3話 正規の手順なんか踏んでられるか
ドラゴン――。
地球には生息していない、幻獣の一種である。
おおよその異世界では、ドラゴンは2種類に分別する事が出来る。
空を飛ぶか、飛ばないかだ。
不思議な事にこの分別は、今までどの異世界でも同じだった。
空を飛ぶタイプは魔力などを使い、自重を物ともしない不可思議な飛行を可能にする。
このタイプは様々な種類のブレス攻撃を使う事も特徴で、高速での体当たりは一瞬で意識を刈り取られる事になる。
弱点は物理攻撃で、当たりさえすればナイフを投擲しても恐らく刺さるだろう。
まあ、いわゆる面倒なタイプだ。
対して、空を飛ばないタイプは穴倉などに好んで住み、財宝などを蓄えている。
熱や毒を持ったブレス攻撃を得意とし、あまり俊敏には動かない。
デカくて動かないトカゲみたいなものだ。
その分、物理攻撃には強く、魔法などの魔力攻撃は非常によく効く。
たまに特定の属性を反射するタイプもいるが、やりやすいタイプだ。
今までの異世界経験から、今回のドラゴンは後者であると思えた。
しかし断定するのはまだ早い。
「ドラゴンについて、詳しい事を教えてください」
「後で魔法使いに聞くが良い」
冷淡に、にべもなく断られる。
自分の言いたい事だけを言うタイプの王様だ。
「勇者よ、おぬしにはドラゴンを退治しろとまでは言わぬ。ただ姫を救い出して欲しい。山の覇王であるドラゴンにとって姫は何の価値もないはずなのじゃ……」
なぜ攫われてしまったのか、という言い知れぬ後悔が王様に漂っている。
まあ、攫われた理由に予想はつくが、それを言っても仕方がない事だ。
今回の俺の目的は『姫の救出』というわけだな。
さっさと救出して帰りたいところだ。
「では、勇者よ! おぬしへの支度金として50ゴールドを渡そう!」
王様が、控えていた鳥人間に50ゴールドを用意させている。
俺は嫌な予感が拭えず、隣にたたずむ魔法使いに耳打ちする。
「50ゴールドって少なくないですか?」
「……少ないです、とても」
魔法使いは召喚についての負い目があるせいか、正直に教えてくれた。
どれだけ『異界の勇者』が期待されていないかわかる。
過去の異世界で得た能力があれば、こんな心配は不要なのだが、異世界転移は、常にリセットボタンを押されるローグライクゲームのようなものだ。何度転移しようと俺自身は強くならない。
いくら筋肉を鍛えようと、戻ってきたら中肉中背いつもの自分。
スキルや魔法だってたくさん覚えたのに、日本ではもちろん、別の異世界でも発動しない。
それどころか、とある異世界帰りに、パッシブスキルに頼っていた癖が抜けずに、階段から転げ落ちたことすらある。
……このままでは死地に追いやられると思った俺は、すぐさま抗議する。
「王様、50ゴールドは結構ですので、由緒ある武器を頂戴しとうございます」
これは吹っ掛けだ。
貰えれば良し、そうでなければ一気にランクを落とすつもりだ。
「むぅっ!? 欲深な者よ、儂の好意が受け取れぬと申すか!」
威圧外交とは……政治的手腕の程度が知れるな。
「いいえ、国庫の貴重な資金をいただくより、確実に姫の救出に役立つ物を頂戴したく存じます」
「ならぬ。一騎当千たる勇者には本来何も必要あるまい。しかしそれではあまりに不憫と思い、儂の好意で用意させておるのじゃ!」
「王様にとって、姫の価値とは50ゴールドなのでしょうか?」
「なんじゃと! 貴様!
姫にはこの国の宝、ブラックダイヤを身につけさせておる!
50ゴールド程度で割に合うものか!」
おっと、煽りすぎてしまったか。どこの世界でもお山の大将はすぐ怒るから困る。
さらっと50ゴールドの価値をけなしているのもひどい。
「出過ぎた事を口走ってしまいました。申し訳ございません。
それでは、そこの兵士が持っている槍を頂戴できませんでしょうか」
俺は警戒を解いていない兵士を指さして言った。
当の兵士は驚きで目を見開いている。
「ならぬ!」
尚も王様は拒む。
このケチはさきほどの質問がよほど腹に据えかねているらしい。
「魔法使いよ、貴様の言う異界の勇者とはこのような俗物であったか!
国民に何と申し開きするつもりか!」
「ひぃぃっ! お許しください!」
魔法使いにまで攻撃を仕掛けてきた。
全く、俗物はどっちだよ、と王様の豪奢な姿を見て思う。
親も親なら娘も娘なんだろうな、ドラゴンに攫われた理由もおのずとわかりそうなものだが。
そもそも召喚者は、何が召喚されるかなど知らないはずだ。
数ある異世界のうち、日本から俺を召喚するという事が、どれほど天文学的確率であるか、わかっていない。
……そんな事を言ったら、何度も異世界召喚されている俺の方が天文学的確率の産物か。
「わかりました。そうまで仰るなら、短剣を一本だけ、頂戴できませんでしょうか。ドラゴンを退けるには刃物が必要です」
俺の一言で、俄かに謁見の間がざわつき始めた。
普通に戦ったのでは、ドラゴンに刃物が通じないことは、さすがに兵士も知っているらしい。
「50ゴールドより、短剣を望むというのだな」
王様の態度が軟化した。
口元、というかマズルの端を歪ませ、いかにも「貶めてやろう」という悪い顔だ。
もしかしたら短剣1本程度50ゴールドで買えるかもしれないが、相場がわからない以上、現物支給が最も間違いがない。
夜は野宿でいいだろう、慣れている。
「よかろう、猟師が獲物をさばく時に使う一般的なナイフを用意させよう」
王様がそう言うと控えていた兵士が素早く伝達を開始した。
「ありがとうございます。
確認ですが、俺の役目は『姫の救出』であり、国の宝とかいう『ブラックダイヤ』の奪還ではありませんね?」
大事な確認だ。
これは俺の送還条件にも関わる。
「下郎が、ネコババを決め込む気か」
「そんな事をしても異世界には持ち帰れません。
ただの確認です」
「ならぬ、必ず持って帰ってこい」
このままでは話にならないと横に立つ狐に耳打つ。
「魔法使い、召喚魔法陣の利用目的には、ブラックダイヤの奪還は含まれてるのか?」
王様の前で堂々と魔法使いに耳打つ俺への視線が厳しい。
魔法使いはわずかにプルプルと首を横に振ると、王様へと向き直った。
良かった、一安心だ。
ドラゴンに誘拐されたのであれば、正直言ってブラックダイヤの方は絶望的だ。
王様が伝えてきた情報は必要最低限で、姫がいつ誘拐されたのか、生存は確認しているかなどの情報が一切ない。
これでは、どこまで救出に本気なのか伺い知れない。
例えば、姫の救出の為に召喚したと偽り、実の送還理由がブラックダイヤの奪還だった場合、一生この世界に縛られる可能性すらあったのだ。
つまり王の希望は最初からひとつ断たれているといっていい。
残念だったな、欲深な王には過ぎた代物だったのだろう。
「ニャフフッンヌ!」
頃合いと見たのか咳払い(?)をして再び注目を集めるデニャー王。
「……勇者よ、いかな一騎当千の猛者とて、一人では旅に危険があるやもしれぬ。供をつけよう」
あれだけ俗物扱いしておいて、よくもいけしゃあしゃあと。
体のいいお目付け役だな。
この猫、よほどブラックダイヤが大切らしい。
いや、生きていれば姫の身体もか。多分。
「我が国最強の戦士モゴリー」
現れたのはゴリラ。身長は俺より高く、短く刈り取った髪。
隆起した筋肉の上に刺さりそうな剛毛が生えているという見事なゴリマッチョにビキニアーマー。
……ありがたくない。ついでに俺の見立てでは"最強の戦士"というのは嘘だな。
「治療法術の使える僧侶リッス」
モゴリーの隣におずおずと現れたのはリスの獣人。小柄な体格とくりっとした目、髪の毛にあたる部分にはショートボブっぽいヘアスタイルがついている。毛並みはサラサラだが、毛深い事に変わりはない。
まだマシだな……。いやいや、その筋の人にとっては、だが。
それにしてもこの獣人達の髪の毛の違和感たるや。
動物を二足歩行させて、人間の髪の毛をくっつけました!というような無理やり感のある見た目をしている。
「それと宮廷魔術師である魔法使いを付けよう」
「えっ!」
王様が魔法使いを指名すると、指名された本人は素っ頓狂な声をあげた。
まさに予想外という感じだ。
そして、その提案は俺にとっても予想外である。
「お、王様。召喚者である私に万が一があると、勇者様が送還されてしまいます!」
「なにぃっ……?」
そう、召喚は召喚主との契約だ。
召喚主が存在しなくなった場合、契約破棄となり、強制送還されてしまう。
故に召喚主が危険な旅路についてくる事は、まずない。
まあ、召喚主に何かあった方が早く帰れるので、個人的には有難いが……。
いやいや、強制送還は目的を達成できなかったというモヤモヤした思い出が一生残る。
あまり気分の良いものではない。今でも時々思い出すぐらいだ。
……少し助け船を出してもいいか。
「私も召喚者が危険な目に遭うのは反対です。
召喚者に何かあれば、私は強制送還され、姫を救出する事は叶いません」
「……儂をたばかっておるのではなかろうな?」
疑り深い王様だ。
それほど俺が信用できないのか、それとも魔法使いが信用できないのか。あ、両方かもな。
「召喚の性質上、間違いないことです。どうしても気になるのでしたら、この狐の首を刎ねてみてはいかがでしょう」
「そうです!召喚はそういうもので、ってえええええ!?」
俺の発言に迎合しようとして驚く魔法使い。
「……あいわかった、そこまで言うなら信じよう。
モゴリー、リッス、任せたぞ」
「はっ!」
「かしこまりましたわ」
ほっとした表情の魔法使いは一瞬恨みがましい視線を俺に向けた。
さらば狐、二度と会う事はないだろう。
* * *
謁見を済ませた俺は、王様より頂戴したハンターナイフを腰のホルダーに差しつつ、城を出た。
狐の話によるとドラゴンは空を飛ばないタイプで間違いないようだ。
それならこのハンターナイフ1本でもやれなくはない。
それだけの経験を俺はしてきている。
デニャーは一番大きな国というだけあって、城下町は栄えていた。
城自体の大きさも去ることながら、広い町を囲む10メートルはあろうかという城壁が、城の入口からでもはっきりと視認できた。
城を出たところで、城下町の盛況具合が伝わってくる。
外交はともかく、内政手腕はなかなかのモノなのかもしれない。
……あの王様が内政に関わっていない可能性はあるが。
「では、モゴリーさん、リッスさん、よろしくお願いします」
俺が挨拶をすると、二人は露骨に嫌そうな態度で会釈を返してきた。
……どれだけ信用ないんだか。
「さて、まずは姫の場所ですね。ご存知ですか?」
「姫はオーロラ山の中腹に捕らわれている」
モゴリーは続ける。
「直接向かえば一カ月程で着く。だが私達はドラゴンを退けられるだけの準備をしなければならない」
「準備、ですか?」
俺が問うと、リッスが返答してくれた。
「ドラゴンを倒すには3つの竜玉と、赤き聖剣が必要と言われています。
それらを取りに行き、確実に勝てる準備をしなければなりません」
そんなものがあるなら、自分たちで準備しておけばいいのに……。
と思ってはいけないのだろう、きっと。
「竜玉を持つ竜人族の戦士はとても強くて、わたしたちではとても敵いません。
赤き聖剣もどこにあるのかすらわかっていません。
何でも海底に沈んだ神殿に安置されているとか……」
定番すぎる無茶なクエストだ。
昔の俺なら喜び勇んで向かったに違いない。
だが今回の相手は何度も戦闘経験のあるドラゴンだ。
馬鹿正直に必要なアイテムを集めていたら、大学に戻れなくなる可能性すらある。
「……わかりました。では、直接姫の救出に向かいますので、案内してください」
「!?」
リッスが驚き、焦った顔で言う。
「い、今の話、聞いてましたか?」
「もちろん」
「そんな短剣1本でドラゴンが倒せるわけないじゃないですか!」
「倒す必要はないんでしょう?」
「それはそうですけど……!」
開いた口が塞がらない、という感じでリッスは愕然としていた。
「ドラゴンは俺が何とかしますから、その間に姫を救い出してください。
……元々そう言われてるんでしょう?」
今度はモゴリーの顔が一瞬驚愕に彩られる。
「……いや、私達は勇者を助ける為に遣わされたのだ」
すぐに表情は元に戻り、否定してきた。
正直なやつらだ。
だが、自分に期待されていないとわかれば、この組み合わせは容易に想像がつく。
まず、力のある戦士と傷を癒せる僧侶の組み合わせ。
相当な持久力が期待できる。
さらに二人とも雌だ。
いざとなれば俺を見捨てて姫を救出するように指示されている事は想像に難くない。
もしも国一番の戦士である雄を遣わせれば、万が一命を落としたり、姫を救出したはいいが「夕べはお楽しみでしたね」状態になることを憂慮される。
あとは俺が姫に手を出す事がないように、またはサボる事がないように監視する役目も負っているのだろう。
そんなに心配なら応えてやろうじゃないか。
「大丈夫です。俺は勇者なんでしょう?
さあ、まずは野宿ができるだけの準備をしましょう」
信じられないという顔でお互いを見やるモゴリーとリッスを尻目に、俺は表情から気だるさを隠さず城下町へ繰り出した。






