殺し屋
「人殺しに未来など要らぬ」と、誰かが言った。
そうやもしれぬ。
私は生まれてこの方、一度として自分の意志で動いたことがなかった。
それが普通だと、そう思っていた。
組織には私の他にも、様々な奴らが居た。借金の返済に詰まり、その身を売った青年。旦那を殺し、殺人の快感を知った女。様々な境遇の人間が集う。
だが決して、人を殺す組織に入ってくるような者に、普通の人間は居ない。
私もまた、そうだった。
私には友が居らず、理解者も居なかった。幼い頃から殺し屋として汎ゆる種類の英才教育を受け、自由など存在しない環境で育ってきた。
善悪も教わってこなかった。教養はあるが、倫理は無い。
何が正しいのか判断するための材料も、私は知らなかった。
「人殺しに意志など要らぬ」と、誰かが言った。
そうやもしれぬ。
だが私は疑問を抱いた。
普通だと思っていたものが本当に正しいのか、初めて疑った。
女が言ったのだ。
「お願いします。私、この組織を抜けたいです」
一般人が収まる場所ではない。
前からそう思っていたが、真逆あの女が自分から言い出すとは思わなかった。
「私は知らなかった。人を殺すことがあんなに、……苦しいだなんて。胸がはちきれそうです」
息をする間もなく、女の頸を刀が飛ばした。
組織の掟だ。一度入れば、逃げ出すことは許されない。
「恐怖を。……意志を持てば、俺らは終わりだ」
「お前は、こうなってくれるなよ」
「人殺しに母など要らぬ」と、誰かが言った。
そうなのだろうか。
私の母は、私が生まれて間もない頃に死んだ。
彼女のことについて覚えている事は、随分と少ない。だが、なぜか少しだけ覚えている事がある。
母の微笑み。
それだけは、私の脳にこびりつくように残っているのだ。
母は、こんな事を望んでいるのだろうか。
私はふと考えた。
今はもうこの世に存在しないであろうあの笑顔。
あの笑顔に汚れを着けて、良いのだろうか。
「人殺しに、自分など要らぬ」
首領が言った。
人々に囲まれ、血だらけになりながら。
「違う。そんな筈は無い」
俺は間を空けずにそう返した。
父さんは静かに笑う。
「後悔するぞ」
「それでも良いのだ、父さん」
「それもまた、俺が選んだ道だから」