対立する候補たち
昼食が終わり、午後の授業が始まる。
午後は実技を主体に進行していくようで皆は自分の聖剣を引き抜き、構えや型など思い思いに練習をしている。
当然俺はセシルとペアを組むことになったのだが、依然として彼女の高速な剣撃は眼を見張るものがある。
「はぁ、素振りはこれぐらいかな」
小さく息を吐いたセシルは額を汗で湿らせている。
素振りを二五回しただけなのだが、筋肉疲労がかなりあるようだ。
彼女の筋肉は白筋と呼ばれるものがほとんどで筋肉物質を大きく消費する。素早い動きが得意である一方、体力もかなり消耗するのである。
「やはりすぐに疲れるのだな」
「当たり前よ。エレインはどうしてそんなに疲れていないのかしら」
「俺は手を抜いているからな」
すると、彼女はジト目で俺を見つめてくる。
「感心しないわね。訓練でも本気でやらないといざって時に発揮できないかもしれないよ」
「それはそうなんだが、俺の剣術は本気を見せないことが重要だ」
練習でも本気で立ち向かうことで意識がしっかりと保たれ、実戦となった時でも平静を保つことができる。
しかし、それは自分の弱点をひけらかしているようなものだ。
自分の全力を相手に知られてしまうというリスクはかなり大きい。
「それは我流なの?」
「ああ、自分の弱点を知られないために練習でも実戦でも全力をほとんど出す事はしない」
「確かに理にかなっているのか……でも、全力でないと勝てない相手にはどうするのかしら」
どうやら俺が本気を出さない理由について彼女は納得してくれたようだが、それでも疑問点はいくつかあるのだろう。
セシルは首を傾げてそう質問してきた。
「その時は一瞬で方を付ける」
「その一瞬で倒せる自信があるの?」
「俺の全身全霊の剣撃は誰も防ぐ事はできない」
俺がそういうとセシルは顔を赤くして視線を背けた。
「……真顔でかっこいい台詞言わないでよ」
「かっこいい、か?」
「もう、バカなんだから」
彼女はそう言って構えの練習に取り掛かった。
剣を構える際、体の姿勢は一定に保つ必要がある。そうすることで安定した剣撃が可能になるからだ。
だからみんな必死に構えを体に覚え込ませる。
俺もいくつか帝国で型や構えを叩き込まれたことがあるが、一度も実戦で使った事はなかったな。
というものの、俺の戦い方として構えを用いない戦い方だからだ。
「んぁ? なんだと!」
練習場に怒号が聞こえた。
どうやら口喧嘩が起きたようだ。
「何があったのかしら」
その声に練習を中断したセシルは俺の方へと歩み寄ってきた。
「剣の型で二人に相違があったようだ」
練習場の端の方で先ほどまで静かに練習をしていた二人だったのだが、細身のメガネを着けた知的な男の指摘に大柄な男が過剰に反応した。
「この距離から会話は聞こえたの?」
「普通なら聞こえないだろうな」
「……エレインは象か何かなのかしら」
確かに象は数キロ先の音を聞くことができると言われているが、あれは地面に伝わった低い音を足を通して聞き取っているに過ぎない。
俺の場合は単純に聞こえてくる全ての音を正確に聞き分けているため象とは違う。
あの距離であればギリギリ人間の耳に届くが、聞き取るには遠過ぎるといったぐらいだろう。
まぁここで彼女の言葉を否定するのはやめておこう。先程のこともあるし気に障るような事は言わない方がいいだろう。
「もう一度言ってみろよ!」
「何度も言っているだろう。体の軸がずれている。それぐらいわかるだろ」
「あ?!」
すると、セシルは剣を鞘に戻してその二人の方へと向かっていった
俺たちが近付いていくともう1組の男女がやってきた。
「テメェら雑魚が騒ぐんじゃねぇよ」
「ねぇ、ちょっと喧嘩を売るのはやめて」
「エリルは黙ってろ。俺たちの近くで騒がれたら迷惑だろうがよ」
四人が練習場の隅で言い争っている状況だ。
その様子を見てセシルはまた小さくため息を吐いた。
「あれだとすぐに収まりそうにないわね」
「そうだな。かなり怒りに満ちているようだからな」
確かに鎮静化を図るには難しいと言った状況だろうな。
とは言っても周りもその怒号が気になっていまい練習に集中できないのも事実だ。
「なんだ、お前ら」
「は? 俺をしらねぇだと?」
どうやら口喧嘩をしていた細身の男と大柄な男はやってきた男女を警戒しているようだ。
「悪いが、君のような無名の剣士は興味がない」
「ヒョロガキのくせによ!」
「ちょっ」
すると、後からやってきた男が直剣を振り上げ、細身の男に攻撃を仕掛けた。
敵意剥き出しの明らかな攻撃だ。
キャイィィン!
鋭い金属音が練習場を轟かせる。
どうやら細身の男はレイピアのような細い剣でうまく相手の直剣を弾き飛ばしたようだ。
「なっ!」
「この僕に敵意を向けるなど愚か者のする事だ」
「んだと! ……っ!」
すると、弾き飛ばされ倒れた男は立ち上がり反撃をしようとするが、俺が彼の目の前に立った事で攻撃を止める。
「そこまでだ」
俺は腕で立ち上がる男を手で制止し、それ以上攻撃しないようにした。
「二人とも、落ち着いて」
俺の動きと同時にセシルも細身と大柄の男を止めてくれたようだ。
「ちっ、セシルか。でしゃばってくんな!」
「そうはいかないわ。みんなに迷惑がかかっているのがわからないのかしら」
「なんで俺らも止められなきゃいけねぇんだよ。先に攻撃してきたのはそいつだろ!」
「そうね。でもあなたの怒号でこの人が怒ったのも事実よ」
すると、大柄な男はセシルを睨みつけたが、すぐに視線を背けた。
「悪かったな」
俺の方を向いてそう軽く頭を下げた。
あの様子を見ると根は悪い奴ではなさそうだ。
ただ、何かに焦っているような気がする。だから、あんなに気が立っているのだろうな。
まぁ何が彼を焦らせているのかはわからないが、注意すべき相手なのは変わりない。
「あなたたちもすぐに喧嘩腰にならないで」
「んぁかってる」
「ごめんね、セシルさん。ほら、行くよ」
そう言って男女の組も自分の持ち場へと戻っていった。
「グレスとエリルは知り合いだから仲良さそうだけど、さっきのフレッグとディゲルは相性は悪そうね」
「グレスとエリルはあの男女の組みか?」
「ええ、グレスの剣術評価は六位だけれど、エリルは確か入学時四位の実力だったはずよ」
なるほど、だから剣撃に対しても冷静に避けることができたということか。
「それであのメガネの人がフレッグ、そして大きい方がディゲルよ。彼らも五位と九位の順位だったわね」
「よく知っているんだな」
「これでも私に釣り合う人を探すのに色々調べてたからね」
そう言って自慢するようにセシルは胸を張った。
別に自慢するようなことでもないような気がするが、まぁそこは無視しておくとしよう。
それにしても四位、六位のペアと五位、九位のペアか。
「どうかしたの?」
「いや、四人とも立ち方が似ているなと思っただけだ」
「……よく気付いたわね。あの四人はクレベスト流の四大派生剣術の人たちよ」
そういうことなのか。
午前の授業で教えていたが、最古の流派としてフェレントバーン流とクレベスト流の二つがあった。
フェレントバーンが一番派生として大きく展開していたが、クレベストは指で数えれるほどしか派生していなかったな。
その中の四大派生剣術となればそれなりに強いものなのだろう。
「それでよく似ているのだな。派生と言っても他の剣術からそこまで影響を受けていないように見える」
「確かに歴史的にそうだわ。クレベスト流が派生したのは本家の跡取りが幼くして亡くなって絶家したためよ。それまではどことも影響を受けず、独自の進化を遂げていたの」
跡取りが死んでしまったが故に流派が途絶えたということか。
こう言った事はよくある事らしいが、俺としては少し悲しい気持ちになる。
続けてセシルは派生したのは分家の人たちで、時代の流れに乗り遅れないようにするためだそうだ。
基本的な型は同じだが、使う武器によってその立ち回りや利用法を変えているようだ。
「そうか。お互い知り合いではなさそうな言い方だったからな。同じ流派とは思えなかった」
すると、彼女は少し複雑そうな顔をして考えた。
「派生させたのは分家だって言ったわよね。多分だけど、お家も仲が悪いのかもしれないわ」
どうやら家絡みで因縁があるのだろうか。
道理でディゲルが焦っているように見えるのが頷ける。
入学時の順位で九位と他の三人と並んでいるわけではないからな。少しでも追いつこうと必死なのだろう。
「勉強になった。ありがとう」
「気しないで、これも教え合いよ」
パートナーという事はそう言った関係なのかもしれない。
お互いに相手のことを考え、行動する。
そんな良好な関係がセシルと長く続けたい。
こんにちは、結坂有です。
急遽二本目の投稿となりました!
エレインとセシル以外の組もどうやら対立が起きているようです。
果たしてこれからどのようになっていくのでしょうか。気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに。
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