狙われた裏の情報
私が確保した聖騎士団の団員は今、目の前で牢屋に閉じ込められている。この場所はもともとルージュたちを閉じ込めておいた場所だったが、今は使われていない。
ただ、こうして聖騎士団の一員を閉じ込めることになるとはここに来た時の私は想像すらしていなかっただろう。事の重大さによっては彼はエルラトラムで重い処分を受けることになる。最悪、剣士として活動することすらできなくなるだろう。
それにしても、彼はまだ目を覚さない。私が少し本気で殴ってしまったこともある。それでも、流石に長い気がする。
「リーリア、他の団員たちにも聞いて回ったのだけど、彼はなぜか単独行動をよくしていたようね」
見張りを続けていると、他の聞き取りを終えたミリシアが私のところへとやってきた。
彼女の報告によるとどうやら団員とは別行動をよくしていたとのことだ。
それなら誰かに何かを吹き込まれたとしても不思議ではないか。しかし、それでも聖騎士団がそのようなことをするとは考えられない。
何か事情でもあったのだろうか。
そんな事情を聞こうにもまだ気を失ったままなのだとしたら、聞き出すこともできない。それに私の魔剣を使うことすらもできない。
「……そうですか。困りましたね」
「他にも協力者がいれば何か分かったのかもしれないけれどね」
「ここは彼が目を覚ますまで待つしかありません」
「とりあえず、問題のある人は確保したわけだし、メフィナたちと合流する?」
そう彼女は他にも問題が起きていないか確認するために王女のいる部屋へと向かうのか聞いてきた。
当然ながら、そうしたいところではあるが、私個人としてはもう少しだけ他の様子も見ておきたいところだ。
聖騎士団に裏切り者がいたのだとしたら、もうすでにこの城の警備をしている人も怪しいのではないだろうか。確実な根拠があると言うわけでもないが、それでも安全だと言う確証があると言うわけでもない。
それなら、今自由に動ける自分たちで行動する方がいいのではないだろうか。
「王女様のことは彼女たちに任せましょう。聖騎士団だけではなく、この城の警備隊にも声をかけてみませんか?」
「……警備隊にも取引をしている人がいるか、ってことかしら」
「はい。少し嫌な予感がするのです」
私の勘ではあるものの、確認しないよりかは自分たちの目で確かめた方がいいだろう。
「分かったわ。確かに考えてみれば警備隊も怪しいからね」
「ミリシアさんもそう思いますか?」
「ええ、聖騎士団ともあろう人間がそう簡単に情報を渡したりするわけがないもの」
警備隊も怪しいと彼女もそう思ってくれたようだ。
それに彼らが駐在している部屋は王女の二人がいる部屋に向かう途中にある。それならちょうど確認するにはちょうどいいと言ったところだろう。
「それでは、行きましょうか」
「そうね」
牢屋のある場所から私たちは離れて、大廊下へと向かう。
当然ながら、まだ妙な緊張感がこの廊下を歩いているだけで漂ってくるが、それはどうやら裏切りがあっただけではなさそうだ。主な原因はやはり城周辺の異変のことだろう。
聖騎士団の人たちも私たちの情報が取引に使われていると言うことを知ったことで、非常に驚いていた。それだけではなく、他にもいるのではないかと言った疑心すらも生まれていた。
もちろん、他に嘘を言っていたり、動揺している人は他にいなかったことを私が伝えたら、すぐにその疑いの空気は収まった。ただ、それでも完全に信用できる状態ではないと言うことは確かだ。
とにかく、今は警備隊の調査に集中することが先決だ。
しばらく廊下を歩いて警備隊の集まる部屋へと入る。
今朝の騒動もあってこの部屋ではピリ付いた緊張感が漂っている。
それもそのはずで、彼ら警備隊は王家を守護する存在だ。王家を第一に考える彼らが魔族の軍勢がすぐ迫っていると知れば自然と緊張も高まることだろう。
ただ、そんな緊張感の中に明確な殺意のようなものが含まれている。それはどうやら私たちに向けられているらしい。そのことはミリシアもよくわかっているのか、次第に表情が険しいものへと変わっている。
私は歩くのを止め、彼女へと話しかけることにした。
この尋常ではない殺意の中、このまま進めば戦闘になる可能性が高いからだ。
「……ミリシアさん、お気づきかもしれませんが、警戒された方がよろしいかと思います」
「そうね。ここまで強い気配は普通じゃない」
「少なくとも私たちに協力してくれている警備隊ではなさそうです」
私たちは警備隊のいる部屋の近くにいるものの、この部屋の中から殺意は感じない。警備隊ではない何者かが私たちに対して殺意を向けているようだ。しかし、彼らでなければ誰だと言うのだろうか。
「親衛隊……」
そうミリシアが小さく呟くように言った。
その言葉を言った彼女はなぜか驚いたような表情をした。
「どうかしましたか?」
「王族を守る親衛隊は死んだとばかり思っていたけれど、もし生き残っていたら……」
「まさかと思いますが、親衛隊が私たちに敵意を向けていると思っているのですか?」
「ありえない話ではないでしょ」
確信があるのか彼女は強い視線で私を見つめる。
親衛隊が向かうとすれば、王女のいるであろう部屋だがすぐにでも向かうべきだろうか。
いや、親衛隊である以上王女姉妹に危害を加えるとは思えない。緊急性がないのだとしたら後回しにする方がいいだろうか。
「でしたら、王女のところへと向かう方がいいのですか」
「そうしましょうか。一応ここまで来たわけだし、警備隊の様子を少し覗いてからね」
やはり緊急ではないのか、彼女はそう言って警備隊の駐在している部屋の扉を開いた。
◆◆◆
私、メフィナは聖騎士団の裏取引についてリーリアたちとは違った方法で調査をした後、王女姉妹のいる部屋へと向かっていた。
聖騎士団の中で取引に応じた人はどうやら三人らしいが、直接関わっていたのは一人のようだ。その辺りはリーリアとミリシア様がどうにか対処したのだろう。次に考えられるのは王女姉妹の親衛隊だろう。彼らは先の魔族によって全滅させられたと聞いていたが、それも確証があるわけでもない。
仮に生き残っていたとすれば、王女姉妹のところへと向かうはずだ。それに彼ら親衛隊ならこの隠れ城に侵入するのも容易だろう。
「メフィナ、これって王女二人が危ないって認識でいいのかな?」
「王女様はおそらく関係ないはずです。ただ、その親衛隊と呼ばれる人たちがまだ生き残っている可能性があるだけです」
「……つまり、その親衛隊が裏切り者?」
「ある意味ではそうなのかもしれません。とはいえ、それも全て可能性の話です。憶測で決めつけるのはいけません」
「それもそっか」
そう入ってみるものの、私としてもその親衛隊が王女を裏切るようなことはしないと考えている。何らかの誤解があるのかもしれない。
仮にその誤解が解けたとして、それでも彼らは聖騎士団を信用すると言うのだろうか。この国はあらゆる面で見てもエルラトラムに敵対心を抱いている。聖騎士団の実力に懐疑的な人間はきっと多いはず。
聖騎士団を迎え入れていると知れば、それは彼らからすればあまりいい思いはしないと考えている。寛容な人なら対立しなくても済むのだけれど。
それから私たちは王女姉妹の部屋へとたどり着く。
昨日会ったばかりと言うことで二人は快く部屋の中へと招き入れてくれた。
「……外で何かあったのですか?」
私たちを迎え入れるとジェビリー王女がそう質問してきた。
彼女たちも流石にこの異変のことには気付いている様子だ。ここで隠し通す理由もないため正直に現状を伝えることにする。
「はい。魔族と決まったわけではありませんが、警戒態勢に入っています」
「私たち王女の指示もなく、ですか」
「事前に報告がなかったことも申し訳ありません。こちらとしても事情と言うものがあります」
リーリアの話によれば、裏取引の内容が判明するまでは王女姉妹には連絡しないよう言われていた。理由は聞いていなかったが、第一に混乱が生じないよう配慮したのだろう。加えて、取引相手を誘い出す目的もあるのかもしれない。
ただ、見たところ二人がその取引に関して何か知っている様子でもないことから本当に無関係なのだろう。
だとしたら、取引の内容は一体何だったのだろうか。
「わかりました。聖騎士団を信じます」
状況だけに彼女の目は真剣そのものだ。その表情はやはり王女と言うに相応しいと思う。
「裏取引のことは聖騎士団の問題は即ち私たちの問題と言うことです。王家として何か役に立てることはありますか?」
「すでに小さき盾と剣聖であるエレイン様が動き始めています。王女殿下ができることは混乱が生じないよう見守るだけで十分だと思います」
「……そうですか。警備隊も聖騎士団に対して好意的でない人も多いと聞きます。この状況で隊を動かすのは下策と言えますね」
ラフィン王女の言うように警備隊を動かすのはかえって混乱を生む結果となるだろう。
そんなことを考えていると部屋のどこかに亀裂が入ったような、そんな小さな音が聞こえた気がした。
「……テラネア、何か聞こえなかった?」
「微かにね。暖炉の方から……」
そう彼女が指差した直後、大きな音を立てて暖炉の中から男の人が出てきた。
多少煤だらけではあるが、その服は親衛隊の紋章が編み込まれている。
「……我陣に堂々と侵入するとは良い度胸だ」
「え?」
「待ってください。スミール特級剣士」
「待つも何もありません。ここは私に任せて王女殿下はお逃げください」
「この人たちは仲間で……」
「はぁああ!」
ジェビリー王女の制止を無視して彼は聖剣を振り上げ私たちへと攻撃を始める。
魔族との戦闘経験がある上に剣術競技で高成績を残しているであろう特級剣士。それに彼は私たちを殺すつもりで襲いかかってくる。聖剣もあるため剣を交えるのは危険だ。
相手の剣が私たちへと襲いかかる。
上下左右からその勢いを殺さず感情に身を任せるかのような攻撃だ。無論、避けやすいとは言え、相手が聖剣であると言う点は忘れてはいけない。
その点では私たちは圧倒的に不利と言える。
「戦闘の腕があったとて、この聖剣の前では無駄なこと」
「——っ!」
彼は剣を翻すと同時に一気に気配が強まる。肌が痺れるような感覚は死の前触れ。この感覚はしばらく感じていなかった。
「メフィナっ!」
「大丈夫」
一体何が私の左右を掠めたと言うのだろうか。咄嗟に避けていなければ両腕は無くなっていただろう。
これが聖剣と言う力らしい。一瞬の気の緩みが生死を分けると確信した。
「……初見で避けるとは、只者ではないな」
「スミール! そこまでです」
「ジェビリー王女殿下、貴方はこの私が命に代えてでもお護りします」
「この人たちは客人です」
そう彼女が説得しようとするものの、激昂している彼を言葉で難しいようだ。彼に一体何があったのかはわからないが、今は彼を止めることを最優先とするべきだ。
「王女様、私たちなら止められます」
「……構いません。お願いします」
その言葉を聞いてから私は腰に携えている剣を引き抜く。
もちろん、この剣は聖剣と言うわけではない。それでも人間相手であれば、殺傷することは可能だ。それが聖剣使いであったとしても同じこと。
「ふっ!」
私が一気に駆け出すと同時に周囲の空気が私へと集まってくる感覚がする。エレイン様が得意とする技、私が見様見真似で再現したこの技をスミールへとぶつける。
「くっ」
下方向から迫る剣に若干の焦りを見せる彼だが、すぐに防御姿勢を取り反撃へと出る。
私が意図した結果ではないものの、それでも私は攻撃を変えない。今回は相手を殺すのではなく、無力化すること。致命打とならなくても問題はない。
ギャリィン!
一瞬だけ、剣同士を掠める。それで刃の方向を変えたと同時に私は一気に相手の懐へと潜り込むように入る。
「なっ!」
私は剣を捨て体当たりで相手を吹き飛ばす。
それと同時にテラネアが駆け出し、相手の持つ聖剣を蹴り飛ばすと首元へと剣先を突き出す。
「バカな……」
「スミール特級剣士、あなたを拘束します」
「王女殿下っ、一体何をっ!」
「少しは落ち着いてください。何があったのか、後で詳しく聞かせてもらいます」
そう言って彼女は近くにあった紐で彼の両腕を縛る。
それと同時に背後の扉が開いた。
「さっきの音はっ!」
入ってきたのはミリシア様とエレイン様のメイドのリーリアだった。
「二人が対処してくださいました。問題はありません」
「殺意が強くなったから何事かと思ったけれど……」
「私たちなら大丈夫です」
私はそうミリシア様に伝えると彼女はどこかほっとした様子で胸を撫で下ろした。
こんにちは、結坂有です。
エレインと別行動中のリーリアとメフィナたちですが、この城の中でも色々と問題はありそうですね。それに生き残りの親衛隊が他にもいるようです。
彼らが今後何をするのか、裏取引と何か関係があるのか気になるところですね。
(二人分のエピソードを詰め込んだため、少々長くなってしまいました)
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマ、いいね!なども大変励みになりますので、押してくれると嬉しいです。
X(Twitter)やThreadsではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
X(Twitter)→@YuisakaYu
Threads→yuisakayu




