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第1話 復活


「ジャンヌ、来て……、ジャンヌ、来て……!」


 その呼び声で、ジャンヌは目覚めた。金の瞳をカッと見開く。私を呼んだのは誰だろう。それにしても、目が覚めてから、視界がおかしい。まず天井が見える。ごつごつした、岩の天井だ。どうやらここは、洞窟らしい。

 太陽の光がわずかに入り込み、天井の凸凹に影をつくっている。ともかく、天井を見ているということは、仰向けで寝ているということだ。


 ジャンヌは体を起き上がらせようとした。


「うっ!」


 顔をあげて、ジャンヌは自分の状況に驚いた。まず服を着ていない。全裸である。膨らんだ胸が、重力で傾いているのが分かる。布きれ一枚、纏っていない。だが、恥ずかしいだとか言っている余裕はない。


 何より驚くべきなのは、ジャンヌの腹に深々と、片刃の剣が突き刺さっていることである。細いへその上を、明らかに貫いている。その剣は貫通して、岩とジャンヌを一体にしてしまっていたのだ。


 気付いたことで、腹部に激痛が走る。ジャンヌは歯を食いしばった。唸り声とよだれが、口の端から漏れる。

 それにしても、なぜこのような状況に? この、柄の白い剣は誰のものだ? 誰に突き刺されたのか? なぜ裸なのか? なぜここにいるのか?


 何も思い出せない。一切思い出せない。気付けば、ジャンヌは、自分がジャンヌという女であること以外は、これといって思い出せないのであった。従って、この状況を脱出しても、どこへ向かえば良いかも分からない。

 それで挫けるジャンヌではない。この逞しい、金髪に金の瞳の、身長162センチばかりの筋肉質な女性は、生まれもったガッツによって、全く前向きな気持ちであった。

 ひとまず、この剣を抜かなくては。


 ジャンヌは自分自身に言い聞かせた。「さて、肝っ玉を据えてかからなくてはいけないようだわ。このお腹に刺さったくそったれの剣を抜くには、相当な痛みを伴うはずだから」


 ジャンヌは歯を食いしばり、剣の柄に両腕を添えた。力を込め、引き抜く。それは、時間にして数秒のことであったが、ジャンヌにはそうとうな長さに感じられた。

 めりめりと、生々しい音を立て、ジャンヌの腹から剣が抜けていく。その間も、剣の刃は、ジャンヌの肉を切り裂いているのだ。まず、背中は抜けた。緑色の血を滴らせながら、ついに腹をも抜ける。


「ぬわ! 地獄から這い上がってきた気分だわ」


 ジャンヌは剣を放り投げた。緑の血が垂れる。どうやら、自分は普通の人間ではないらしい。人間の血は、赤いはずだ。

 腹の傷を見ると、剣に貫かれた痕がまだある。


「ふん!」


 ジャンヌは唸った。そうやって腹に力を込めると、緑色の血はちょっと飛び出たきりおさまり、傷はどんどん塞がっていった。痕が若干見えるのみである。治せるという確信があったわけではないが、自分ならできるという気がした。

 とりあえず、洞窟の外に出なくては。そう思って歩みを進めると、通りがかったらしいバイクの音が聞こえ、男が二人入ってきた。


「え! 人?」「美人じゃん。裸で何してんの?」


 あまり理性は強くなさそうだ。


 男のうち一人が、にやにやといやらしく笑いながら、肩に手をかけてきた。ジャンヌは真顔のまま。


「私に触らないで。二度は言わない」

「いいねえ、気が強いのはタイプだ」

「脳ミソの直径何センチ?」

「なに……いてて!」


 ジャンヌは男の腕を捻りあげていた。ミシミシと、骨が軋む音がする。


「い、痛い! 痛い! 折れるって!」

「いかにもその通りだわ」


 言って、ジャンヌは容赦なく、腕を捻じ曲げた。あり得ない方向に腕が曲がった男は、「ぐええ」と言いながら、白目をむいて倒れた。


「ジーザス! この怪力女が」


 もう一人の男が、ナイフを取り出し切りつけてきた。


 ジャンヌはひょいとかわすと、相手の足を蹴った。ひざがおかしな方向に曲がって、男は地面を這った。


「いてえ! お、お、折れた」


 その男を見て、ジャンヌは、私と同じくらいの体格かしらと考えていた。


「ちょっとあなた、立ち上がって」

「は、はあ? 無理に決まってるだろ、お前に足を折られたんだぞ」

「ああ、そうか。じゃあ身長何センチ?」

「170センチ」

「嘘でしょ。サバを読むな」


 ジャンヌが足の先で男の頭を小突くと、男はもの悲しそうに言った。


「165センチです……」

「私と同じくらいね」



 ジャンヌは今や、革のジャンパーにジーンズを履いたライダー風の格好をしている。男から、身ぐるみをはぎ取ったのであった。案の定、ちょうど良いサイズだ。

 すぐそばには、男が乗って来ていたバイクがある。見たところ250cc程度、ミッション車のオフロードバイクだ。


「身の丈に合わない良いバイクだわね。ねえ、鍵を貸してちょうだい」


 洞窟の入り口を虫のように這っている男に向かって、ジャンヌは言った。


「ふ、服の上にバイクまで泥棒しようっていうのか……。嫌だぜ」

「はいはい」


 眉をひそめて言うと、バイクを見た。やはり鍵は抜いてあり、ロックされている。ハンドルを握ってみたが、動きそうにない。

 やむを得ず、ジャンヌは長い足を振ってバイクを蹴った。派手な音がして、重さ百キロはゆうに超えているバイクが揺れた。


 ハンドルが動いたので、試しにジャンヌはまたがった。ギアを1に下げ、左手でクラッチを握りながらアクセルを吹かす。ブンブンと音が鳴り、メーターが動き始めた。


「この手に限る」


 ジャンヌはギアを上げながら、山道を降りていった。

 男のすすり泣く声が、静かにこだましていた。



 木々の影を走りながら、ジャンヌは考えていた。どうやら私には、基本的な言語、バイクの操縦などの知識はあるようだ。けれど、自分のことになると、名前くらいしか思い出せない。英語、中国語、韓国語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、マレー語、タイ語などの言語も一通り思い浮かぶが、当面は役に立たなさそうだ。


「ジャンヌ、来て……。もしかして、死んじゃったの……?」


 また声が聞こえた。なにやら、頭痛のような感覚もある。今度は方角が分かった。なんとなくだが、どちらへ向かえば良いのかが分かるのだ。


 呼ばれている。ジャンヌは何者かに呼ばれている。少年のような声だ。そこへ行けば、何かが分かるかもしれない。


「今行くぞ」


 誰に向かってというわけでもなく、ジャンヌは叫んだ。アクセル全開だ。



 最初は大きな通りを、車の間を抜け走って行ったが、だんだんと人気の少ない方へ向かっていくことになった。やがてさびれた数階建て駐車場にたどり着くと、ジャンヌは一旦バイクを下りた。

 暗い駐車場はすでに柱がいくらか折れ、ひっくり返った車からおじいさんが這って出てきた。ただ事ではない。ジャンヌはおじいさんに駆け寄って立たせ、大きなケガがないかを確認した。


「何があったんですか?」

「わしにもワケが分からん……。とにかく、男の子が慌てて駆け込んできたかと思うと、巨大な人影が天井や壁を這いまわりながらやってきって、この車をひっくり返したんだ。あの姿、まるで巨大なクモみたいだった。

 姉ちゃんも悪いことは言わないから、関わらない方が良い。ヒェェ……!」


 おじいさんは言うと、駆け出して逃げて言った。

 ともかく、話から察するに、狙われているのは少年らしい。おじいさんは、運悪く巻き添えをくらっただけだ。それに、天井や壁を這ったという人影。車をひっくり返すパワーを考えれば、ただの人間ではないだろう。


 もう、近くにいる。この駐車場の中に。上の階から、大きな金属が投げ飛ばされたりひっくり返されたりしている音がする。車が次々に投げられているようだ。

 ジャンヌはバイクに乗った。


「おーい! どこにいる!」

「その声は……、ジャンヌ! 三階だよ!」


 少年の声は間違いなく、洞窟でジャンヌを目覚めさせた声だ。

 ジャンヌはアクセルを回し、上階への道を進んでいった。


 三階はひどい有様で、高級車が煙をあげてひっくり返っていた。ふと、柱の陰から物音がして、人影が飛び出してきた。

 ジャンヌは身構えたが、正体は十歳過ぎに見える男の子であった。ジャンヌがバイクから降りると、嬉しそうな声をあげた。


「ジャンヌ! 良かったあ、生きていたんだね」

「少年、私は何者なの? 君は私の何を知っている? 君の名前は?」

「ええ? 僕のことを忘れちゃったの。マサミチだよ。その様子じゃあ、キオクソウシツってやつだね。本当になった人、初めて見た」


 そのとき、天井から足音が聞こえた。おかしなことだが、本当に頭上から音がしたのである。


「ジャンヌ、気をつけて。近くにやつがいる!」

「マサミチ、君は私の後ろに隠れていなさい」


そのときには、すでに迫っていたのだ。ジャンヌと同じ色の血を、流す存在が。


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