「博士。嘘、嘘でしょ。ひどい」
ジャンヌは、博士の元へ駆け寄った。
「わたしの姿が、か? 君の目に写っていることは真実だ」
「アシレーヌにやられたんですか」
博士は静かに頷いた。
「さすがの姉貴でもこんなむごいことは……。嘘だよね、アシレーヌ、そう言って!」
「なんで嘘じゃなきゃいけないの。パパが悪いのよ。あたしの体を元に戻してって何度もお願いしたのに、言うことを聞かないから」
「聞かないからどうしたのよ……」ジャンヌの声は震えていた。
「断るたびに、パパを痛めつけたわ。指を切ったり、足を折ったりしてね。でも良かったじゃない。今では、折る足すらないものね! フフフ!」
「何を笑っているのよ」
「パパ自身を傷つけても、聞いてくれないってことに気付いたの。そこで天才、あたしは閃いた。マサミチを人質にとれば良いってね。パパが言うことをきいてくれるかもしれないし、マサミチも消すことができるかもしれない。一石二鳥よ。パパの子どもはあたしだけで良いんだからね」
「お願いだ、わたしはどうなっても良い。マサミチにだけは手を出さないでくれ」
博士が呻くように言った。
ジャンヌは、気付いたら飛び出していた。
「姉貴ィ!」
素早く距離を詰め、鋭い爪で引っ掻く。アシレーヌはマサミチを投げ捨て、後ろに下がった。頬に傷が入ったが、すぐに治った。
「くっ、速いわね」
「アシレーヌてめえ、心がなくなっちゃったのかよ」
「心なんて、要らない」
「自分の姉さんなのに、全然共感できないんだ。どうして博士をこんなひどい目に合わせたの? そして今度は、マサミチにも同じことをしようとしている」
「まるでいけないことをしているかのような言い方ね。あたしは最強の生命体になるために生まれてきたの」
「そうかもしれないけれど、人としてしても良いことと悪いことがあるでしょ」
「ないわ、どうして手段に拘るの」
「あんたはいつもこうだ。博士を怖がらせて、マサミチを人質にとって。恐怖や暴力でしか支配できない。あんたは全然最強なんかじゃない。あんたのは強さじゃない」
「なんですって……!」