6話 信用と信頼
「ごめんなさい!ムカデが出たので……びっくりして、わたし……」
「ああ、そうでしたか……」
「それでラッキースケベか、この野郎!」
ブリブリ文句の止まらないモゴリーと、ひたすら謝り続けるリッス。
部屋に戻ったはいいが文句を言われ続ける俺。
一体何をやっているんだか。
湯上りのせいか、二人とも顔が赤い。顔が、というか耳が赤い、が正しいか。
残念ながら俺はケモナーではなく、ノーマルなので、彼女らの、いや、雌の毛深い肢体を見たところで何も思う所はない。
「も、もういいじゃないですかモゴリー……」
「許せないね!ラッキーにかこつけてスケベな不貞行為をする野郎は!」
「モゴリー、それよりさっきの……」
「………」
はい、静かになるまで7分かかりました。
いや、7分どころか7時間は怒られてた気分だけどな。
リッスがぼそぼそとモゴリーに耳打ちしだしてから、モゴリーが何とも言えない表情をして口撃は止まった。
「ゆ、勇者様は、お風呂に入らないんですか?」
「そ、そうだ。お前も入ってこい」
しばしの沈黙の後、突然出される提案。
正直、べっとりと濡れた身体を洗いたい気持ちはあるが、彼女らに置き去りにされる危機感の方が強い。
これまでの旅路で、ある程度の信用は置けると判断しているが、
彼女らの友情以外は、いまひとつ信用しかねるのだ。
そのため、自然と……。
「いや、俺は結構です」
と、いう返事が出てしまう。
「ここから先、まともに水浴びできる場所もないかもしれないぞ」
「そうですわ、ここが最後の憩いの場となるかもしれません」
やたらと風呂に入ることを推してくる二人。
だが、彼女らの信用は足りない。足りていないのだ。
今までの異世界経験上、この程度の仲ではあっさりと裏切られることも少なくなかった。
自然、腰に差したハンターナイフの位置を手前に調整するなど、警戒を露にしてしまう。
できるだけ表情には出さないようにした為、気付かれてはいない……はずだったが。
「私達が信用できないということか」
空気の読めすぎるゴリラが、言いにくいことをずばっと口に出した。
リッスは驚いたような、悲しむような表情でこちらを見てくる。
旅の半ば、普通はこんなところで敵を作るまねはできない。
だが、全て虚偽だとしたら?
山にドラゴンなどいない、姫など攫われていない、ただし召喚されたのだけは事実。
ならば、俺は何のために召喚された?
考えろ、たやすく信じるな、そうして身を守らなかった結果、今まで痛い目に遭ってきたんだ。
「勇者様……」
リッスが目に涙を溜めながら近づいてくる。
「………!」
あまりの敵意のなさにリッスが近づくのを止められなかった。
(しまった!)
背中に冷や汗が流れた。
そして、
俺の首筋を、
リッスの、乾いた毛がふわりと触れた――。
「怖い、怖い思いを、されてきたのですね……」
………。
「まったく、風呂に入らせるだけでとんだ手間だ。
勇者、お前、クサいんだよ」
俺の胸で肩を震わせて泣くリッス。
早くしろと言わんばかりに手を振るモゴリー。
ダメだぞ、信用するなよ。
こうやって優しさを見せてお前をだまそうとしているんだ。
わかっているだろ、大輔。
それに信用して、仲良くなったって、結局は――。
* * *
――最後の村を発って二週間ほど、オーロラ山の中腹。
俺達は姫が捕らわれているという洞穴にやってきていた。
「どうする気だ、勇者」
「俺の知ってるタイプのドラゴンなら、一人で何とかします。
姫の救出はお二人にお任せします」
最初から決めていた作戦を口にすると、二人は少し不安そうな表情を見せた。
リッスはともかく、モゴリーまでそんな顔をするとは。
「この作戦は最初から決めていました。
ドラゴンは倒さなくてもいい、俺達の目的は姫の救出ですから」
親指をびしっと立てて口角をあげる。
今の俺にできる最大級の任せろポーズだ。伝わったかな。
「勇者様……」
リッスは相変わらず心配そうだ。
「勇者。私達は、お前に死んでほしくない。それだけはわかってくれ」
モゴリーが意外すぎる事を口走る。
「やめてくださいよ、そういうのはフラグと言いまして。俺の住んでいたところでは、よくない言葉なんですよ」
「そ、そうか……」
モゴリーが親指を立て、口角をあげる。
「なら、生きろ」
モゴリーのポーズと言葉に、思わず苦笑してしまった。
なんだかんだ、こいつらはいい奴だった。
あとは俺のやるべきことをやるだけ。
* * *
「さあて、ドラゴンとご対面かな」
まずは一人で洞穴に入り、誘導する手はずになっている。
高さは7~8mといったところか、小学校の体育館ぐらいの高さはありそうだ。
こんな洞穴に住んでいるドラゴンは小型か?と問われれば、答えは紛れもなくNoだ。
もし小型だった場合は、飛行するタイプがほとんど。
幼生体ですら、乳白色の薄気味悪い翼をバタバタと動かし飛び回る。
このように閉塞された洞穴に住むタイプではない。
情報によれば、ここにいるドラゴンは陸上生物であるとのことなので、この洞穴にいるドラゴンは相応の大きさのドラゴンに間違いない。
それにしてもドラゴンという奴は、何を食べてあの図体を維持しているのだろうか。
オーロラ山のふもとにも、ここまでの山道にも、特にドラゴンが食事処にしていそうな場所は見当たらなかった。
大型生物が定期的に食事を採れば、もっとそれらしい痕跡があるのではなかろうか。
今までの異世界でよくあったのは、マナを食べるとか、人化して人と同じ食事を行うとか、あとは毒草を食べてたり、宝石を齧るタイプもいたが、陸生タイプに肉食は少なかった。
ドラゴンが何を食べているかは知らないが、一部の世界では竜の糞は、草みたいな見た目をしているからといって薬草として使われることもあるそうだ。
――どんな薬草だよ、ったく。
などと考えていると、暗闇に目が慣れたのか、ドラゴンの身体が視界に入る。
音を立てないように近づくと、その全容が明らかになって来た。
目標は一体。睡眠中だ。寝息は図体の割に静か。
大きさは予測だが、高さ5~6m。顎が四角で大きい……草食か?
身体には苔が生えているようだ。
目はふたつか、鼻の孔もある。多分、ブレスを吐くタイプだな。
ブレスか。こんな場所で吐かれると非常に厄介だ。
陸生ドラゴンがこういった洞穴を住処にしている場合、自身のブレスによって侵入してきた獲物の逃げ場を塞ぐ事ができるから住んでいるケースが多い。
そしてこのドラゴンは草食だと思われることから、ブレスのタイプは「火・氷・毒・ただの鼻息」のいずれかだろう。
……草食なのに火を噴くドラゴンはおかしいって?
おかしいよな、それがいるんだよ。
ドラゴンだから火を吹くのが当たり前なんじゃないか? よくは知らないが。
初めて見る相手とはいえ、このタイプへの対応は容易に想像できる。
異世界転移常連は伊達ではない、能力がリセットされようが、チートがなかろうが、培った経験までは消えないのだ。
4mほど上に、突き出た岩壁にふわりと飛び乗る。
シュタッ!と乗れればいいのだが、この世界ではどうも風船が浮かぶようにふんわりとしか飛べない。
ジャンプ力自体はすごく上がっているのだが。
岩壁から、全体像を確認する。
寝そべるドラゴンの全長は10m前後、長方形っぽいやつだ。
しっぽの方に倒れている猫のような者が見える。
あれが件のお姫様か。
岸壁の足元に転がっている石ころを入口に向けてみっつ投げる。
投げた数に応じて安全度を伝える、あらかじめ決めておいた突入の合図だ。
このままドラゴンが起きなければ無事救出完了、お役御免で無事帰還、となるのだが。
(勇者。私達は、お前に死んでほしくない。それだけはわかってくれ)
モゴリーの神妙な言葉が脳裏に浮かぶ。
(やめろやめろ、何も起きないから)
俺は高鳴る動悸を抑え、二人が入ってくるのを待った。