失われた過去
私、クロノスは族長としての最後の仕事をしようとしていた。
それは族長の地位の引き継ぎであった。
「アマリネス、あなたは私の後を継いで精霊族をまとめてくれますね」
「……」
そう言うと、彼女は黙り込んでいた。
ここでしっかりと肯定してくれないと、正式に族長として引き継ぐことができない。
「何か、納得できないことがありますか?」
「はい。まだクロノス様は力があります。それなのにどうして急に族長を退くと言ったのですか?」
「言わなければいけない、ですか」
「はい」
真っ直ぐな目でアマリネスが私を見つめてくる。
一番疑問に思っていることなのだろう。
だが、ここで言っていいことなのかどうかわからない。
私とアマリネス以外にも多くの精霊族の民が私たちを見ている。
「ここで答えられないことをしようとしているのでしょうか」
「……」
私は少し考えた。
ここで全てを話すべきなのかもしれない。
ただ、私の信頼は全てなくなるだろう。もともと精霊の世界に居続けるつもりもなかったのだ。
「これから私は精霊の掟を破ります」
「まさか、自ら堕ちると言うのです?」
「いいえ、これは私たち精霊族と人間の関係を良好に保つために必要なことなのです。私が直接やらなければいけないことです」
そう、そのためにエレインに私の器を取り戻しに行ってもらっているのだ。
そろそろ彼がここの泉に来る頃だろう。
「ですが、私は族長のように時間を操る能力はありません」
「そうでしょうか。予知という能力はかなり強力なものだと思います」
「私の能力はあらゆる要素で変わっていきます。現に今の状況も私は予知できていなかったのですよ」
確かに彼女の能力は確実なものではない。
そうなる確率が高い、と言うだけの情報でしかないのだから。
しかし、それは私とて同じことなのだ。
「今の私は時間を自由自在に操れる能力ではないのです。一時的に遅くすることが精一杯なのです」
「それは精霊として力が弱まっていると言うことなのですか」
「いいえ、時間を遅くすることが私の本来の力なのです」
本当の私は時間を操ることではない。私の本来の力はアンドレイアさんの逆の力”減速”なのだから。
私はただ親友であったアンドレイアさんと協力して時間を早めたりすることで未来を見ることができていたのだ。
それができなくなっても魔族の襲撃を予言できたのは、セルバン帝国が情報を流してくれたからだ。
「ですから、私に族長としての力はないも同然なのです」
「……それと掟を破ることに何の意味が?」
最後の質問としてアマリネスがそう聞いてきた。
「私たちは危機にさらされています。以前、アンドレイアさんが精霊族のために掟を破ったように、私も掟を破り堕精霊として戦う必要があるのです」
「それの代わりに私たちが……っ!」
「いけません」
私は彼女の言葉を遮るようにそれを否定した。
「精霊とは神樹の加護があるから生きていけるのです。それを守るためには強力な精霊が精霊族をまとめなければいけません。アマリネス、私のためにも族長を続けてくれますか?」
「……はい」
「堕精霊になったからと言って会えないわけではありません。また時間が空いたら精霊の泉で会うことだってできます」
これで永遠の別れではないのだ。
それなら何も問題はないだろう。会うだけなら何も問題はないのだから。
「私が精霊族の族長になります」
「はい。お任せしました」
すると、生まれて間もない精霊が飛び回って族長の就任を祝ってくれている。
その淡い光が彼女を編むように包み込み、族長としてふさわしい服装へと繕っていく。
「アマリネス族長、これからも精霊族を頼みます」
「私が精霊族をお守りします」
そう言って真っ直ぐな目で私を見つめたアマリネス族長はどこか頼もしい精霊だと思った。
私よりもふさわしい彼女ならきっと精霊族を繁栄させることができるだろう。
「それでは、行ってきます」
「……」
私がそう言うと族長は立場上、何も言えない。
犯罪者に仲良くする族長など印象が悪くなるからだ。
ただ、目元だけは伏せて私の言葉に反応を示してくれた。今の私にはそれだけで十分だ。
アマリネス族長はしっかりと族長としての仕事をこなしてくれることだろう。
それを見た私は振り返って、一番近くの精霊の泉へと向かうことにした。
その道中、私の体は重くなって引き止めようとするが、私は抗うことにした。すると、一瞬にして体が軽くなり今までに感じたことのない感覚がした。
何か心の枷のような物が外れ、解放されたような感じに近い。これが掟を破ると言うことなのか。
そんなことを実感しながら、私は精霊の泉へと向かった。
◆◆◆
リーリアが確保してくれた道には議会軍も聖騎士団もおらず、安全に剣を運ぶことができた。
「私は入り口で近くを警備しておきます。エレイン様は中で用事を済ませてきてください」
どうやら俺が用事を終わらせるまでここで待っていてくれるようだ。
「ありがとう」
俺はそう言って精霊の泉へと入っていった。
そして精霊の泉の中に入ると、そこにはすでにクロノスがすでに立っていた。
「エレイン、待っていました」
「姿をそこまで現していて大丈夫なのか?」
「はい、私はすでに族長ではないのですから」
そう言ったクロノスはどこかさっぱりとした表情をしていた。
何かの重りが外れたような気分なのだろうか。いや、精霊は神樹からの加護を受けて生きているのだ。
自由に動きたいが、自由に動いてしまっては死んでしまう存在。そんな彼女らがその程度の規制程度で面倒になることなどないだろう。
「それはどう言う意味だ?」
「私も堕精霊になりましたので……」
どうやら本当に精霊の掟を破ったようだ。
「それにしても急だな。どうしたんだ?」
「少しでもエレインのお役に立てればと思いまして」
すると、可愛らしく精霊の泉から降りてきた彼女は俺が携えている機械仕掛けの剣を手にとった。
「これが私の聖剣……いえ、今は魔剣でしたか」
彼女が剣を取ってそれを眺めていると、アンドレイアが飛び出してきた。
「クロノス、まさかとは思うが、本当に族長をやめたのかの?」
「はい。私もアンドレイアさんのようにエレインのお役に立ちたいと思ったのです」
「……それはどう言うことじゃ?」
「初恋、と言うのでしょうか。人間に対して一方的な好意を示すのは当然ながら精霊の掟に反しています。ですから私は族長をやめ、こうして魔剣の中に入ろうとしているのですよ」
確かに精霊の掟には一方的な関係を持ってはいけないそうだ。
それが恋愛という強い感情であるのなら尚更と言ったところだろう。
「しかし、その剣は不完全な代物じゃ。芯となる物がない」
そうアンドレイアがいう。
考えてみればあれほどの機械仕掛け物の割には軽かったの覚えている。
刃の部分がまだ不完全だということなのだろうな。
「どういうことですか?」
「クロノスはまだ剣のことについて知らないようじゃからいうがの。その剣は聖剣にしては質が悪いのじゃ」
「質が悪いとどうなるのですか?」
「すぐに折れたりするんじゃ」
アンドレイアは異常に強固だから意識していなかったが、精霊の入っている聖剣といえど俺の大聖剣イレイラや魔剣と打ち合えばほとんどの場合折れてしまっているからな。
それがどういう意味かというと魔剣アンドレイアの素材となっている剣が非常に精巧に作られているからだろう。
「そう、なのですか。セルバン帝国が技術を結集させて作ったと言っていましたが、聖剣となるとやはりエルラトラムには負けるのですね」
「いや、確かに刃の部分は脆いが、この機械仕掛けは非常に精巧に作られている。おそらくなのだが……」
俺はイレイラでクロノスの持っている機械仕掛けの剣を弾いた。
すると、刃の部分がすぐに外れて歯車が露出した。
「これは?」
「アンドレイアの剣に装備できるようになっているのだな」
「何という技術なんじゃ」
刃のように見えていたのは剣としての体裁を保つための側に過ぎなかったようだ。
「なるほどな、一つの魔剣に二体の精霊が入ってはいけないというわけではないだろう」
それに宿るための部分も存在していることだ。
「……アンドレイアさんの強力な刃に、加減速機能を備えた機械仕掛けの柄。今までに見たことのない魔剣です」
俺は魔剣アンドレイアの柄を外して、先ほどのものと取り替えてみた。
契約の証である結晶が埋め込まれている鍔の部分より下の柄は全て取り替えることができた。
すると、機械仕掛けの歯車が動き出しアンドレイアの刃へと沈み込んでいく。
「ど、どうなっておるのじゃ」
金属を溶かしているかのように沈み込んでいく歯車は不気味さを醸し出していた。。
そして、完成した魔剣は刃が漆黒で、鍔の辺りには歯車が複雑に交錯しており柄には引き金のような物が取り付けられている非常に変わった剣へと変わっていったのであった。
「これで、エレインとずっと一緒ですね」
そうクロノスが俺の耳元でそういうとすぐに機械仕掛けの柄へと入っていった。
「お主、何か言われたのかの?」
「別に気にするな」
「……」
俺がそういうとアンドレイアは無言のまま刃の部分へと戻っていった。
まさか、こうして魔剣が進化するとはな。
こんにちは、結坂有です。
クロノスとアンドレイアは過去に二人で時間を自由に操作して未来を見たりしてきました。
しかし、ある日を境に二人は別々となってしまいました。
今回、その二人がまた一緒になったようです。これからどのようなことが起きるのでしょうか。気になるとこですね。
それでは次回もお楽しみに。
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