裏切りの刺客
私、リーリアはエレイン様と別れた後、ミリシアと一緒に城の中を調査していた。
メフィナたちは彼女の指示を聞いて王女の部屋の警備へと向かったそうだ。当然ながら、魔族と取引した聖騎士団が何を企んでいるのかは全くわからないが、王女の安全を確保するのは当然と言えるだろう。
ただ、ミリシアはどうやら王女の暗殺などではないだろうと踏んでいるようだ。もちろん、私も聖騎士団の中にそのようなことを考える人はいないと思っている。理由としては聖騎士団ともあろう人間がドルタナ王国の王女を狙う意味がないからだ。
聖騎士団の団員ということで権力こそ確かにないものの、地位はエルラトラムでかなり高いもののはず。他国の要人である王女を狙うとは考えられない。
それなら何だろうか。魔族との取引するとしたらどのようなことが考えられるだろうか。
「リーリアは今回の件をどう思ってるの?」
城の大廊下、私たちは周囲を警戒しながら歩いているとそうミリシアが話しかけてきた。
「私の意見ですか。私は魔族絡みと考えていますが、それはおそらく王女の安全を脅かすものではないと思っています」
「……そうね。私もそう考えてるわ」
「ただ、そうでないとしたら取引の目的は何だったのでしょうか」
「気になるところだけれど、個人的な恨みでこのようなことはしないと思うわね」
「どういう意味ですか?」
すると、彼女は立ち止まって、私の方へと真剣な眼差しを向ける。
「……ドルタナ第二王女との婚約を発表したわよね。それも剣聖であるエレインとの」
「まさか、婚約の恨みだと思っているのですか?」
「あんなに可愛い王女様だったら恨み嫉みがあってもおかしくないわ」
彼女のその真剣な眼差しからその発言は冗談ではなく、考えられる可能性の一つだと確信しているようだ。
確かに彼女もエレイン様に対して好意を寄せている。彼女としてもそう言った嫉妬のようなものを持っているのだろうか。
「仮にそうだとしたら、おかしくないですか?」
「何が?」
「そんな嫉妬で剣聖を脅かしたところで、その方の目的は達成されないのではないでしょうか」
「そうかしら。後先考えないものだったとしてもそれを実行させたいと本気で思わせるのが嫉妬というものだと思っているけれど」
彼女の言うように嫉妬と言うものは本当にどす黒い感情ではある。どうしようもない湧き上がる溶岩のような熱く粘度をまとったその感情に対処するにはそう言った作戦を実行するしかないのだろうか。
そもそもこんなことを考える時点で非常に強い嫉妬だと考えられる。それほどにラフィン王女と婚約したい人がいるのだろうか。いや、前提が間違っているのだろうか。
今回の件、聖騎士団からエレイン様が狙われる理由は何一つないように思える。そう考えていたのが間違いだったのだろうか。
「エレイン様が狙われていると言うことなのでしょうか」
「ま、婚約の件とは全く関係ないかもしれないけれどね。元々エレインに恨みを持っていたのだとしたら、魔族と取引するのも無理はないかもね」
そんなことを考える聖騎士団がいるとは信じたくはないが、確かに彼はエルラトラムにいた時からそんな風に狙われていたことがあった。
今回の遠征はアドリスによって厳選された聖騎士団の部隊だ。あのアドリスが信頼できると思っていても、裏で何を考えているのかは人間である以上わからない。
厳選された部隊だったとしても一人ぐらいはそのような裏切りの意思を持っている人がいたのだろうか。もしそうだとしたら、それはエレイン様だけでなく、小さき盾であるミリシアやアレクも同じく危険な状況なのだと考えられる。
あえて、ラフィン王女との婚約が原因では、と彼女が言ったのは私に余計な心配を増やさないための配慮だったのだろうか。
「ミリシアさん、私は大丈夫です。今回考えられる最悪な状況とは何でしょうか。エレイン様の危機だけではないと思います」
「はぁ、最悪な状況は聖騎士団ごと私たちを陥れることね。王女を誑かす必要はあるけれど、証拠を集めれば……作れば問題なく進むと思うわ」
「作ることができれば、それが魔族との取引と言うことですか?」
「確証はないし、そんなことをしたら大混乱になるでしょ? 聖騎士団だし、そんなことはしたくないだろうしね」
つまりは聖騎士団ではなく、なり振り構わず作戦を取れる人間ならそう言ったことをするかもしれないと彼女は考えているようだ。
王女に嘘の情報を、それも真実味のあるものを提供してこの国を混乱状態にさせる。
そんなことをして得をするのは一体誰なのだろうか。
「とにかく、王女の部屋にはメフィナたちが向かったことだし、安全だとは思うけれどそれ以上のことはわからないわ。私たちは城の異変に構えるべきよ」
「……そうですね。私たちから動く方が問題なのかもしれません」
どちらにしろ、私たちは後手に回ってしまったのだ。相手の行動を深読みして的外れな作戦を取るのはリスクと言える。聖騎士団の団員を信用できない今、私たちは常に数的不利の状況だ。
こんな状況で無闇に行動するのは危険だろう。
「ミリシアさん、次はどうするのですか?」
「警備隊に問題がないのなら、聖騎士団のいる場所に行くべきね」
「相手の思う壺ではないでしょうか」
「私たちが動いていることを裏切り者に見せるのよ。そうすれば、向こうから何か仕掛けるでしょ?」
「誘い、と言うことですか」
「ええ、少し荒っぽい作戦だけどね」
もちろん、そのことはミリシアも承知の上のようだ。とはいえ、今回は相手の心理状態を分析できる私がいる。
こうした荒っぽい作戦であっても問題なく対処することができる。
本当に裏切り者が聖騎士団にいるのなら、私の魔剣が必ず何らかの反応を示すはずだ。
それから私たちは聖騎士団のいる兵舎へと向かうことにした。
聖騎士団の他に何人かの警備隊がいるが、それは今は無視するとして、この中に私たちの情報を魔族に流したのであろう裏切り者がいるのかどうか、探る必要がある。
「……アドリスはどうやらいないみたいね」
「そうですね。今朝は特に予定などなかったと思うのですが」
「とりあえず、聞いてみるしかなさそうね」
とは言っているものの、彼女としてもどう聞き込みをしたらいいのかわからないようだ。
当然、私もどう聞き回った方がいいのかわからない。
私は改めてここで休んでいる聖騎士団の団員を見てみる。何人か私のよく知る団員がいるようだ。
アドリスの信頼できる人、と言うことは彼の同期である可能性が高い。そして、彼の同期であると言うことは私の同期と言うことでもある。それなら私もミリシアに倣って荒っぽい行動に出たとて問題はないか。
団員のほとんどが私の本性など、とっくに知っているのだから。
バンッ!
私は強くテーブルを叩いて、聖騎士団の注目を一気に集める。
「ちょっ、リーリア?」
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「誰かと思えば、あの無敵娘じゃねぇか。何だよ、聞きたいことって」
「この中に小さき盾の情報を流したって人がいるみたいなんだけど、何か知っていることはない?」
聖騎士団時代の私に戻って、そう彼らに質問をした。
エレイン様にメイドとして向かうと決まった時、私はブラドから散々その口調をどうにかしろと言われた。
最初は魔剣の力を使って口調を整えていたが、今となっては自然とできるようになった。
またこうして荒い言動を取ることになるとは思ってもいなかった。でも、ちょっとは楽になった気がする。
「おいおい、俺らの中に裏切り者がいるってか?」
「変な噂を流さないでくれよ。今の俺たちは士気が高いんだ」
確かにそうなのかもしれない。今までの作戦で大きな失敗はなく、この任務も終わりを迎えようとしている。
無論、魔族の大軍が近くにいると言うのは彼らもよく知っている。
その大仕事さえ終われば、エルラトラムへと帰れるのだから彼らとしてもさぞ士気が高まることだろう。ただ、そんなことを言ってられる状況ではないのも事実だ。
こうして裏切りの取引があったと言う情報があれば、彼らとて黙ってはいられないだろう。
エレイン様を害するものは私の同期であろうと許すことはできないのだから。
「この私が噂を信じるとでも? 魔剣をかけて、そうではないと誓うわ」
そう言って私はスカートの中から荒っぽく魔剣をテーブルへと雑に置く。
下着が見えようが関係ない。今の私は聖騎士団時代の無敵娘なのだ。
「……おい、お前ら。小さき盾や剣聖様の情報を流したやつはいるのか?」
私のことをよく知る人はこの話がただ事ではないと理解したようで、真っ先に他の団員へとそう質問した。
彼のことはあまり覚えていないけれど、私と戦ったことがある人のようだ。
「……」
皆が黙り込んでいると、私の魔剣がほのかに光り始める。
この中に嘘や隠し事をしていると言う証拠でもある。
「マジかよ。本当だってのかっ!」
「——っ!」
動揺した団員を見つけると私は一気に飛び掛かる。
何も心配する必要はない。今の私はエレイン様のメイドと言うわけではない。あの頃の無敵娘などと言われた聖騎士団の私なのだ。
「逃げられると思ったら大間違いね。私を怒らせるとどうなるか、わかる?」
「リーリア、もうその辺に……」
そう後ろから声をかけられるが、振り上げてしまった拳はもう止めることはできない。
「あぐっ!」
「……すっきりしたか?」
「この程度で気を失うとか、有り得ない」
「聖騎士団を辞めてからどこ行ったと思っていたが、その調子は変わってねぇようだな」
「何?」
「いや、さっきからスカートが捲り上がってな。お前のパンツが……ぐっ!」
私は彼の言葉にサッと素早くスカートを整えると思いっきり彼の丹田へと膝蹴りを喰らわせる。
「見なかった、いい?」
「……ああ、記憶から消しておくよ。お前らも見なかったよなっ」
「も、もちろんだ」「俺は何も見てねぇからな」「し、白とか、知らないからっ」
「淡いピンクだろ、バカっ」
何人かよくわからないことを言っているが、私は無視した。
小さくため息を吐いた私は次第に羞恥心のようなものが込み上げてきたものの、それは魔剣の力で無理やり抑えることにした。
そんなこともあったが、私たちの情報を流したとか言う聖騎士団の団員は捕まえることができた。
あとは彼が目を覚ますのを待つだけだろう。
「リーリア、昔はこんなだったの?」
「昔? 何のことでしょう」
「……やっぱり怒ると恐いのね」
「ふふっ、私は私ですよ?」
今も昔も、私は私だ。大きく性格が変わったわけでも何でもない。
ただ、真に護るべき存在を見つけただけに過ぎないのだ。
こんにちは、結坂有です。
どうやら聖騎士団や小さき盾たちの情報を流した張本人を捕まえることができたようですね。
それにしても、リーリアの過去も気になるところです。彼女の豹変ぶり、少し驚きでしたが、それも魅力の一つですよね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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