剣聖に執着する者
ルージュと合流してからも俺たちは森の中を進んでいくことにした。
もちろん、危険と言うことは承知の上だ。それに敵が罠を張っているという可能性だってあるだろう。それでも俺たちを監視する何者かの正体が気になるところではある。
それに、これ以上問題を放置することは許されない。
「お兄様、アギスさんと見られる影を見失いました」
そう言って、彼女は俺に報告する。
俺たちから離れる影があると彼女は言っていた。ルージュの話によるとそれはどうやらアギスのようだ。
彼はこの国でどのようなことをしているのか詳しくは知らないが、王室関係組織とは独立して何らかの調査をしているのだろうか。それなら俺たちを監視する必要などないはずだ。
「そうか。おそらくだが、彼は俺たちと敵対したいわけではないのだろう。彼なりに何らかの調査でもしていたのかもな」
「確かにそうかもしれないね。彼が敵対するとは考えられないよ」
アレクも俺と同じことを考えていたようだ。アギスがミリシアたちに協力したと言うのは聞いていた。それだけでなく、彼は王女の婚約発表の際もうまく立ち回って情報を広めてくれた。
俺たちの事情と言うのも彼もよく知っているのだからな。敵対する理由は一つもないように思える。
「それにしても、僕たちを監視していたのは何だろうね」
「……魔族化」
「なんだ?」
「アロット、魔族化を持ち掛けて人を動かしているって話があるわ」
アギスも似たようなことを言っていたな。
防壁防衛隊長の一人が魔族化の施術を受けていたというのは記憶に新しい。もちろん、彼一人だけではないはずだ。
他にも彼と同じように魔族の言いなりになっている連中は少なからず存在することだろう。
「それは何人ぐらいか、わかるか?」
「流石に詳細な情報までは知らないわ。でも、十人くらいはいるんじゃないかな」
「なるほど。それは厄介だね」
「それも幻影を扱え……」
そこまで言った彼女は急に考え込み始める。
「幻影を扱えると言うのはどう言うことですか?」
「そのままの意味、もしかして私たちはもう……」
その直後、急に周囲の景色が変わり始めた。それも先ほどとは全く違う場所に来ているようだ。
ここは先ほどの森と言うわけではない。ドルタナ王国の中でもない。防壁の外だ。
「あいつ、幻影結界で私たちを誘い込んだわねっ!」
「ルージュ、帰ることはできそうか?」
「流石にこれは予想していなかったわ。結界でトンネルは作ってないから」
事前に準備をしなければ難しいのだろうか。
そこまで万能というわけではどうやらなさそうだ。それにしても、隠れ城から大きく離れた場所に飛ばされてしまったわけだが、これからどうしたものだろうか。
城の内部を調査してくれているリーリアたちがすぐにこの異変に気付くのは考えられない。
「あら、ルージュ。敵に寝返ったって話は本当のようね?」
すると、どこからか女性の声が聞こえてきた。
寝返ったと言っていることから、この声の主は魔族の、それもアロットとと言うことになるか。
どちらにしろ、姿が見えないのでは誰だかわからないところだが。
「……アロット、全くふざけた真似をしたものね。あの城を結界で囲っていたなんてね」
「ええ、城から出た人間をこうして引っ張り出すことができたわ」
ルージュの質問に声の主はそう答えた。どうやらアロットのようだ。
城の周りを彼女の結界によって包囲し、そこから出た人間をこうして誘い出す。城の内部で感じた異変はどうやら彼女が意図的に作り出していたようだ。
それで俺たちを誘き出せたのなら彼女の罠は成功したと見ていいだろう。
「まさか、エレインを狙って?」
「そうよ? ドルタナ王女は部下に任せて、私はエレインを直接狙うの」
「なるほど、それで俺が来るのを待っていたと言うことか」
「想定外の人間もいるみたいだけど、何も問題はないわ。みんなここで殺してあげるから」
そう余裕そうに彼女は言うが、本当に彼女一人で俺たちに勝てると思っているのだろうか。それともなんらかの秘策でもあると言うのだろうか。
そんなことを考えてみたところで、答えがわかるはずもない。
「俺を殺したいのなら、姿を出してはどうだ? 離れていては殺すこともできないだろう」
「まぁそうね。だけど、あなたたちはすでに私の幻影結界の範囲内。自由に行動できるのかしら?」
「少なくとも今は行動できる。俺を殺したいのだろう?」
俺がそう挑発するように言うと、アイリスは一瞬心配そうに俺の方を向く。
しかし、この手のことはアレクならよくわかってくれることだろう。彼も俺と同じようにまっすぐと声を聞こえる方向へと向いている。
彼なら俺のしようとしていることは予想しているはずだ。
「挑発がお上手なのね。いいわ。ここで三人とも殺してあげる」
アロットがそう言った直後、周囲の様子が一気に変わり始める。
「お兄様っ」
アイリスが俺に合図を出す。
姿は見えないものの、それでも相手の位置はわかる。何も難しいことはない。
相手は俺を確実に仕留めたいと考えている。それなら俺を攻撃してくる方向は決まってくる。
「ふっ」
聖剣イレイラを引き抜き、二本の剣閃が走る。
「あがぁ!」
一人が景色に同化していたのか、倒れ込んでくる。
そして、もう一人も俺から数歩離れた場所で倒れた。
「結界の外から攻撃とか、卑怯にも程があるわね」
「卑怯? これこそが私のやり方よ」
戦術に対して卑怯と言った感情は俺にはない。相手を殺さなければ、自分が殺されると言う状況だ。どんな手を使ってでも相手を殺すと言うのは当然のことだからだ。
しかし、俺を倒すには弱い戦術に見える。
何か裏の意図があるのではないかと考えたくもなる。
相手は上位種であり、それも軍を率いることのできる地位もある魔族のようだ。そんな彼女がこの程度の作戦で俺を倒そうとするのはどうも考えられないからな。
「……やはりね。いいわ。すぐに殺してあげるから」
そう、アロットの声と同時に俺の視界が一気に闇へと飲み込まれる。
そして、自分の体の感覚すらもなくなる。首から下が無くなったかのようなそんな感じすら覚える。
「どう? 動けない感覚は」
「何とも懐かしいものだ」
「一体何を言って……っ!」
この体のなくなるような感覚は何も初めてと言うわけではない。俺が今までどのような訓練を積んできたのか、彼女は知らないのだろうな。
この程度では俺を倒すことはできない。
「剣を持てたからって、いい気にならないことね。これが私の、私の本当の力っ!」
すると、耳を擘くような大きな鐘の音が聞こえ始める。自分が鐘の内側に入っているかのような、そんな感覚すらする。いや、実際そうなのかもしれない。
この鐘の音は彼女が結界を作り出す時の音なのだろうか。
どちらにしろ、俺には関係のないことか。
「ふっ!」
俺は記憶の世界で魔剣を振るう。
もちろん、体が動いている感覚も、目に見えている状態でもない。
全ては自分の記憶の中で失った感覚を再現しているに過ぎないのだから。
ただ、耳が聞こえていると言うのは幸いと言った方がいいか。おかげで相手の心意を読み取るには十分すぎる情報だ。
「っ! どうしてっ!」
「言っただろう。その程度の幻影では俺は倒せない」
「このっ、どこまで私の邪魔をすれば気が済むのよっ」
「一体何のことかはわからないが、もう終わりにしようか」
「終わりにする? 冗談じゃないわ。殺してやるっ」
その声を頼りに相手の行動を予測する。
声が聞こえているあたり、あの頃の訓練よりかはそこまで難しくはないか。ただ、相手が魔族と言うこともあって下手に手を抜くとすぐに首を持っていかれそうになる。
さて、そろそろ終わりにするか。
「ふぐぅあっ!」
アロットの声が俺のすぐ隣に聞こえる。
そして、次第に闇が広がっていた視界が徐々に広がっていく。
左手に構えた魔剣の剣先がアロットの腹部を完全に捉えていた。完全に致命傷となっていることだろう。
「……この、下衆が」
「結界で俺の感覚を無くし、自身の分身で俺に攻撃してきたまでは良かった」
「十数体もの分身を、見えない状況で倒す? それも感覚がない状態で? ありえない」
「悪いが、その言葉は何度も聞いた」
「この私が、こんな奴に——っ!」
そう言って彼女は自ら突き刺さった魔剣を引き抜くと、そのまま地面へと倒れた。
どうやら俺にとどめを刺されるのが嫌だったのだろうか。
「お兄様っ、こんなところにいたのですかっ」
「アイリスか。探させたようだな」
「そうだね。君の挑発はわかっていたことだけど、急にいなくなるとはね」
「悪い。相手の能力が強力だった」
「……本当に倒したの?」
すると、一緒にやってきたルージュがそう俺の後ろに倒れているアロットを見ながら、そう聞いてきた。
「ああ、全力で倒そうとしてきたみたいだがな」
「あの幻影の中で? 分身とも戦ったの?」
「そうだな」
「頭おかしいんじゃない?」
「予測できれば不可能なことではない」
俺がそう言ってみるも、彼女はどこか呆れたように大きなため息を吐いた。
確かに普通であれば、不可能なことなのかもしれない。それでもやれないことはないだろう。事実、俺がこうして生き残っているのだからな。
「とりあえず、周囲の幻影結界はないみたいだね」
「はい。どうやら私たちは城の外を出た時から罠に掛かっていたみたいですね」
「アイリスのせいではない。これは予期していなかったことだ」
「……そう、ですよね。ありがとうございます」
正直なところ、城全体を覆うほどの大きな結界を作ったのだ。彼女としても相当な力を消耗していたのだろう。ルージュの助言がなければ、かなり不利な状況でアロットと戦っていたことになっていたのはいうまでもない。
もし一対一の対面で戦っていた場合、俺はどうなっていたのだろうか。いや、そんな仮定の話など今考えたところで意味はないか。
それから俺たちは周囲に魔族がいないか警戒しながら、ドルタナ王国の方へと戻ることにした。
こんにちは、結坂有です。
エレインに執拗なまでに恨みを持っていたアロットを倒すことができたようですね。
剣聖というのは感覚も目もない状態で十数体もの相手と戦うなんてとんでもないことをやってしまう男のようですね。
ですが、そんな最強の彼ですが、存在するのは一人だけです。
今頃城の方はどうなっているのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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