4話 ギルドで稼ぐなんてまっぴら
デニャーの城下町の商業ストリートでは、様々なものを取り扱っていた。
言語を読む、貨幣価値を日本円に変換する、といった作業は特に問題がなかった。
魔法陣がしっかりと書かれている証拠だ。
あの魔法使いは意外と優秀な狐だったのかもしれない。
しかし俺は無一文。
まずはお金を何とかしなければならない。
「モゴリーさん、お金を稼ぐ方法は何かありませんか?」
「ギルドでクエストを受けろ」
つっけんどんだが返答はしてくれるらしいモゴリー。
というか、こんな世界でギルドがあるのか。
各異世界でそれなりに栄えている所は、ギルドなどという不確かな派遣会社はおおよそ存在していない。
デニャーぐらいの文明レベルになれば、大体存在しない事が多かった。
「ギルドに案内してください」
「……こっちだ」
モゴリーの案内でギルドへと向かう。
「モゴリーさん達はギルドのクエストを手伝ってくれるんですか?」
「出来れば一人でやって欲しい」
実に非協力的だ。完全に警戒されている。
「そうですか。ですが、路銀にはモゴリーさん達の分も含まれます。
協力していただけないのであれば、ご自分で用意していただくことになりますが」
「……それは困りますね。モゴリーさん、手伝いましょう」
リッスが困った顔でモゴリーを見ると、むっとした表情でモゴリーが頷く。
不機嫌なモゴリーの案内でギルドに到着した。
ぱっと見は酒場にしか見えない。
様々な獣人達が昼間だというのに酒をかっくらっていた。
右手奥が酒場のカウンターになっており、正面が冒険者ギルドのカウンターだ。
俺たちは真っすぐ歩き、カウンターにつく。
「ここがギルドと聞いてきました」
「はいクマー、本日の依頼はこちらですクマー」
……なんだそのとってつけたような語尾は。
それにしても登録などは必要ないのだろうか。
熊の店員がファイルを取り出して、俺たちに渡した。
「リッスさん、どういうのがお勧めですか?」
「すみません、わたしはよく知らなくて……。
モゴリー、教えて」
話をリッスに振ったのは失敗だったか。
モゴリーは敵意ビンビンなので、あまり話しかけたくないのだが。
あのゴリマッチョな腕でスリーパーホールドなどやられようものなら、俺の細首など即座にへし折れそうなものだ。
「……日帰りで行えて、証拠を提示しやすいクエストが理想だ」
「証拠、ですか?」
「そうだ。
例えば、この緊急手紙配達などは届けるだけではクエスト完了とはならない。
この手紙を受け取った本人が、きちんと受け取った旨をギルドに報告しなければ報酬は発生しない」
どうやら、その性質故に報酬の支払い遅れや踏み倒しも発生しやすく、奇しくもギルドに出される依頼としては人気の部類に入るらしい。
「私達は今晩の宿すら怪しい。準備のない野宿は危険だ。よって時間のかかるものは避ける」
正論だ。
となれば、やはり採取やモンスター退治といったところか。
この世界にモンスターがいるかはわからないが。
底辺の依頼とはいえ、50ゴールド以上は稼げる素晴らしい依頼ばかりなのが目頭を熱くする。
「素早く片付きそうなものは、汚物処理槽の掃除・回収。ただし、これは臭いの問題があり、宿が利用できなくなる可能性が高いだろう。
荒事ならお尋ね者の処理、デニャーに敵対する勢力との抗争に傭兵として参加する手もある」
お尋ね者は見つかるかわからないな。
周りの客を見る限り、傭兵でも活躍できそうだが。
「傭兵は私も経験したが、雑魚寝ながらも住居は提供してもらえるし、食事も出る。
ただ、戦闘が激化すれば2.3日で帰るのは無理だ。
かと言って戦闘がなければ小遣いにすらならない」
「……安定性に欠けますね」
モゴリーの説明を受けつつ、依頼を調べていくが――。
「こう言っては失礼ですけど、ロクな依頼がありませんね」
「当然だ。身元のはっきりしない者に依頼する内容など、仕事としては底辺だ」
なるほど、身元のはっきりしない者には、ね。
「では、モゴリーさんとリッスさんは身元がはっきりしているので、それなりの仕事に就けるわけですね」
「………」
言わんとする事を理解したのか、二人が黙る。
「そもそも、お二人は城仕えだったわけですから、それなりに懐は温かいのでは?」
そう、わざわざギルドまで足を運んでみたのは、情報収集がメイン。
仕事内容からおおよその世界観の推測、報酬の多寡による金銭価値、周りの客の装備やおおよその戦闘力を見に来たわけで。
最初から路銀を稼ぐ気など毛頭ないのだ!
「そこまで勇者の面倒は見切れん」
モゴリーが苛ついた口調で言い放った。
「では無一文ということで話を進めますが、俺たちがパーティとしてやっていくには、お二人の積極的な協力が必要不可欠です。
ドラゴンは何とかすると言いましたが、路銀まで任せろとは言えません。
むしろ路銀だけでも出して貰えるのであれば、姫救出は早めに片付く問題なんですが。急がなければ姫は、ああ……」
早口でまくし立てるように路銀を出すメリットを告げる。
面倒は見切れない、と言われたが目的地のオーロラ山まで最短で一カ月かかると言われると、多少の無理は通さねばならない。
野宿で襲われて命を落とすなんて、まっぴらゴメンだ。
どんな目に遭っても俺は死にたくないのだ。
「ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
リッスがおずおずと声がかけてくる。
早速ひっかかったな。
「大丈夫、とは?」
この場合、主語がなくてもわかるが、あえてわからないふりをする。
「姫の救出と、ドラゴン退治です」
目的をあえて監視に言わせる事で、俺の意図を改めて認識させる。
俺は力強く、できる限り自信たっぷりに「問題ない」と言い切った。
「信用できない」
モゴリーが睨みを利かせる。
「せめて私より強くなければ、納得できない」
おっと、雲行きが怪しい。
異世界経験豊富な俺でも、ゴリマッチョの獣人とやり合った経験はない。
「俺はドラゴン退治なら一日の長がありますが、モゴリーさんのような相手と戦った事はありません。
ですから、あなたより強い事がドラゴンを何とかできる事の証明にはならないと思います」
倒す、とは言わない。あくまで「何とかできる」という意思表示をしておく。
「ふん、口が上手い奴ほど信用ならない」
ごもっとも。
俺なら俺を信用しない。モゴリーの反応は正しい。
しかし信用してもらわねば、帰るのに時間がかかってしまう。
よし、口が上手いのがダメなら、開き直ってみるか。
「はっきり言います。俺はこの世界に勝手に呼び出されて迷惑しています。
おまけにお目付け役までつけられ、捨て駒同然の扱いを受けています」
モゴリーは憮然とした表情のままだが、リッスには思うところがあるのか、眉を八の字に曲げている。
「それでも帰る為の条件が、姫を救い出す事にあるというなら、甘んじてそれに従いましょう。
ドラゴンを何とかすると言ったのは捨て駒として使われて構わない、という意味です。
それだけの覚悟があって、俺は元の世界に帰りたい。
お願いします、協力してください」
頭を下げた。
いや、ここは腹を見せた方が良かったかもしれない。
俺の真摯な姿勢が通じたのか、考え込むモゴリーに対し、リッスが助け舟を出してくれた。
「モゴリー。
わたしはこの方を信じてもいいのではないかと思います」
「リッス……」
「勇者様、申し訳ありませんが、あなたの言う通りです。
わたしたちは王様の命を受け、いざという時は姫だけを救うように言われています」
「おい、リッス……!」
リッスのカミングアウトに焦るモゴリー。
まあ、予想通りなので気にはしていない。
「しかしそれ以外では、出来るだけ便宜を図るように、とも言われています。
一カ月分ぐらいの路銀でしたら、わたしが出せます」
そう言うとリッスはモゴリーを見る。
そうだ。一カ月分では、まだ半分しか解決していない。
最低限の蓄えだと仮定しても行きました、帰れませんでは話のネタにもならない。
「……わかった。私も蓄えはある。一カ月分ぐらいなら出しても構わない」
「ありがとう、モゴリー」
折れたモゴリーに、にっこりとほほ笑むリッス。
二人の仲の良さが伺える。
こうして路銀の問題は早々に解決した。
俺も笑みを浮かべようというものだ。
「ありがとうございます。これで出発の準備が整えられます」
* * *
ギルドから出て旅の準備を整えると、もう夕方になっていた。
話の流れから推測してはいたが、昼夜のある世界のようだ。
昼の時間が極端に短いとか、そういう可能性もありそうだが。
念の為、準備した品を確認する。と言っても、糧食、水筒、簡易テント、雨具程度のものだ。
オーロラ山までのルートはリッスの頭に入っているそうなので、地図の購入は見送った。
「えーっと、モゴリー、食べ物が多すぎませんか?」
「食べないと戦えない」
モゴリーの背嚢はパンパンに膨れ上がっており、その全てが糧食らしかった。
対して俺は簡易テントや雨具、水筒を背負っており、自分の糧食に関してはリッスに任せてある。
「そういえば」
はた、と思い出したかのようにリッスが話しかけてくる。
「勇者様のお名前を伺っておりませんでした。教えていただけますか?」
どうせすぐに別れる事になるので、知っても仕方がないと思うのだが、特に拒否する理由もないか。
「俺はダイスケ。スメラギ・ダイスケです」
こうして俺たちの旅が始まった。