脅威は再び
家に侵入してきた三人を撃退した俺はすぐに厨房へと戻った。
厨房ではリーリアが食材を全て冷蔵庫に入れ、買ってきた日用品の取り替えも終わっていたようだ。
「エレイン様、大丈夫でしたか?」
「ああ、妙な人がいただけだからな」
「……そうですか。エレイン様をお守りするのは私の務めでもあります。ですから私もどうか使っていただけると嬉しいです」
すると、リーリアは少し不安そうな表情で俺を見つめてきた。
どうやら俺のことを心配してくれているのだろう。だが、俺とて剣士だ。自分の身ぐらいは守れる。
それに彼女には十分に手助けしてもらっているからな。
「買い物などに付き合ってくれている。それに日用品をよく知っているのはリーリアだけだからな」
「ですが、私も少しはお役に立ちたいと思っています」
「十分過ぎるぐらい役に立っている」
「……んっ」
頭に軽く手を乗せてやると彼女は小さく猫撫で声をあげた。
こうやって頭を撫でられるのはそれほどに気持ち良いのだろうな。
そんな静かな家の中、二人でゆっくりとアレイシアたちの帰りを待つのであった。
◆◆◆
私、アレイシアと護衛兼メイドのユレイナは定期検診のためにとある病院へと訪れていた。
今私が訪れているこの病院は”エルラトラム高度先端医療施設”と呼ばれ、主に負傷した兵士や聖騎士団の人たちのために作られた施設だ。
この建物では最先端の治療を受けられるほか、医療のための様々な研究も行う高度な研究所としての役割も担っている。
「それでは次の方」
その声と同時に私の整理券の番号が映し出される。
「アレイシア様、行きましょう」
「ええ」
そう言ってユレイナが私の体を支えながらゆっくりと立ち上がらせてくれる。
もちろん一人でも立ち上がれるのだが、彼女が支えてくれているおかげで楽に立ち上がれた。
それから案内された診察室に入ると、医師の人が先ほど検査した資料を見ながら何かを考えている。
「……やはり筋肉量は低下していますね」
「悪い兆候?」
「悪くはないですけど、良くもないです。今はギリギリ両足で立てている状態ですが、このままだと片足だけになってしまいます」
感覚がないながらも両足で立てているのは鍛えられていた筋肉があったからだと医師は言っていた。
しかし、その筋肉量が減ってきているのであれば軽く動かすことすらできなくなる可能性があるのだろう。
「そう、いつかは失っていくものだと思ってたし、大丈夫よ」
「剣士として復帰は難しいと思います」
仕方のないことだと思う。
それほどに剣士にとって足というのは重要なのだから。
「神経は戻ったりすることはあるの?」
「神経というものは非常にデリケートなものなのですので、失ったものを戻すことはそう簡単ではありません」
「一応、電気信号など使って筋肉を無理やり動かして鍛えるというやり方もありますけど……」
「今よりもここにくる頻度が多くなるのはやめて欲しいかな」
「そうですよね。痛み止めとして頓服薬は処方しておきます」
そう言って医師は資料にサインをして私に手渡した。
「それでは、お気をつけてください」
そうして定期診察を終えた私はユレイナと一緒に診察室を出たのであった。
「アレイシア様、落ち込むことはありません。こうして私がずっとお供していますから」
医療施設から出ると、私に彼女が話しかけてきてくれた。
「ありがと、でも私にもしなければいけないことがあるからね」
「しなければいけないこと、ですか?」
「うん。フラドレッド家の次期当主としてやることは多くなってくるの。例えば議会に出席したりとか」
今の私が父のようにいろんな場所に出向くことはこの足ではできなくなるかもしれないのだ。
確かに普通の速度で歩けるようにはなったとはいえ、人よりも疲れやすい。
だから、私は一人でもなんとかして普通に歩けるようにはなりたい。こうしてユレイナやリーリアに助けてもらわなくても。
「ですが、それは不可能なのですよ」
「どういうこと?」
「アレイシア様はこの国でも重要な貴族家系の娘ですけど、一人の人間です。欠点のない方がおかしいのではありませんか」
そう言ってユレイナは私の前に立って真っ直ぐ私の目を見つめてきた。
「誰でも完璧になりたいと思っています。それでも誰も完璧になんてなれないのですよ。アレイシア様は自分ができることをするべきだと思います」
「自分にできること?」
「はい。アレイシア様は今まで聖騎士団として活躍してきました。多くの信頼を得たことで誰かに頼れるようになっています。それは足が不自由だからと言って失うようなものではないのです」
すると、ユレイナは私の手を取りぎゅっと握りしめてきた。
それは信頼を示している。彼女の手の温もりは私に対する信頼の強さを表しているようだった。
「……ありがとう。今までもこれからもよろしくね」
「ええ、こちらこそ」
ユレイナの言葉で無理をしなくてはと思っていた自分に少し余裕が出てきた。
安心したというか、何か自分の中で枷となっていたものが外れたような気がしたのだ。
「……っ!」
すると、目の前の彼女が鋭い目で周囲を見渡している。
「どうかしたの?」
「いえ、誰かに見られているような気がして……」
「ん?」
私も周囲を見渡してみるが、そのような人は誰もいない。
「妙ですね。私の聖剣は反応を示しているのですけど」
ユレイナの聖剣ベアシゲルは視線を感知する能力があると言われている。視線を感知することで相手のほんの一瞬の隙を狙った攻撃ができるというものだ。
聖騎士団時代はその相手の意識の隙を狙った一撃を連続した剣撃の中に混ぜ込む彼女独自の剣術は一対一での戦いに優位に立てた。
そんな彼女の聖剣がどこからか視線を感じているというのなら、間違いないはずだ。
「警戒を強めて帰りましょう」
「……そうですね」
それからしばらく歩いていると人気の少ない路地に入った。
ここを抜ければ人通りの多い場所に出る。
そんな路地を警戒を強めて歩いていると後ろから男性のような声が聞こえた。
「学院の場所を教えてくれないか?」
その男の言葉にユレイナはかなり警戒している。
「えっと、学院はこの奥の大通りを西に進んだところにあるわ」
私は親切にそう伝えると、男性は小さく頭を下げて礼を言うと私たちの横を通り過ぎようとした。
「っ! アレイシア様!」
そう言ってユレイナが私を突き飛ばした。
「ゆ、ユレイナ?」
「……っく、大丈夫ですか?」
私を突き飛ばした彼女は腹部に大きくはないが、鋭い裂創を受けていた。
それから男性の方を見ると、手元には小さなナイフのようなものを持っていた。
先端が爪のように曲がっているカランビットと呼ばれるものだ。
その形状から相手の肉を抉るような攻撃ができる。
「それにして、俺の攻撃を察知する奴が多いなぁ? この地区はよぉ」
「あなたは一体?」
「俺か? 教える義理はねぇよ!」
「ふっ!」
すると、ユレイナが聖剣を引き抜いて私の襲いかかってきた男の攻撃を受け止めている。
男の攻撃を防ぐたびに先ほど深く抉られた裂創から血飛沫が飛ぶ。
「へっ、出血の能力で体力がなくなっていくだろ?」
「これぐらい……大丈夫」
あの男のナイフ、聖剣なのだろうか。
もし聖剣だとして、出血の能力を持っているのはシルベクレフ。
「あなたの聖剣、シルベクレフなのでしょ?」
「気安く俺の名をいうな!」
「っ!」
ビュオン!
その小さなナイフからは想像できないような刃音が聞こえ、それをユレイナが両手で剣を構えて防いでいる。
「ユレイナ、知っているわよね」
「ええ、噂の聖騎士団殺しですね」
その聖騎士団殺しと名高い精霊の噂、相手の実力がわかればこちらも手立ては立てられる。
「ユレイナ!」
「はい!」
私は先ほどまで突いていた杖をユレイナに投げ飛ばした。
彼女はそれを受け取ると、柄の部分を掴み仕込まれていた刃先を露出させた。
「ただの金属で俺を倒せるとでも?!」
「ええ、倒せます」
すると、ユレイナの右手に持っていたベアシゲルが無くなっていた。
ドスッ!
鈍い音を立ててその聖剣はベアシゲルの腹部を貫いていた。
「嘘だろ?」
「この一瞬の一撃は重たいものです」
そう言ってユレイナは左手でその聖剣を引き抜くと、その精霊は光と共に消えていった。
「っく!」
すると、二つの剣を地面に落とした彼女はガタッと膝から崩れた。
「ユレイナ!」
「かなり出血してしまいましたね」
「待ってね。今すぐ助けを呼ぶから……っ!」
走り出そうとするが、足がいうことを聞かない。
「無理をしないでください。アレイシア様」
「でも!」
「いいのですよ。この程度の傷で死ぬことはありません」
彼女は傷口を手で強く押さえながらゆっくりと立ち上がる。
しかし、出血が激しいのかすぐにしゃがみ込んだ。
「無理をしているのは誰よ」
私は着ている上着を破いてその裂創を締め付けるように巻いた。
「んっ!」
「痛いよね。ちょっと我慢して」
そう呼びかけるが、ユレイナはゆっくりと目を閉じてしまった。
どうやら痛みで気を失ってしまったようだ。
しかし、早く治療をしなければ出血で本当に死んでしまう。
今の私には彼女を抱えて先ほどの施設まで運ぶことはできない。それに誰かを呼ぶにしても近くには誰もいない。
「どうすれば……」
「ここにいたのか」
「え、エレイン?」
私の後ろから声をかけてきたのはエレインであった。
「あの、ユレイナがっ!」
「……重傷か?」
「傷は大きくないけど、出血が酷くて」
「わかった」
すると、エレインはユレイナを抱えて信じられない速度で走り出した。
「え?」
「アレイシア様」
少し遅れて奥からリーリアが走ってきた。
制服を着込んで、すっかりメイドモードになっている彼女は少し息が上がっていた。
「二人ともどうしてここに?」
「予定の時刻よりだいぶ遅れていましたので、心配してここに来ました」
リーリアがそう言いながら私をゆっくりと立ち上がらせて、地面に落ちている二本の剣を拾う。
「こんな早く来れるはずないと思うのだけれど」
「エレイン様の走る速度は異常ですからね。さ、行きましょう」
「……異常ってどういうことよ」
そんなことを呟きながら、私はリーリアとともに先ほどの施設へと向かうのであった。
こんにちは、結坂有です。
これにてこの章は終わりとなります。
ユレイナは頑張って堕ちた精霊を撃退しましたが、重症となってしましました。
そして、なぜアレイシアを狙ったのでしょうか。その点も気になりますね。
それでは次章も戦闘が多くなりますので、お楽しみに。
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