不安な想い
私、リーリアはドルタナ王国の隠れ城の警備に当たっていた。
私の隣にはアイリスもいる。ただ、魔剣の能力は今は使えないようだ。エレイン様の影に自分の影の一部を潜ませているらしい。
少なくとも私は彼女のように影の世界を覗き見ることができないため、どのようなものなのかはわからない。
ただ、そんなことよりも私は自分でわかるほどに落ち込んでいる。その理由は明らかだ。
エレイン様の従者となるべく帝国で訓練を積んできた彼女の一人に負けてしまったことが原因だ。
当然ながら、私は全力で戦った。一度は追い詰めることすらもできていた。それなのに最後の局面で技術的に負けてしまったと言える。エレイン様やメフィナは引き分けだと言ってくれたが、私としては完全に負けだと考えている。
そのことは言うまでもない。私は魔剣を使っていたのだから。
「リーリアさん、どうかしましたか?」
「……なんでしょうか?」
「あの、私の勘違いでなければなのですが、少し落ち込んでいるのですか?」
どうやら、私の気持ちはアイリスにもわかってしまったようだ。
もちろん、魔剣を使って感情を押し殺すことは可能ではあるが、常にそれをしては精神衛生上良くはない。
それに、ここで彼女に嘘をつく理由もないだろう。
「はい。先の模擬戦のことを考えていました」
「模擬戦のことですか? リーリアさんは善戦していたと思います」
「私は魔剣を使って戦いました。その結果として、メフィナに負けてしまったのです」
「負けてしまったわけではございません。確かに彼女の実力は高いですが、リーリアさんの実力も同じく高いと感じました」
そうアイリスは私のことを評価してくれているものの、その言葉を素直に受け取ることができない自分がいた。
いや、そもそも受け取りたくないとすら考えているのかもしれない。
何もかもが嫌になったとか、そういうことではないのだが、それでも私はその言葉が正当な評価に値しないのではないかと考えている。
「……すみません。素直にその言葉を信じることができないのです」
私がそういうと彼女は私の方を向いて足を止めた。
「メフィナさんを追い詰めた最後の技、偽閃礙斬はリーリアさんの実力があってのことではありませんか? あの技はそう簡単に真似のできるものではございません」
「あの技ですか。練習はしていましたが、完璧なものとは程遠いものだと思っています」
それは事実だ。私がエレイン様の記憶で見た技はあんなものではなかったのだから。
もちろん、その記憶というのは私の最大の罪であり、生涯秘密にしなければいけないようなものだ。
それほどに彼の記憶を含めた情報が重大なのだ。
だからこそ、私はエレイン様を心から慕うことができる。そして、私の行う真似事など、彼にとっては稚拙なものだとも私自身理解しているのだ。
「確かに完璧とは言えないのかもしれません。ですが、私も同じだと言えます」
「同じ、なのですか?」
「リーリアさんはお兄様と同じ技術を得ようと考えているのですよね? ただ、それはそもそも不可能なのです」
彼女の言う通りだ。私はエレイン様の真似をするだけであって、彼自身の技術を会得することはできない。
少なくとも私は彼の記憶にある施設での試練をまともに突破できるわけがないからだ。
そんな超高難度な技を私が真似できているだけでも変な話にすら思えるくらい。
それでも、アイリスは別のことを考えているのだろうか。
「私の意見ではありますが、リーリアさんは自分自身の技術を大事にするべきだと思います」
「私の技術ですか」
「はい。リーリアさんの強みは相手の攻撃を先読みする力です。魔剣に頼らずとも、その力は持っていると私は思います」
私の持つ魔剣は相手の心理状態を分析し、攻撃パターンを予測できることにある。もちろん、それに頼らずとも、私は動きを先読みして戦うこともできる。
流石に魔剣ほどの精度はないものの、学院時代はそれで勝ち上がってきたのだ。
しかし、そんなことは他の人も同じようにしていることだ。精度や練度の差はあれど、大きな強みとは言えないと思っている。
「他の人と同じだと思います」
「いえ、リーリアさんはどこか別の何かを感じます。才能、とでも言うのでしょうか」
「私に才能なんてありません。手に入れた技術は全て訓練の成果です」
「その訓練や練習をしっかりと自分の技に落とし込むことができるのは素直にすごいことだと思いますよ。何も落ち込むことなどないように思います」
アイリスのその真剣な眼差しは私の技術を尊敬しているようにも見える。
彼女の話はあまり聞いたことがないが、きっと彼女も相当な訓練を積んできたのだろう。そのことは彼女の振るう剣に表れている。
仮に、私に何らかの才能があったとしても、それはきっとあのメフィナや彼女の所属する部隊の人たちには劣るように思う。
事実、彼女の技は非常に高度で、エレイン様の面影すらも感じるものだった。
そんな人たちと比べて、私は劣る存在なのだと自覚している。
いつの日か、エレイン様は私のことを不要だと考えるようになるのではないだろうかと、そういった恐怖すらも私を落ち込ませている原因だ。
「……私に才能があったとしても、アイリスさんには絶対に劣ります。それは彼女たちの部隊と比較しても同じでしょう」
「私はそうは思いません。リーリアさんは唯一の存在ですよ。少なくとも、私はリーリアさんが劣るとは考えません」
「本当ですか?」
「いくつか理由はありますが、一番はやはり信念の強さでしょう」
私の信念の強さは魔剣を手にした時点でかなりのものだとわかっていた。それにこの魔剣と血の契約を行った際も、堕精霊は見たことのない信念だと言っていた。
ただ、信念だけでは何も起こらない。
この世界に神は存在するが、その神は通常この下界に干渉することはない。信念の強さだけで立ち向かえるほど、この世界は甘くはないのだから。
「とは言え、それだけでは意味はないと思います」
「意味はあります。お兄様はリーリアさんの信念に助けられていると思います。お兄様にとって、リーリアさんは大事な人と言うことです」
「それは、エレイン様から聞いた言葉ではありませんよね?」
「はい。全て私の憶測です。ただ、私はそうなのだと確信しています」
エレイン様と似た施設で最高成績を取ったことのある彼女がそこまで言うのだからきっとそうなのだろう。
私の信念を彼がどこまで買ってくれているのかは全くわからないものの、よくよく考えてみれば、私のことを大事に思ってくれているのは私からでもよくわかっている。
ここで落ち込んでみたところで、何かが大きく変わることはない。
不安なら私が自分の言葉でエレイン様に確認すればいいだけの話、この話をしたところで私とエレイン様との間に軋轢が生まれることなんてありはしないのだから。
「……少しは元気になりましたか?」
「そう、ですね。まだ不安な点はありますが、エレイン様ともう一度話してみようと思います」
「それはよかったです」
そう笑顔で答えてくれたアイリスに私は元気をもらえた気になった、いや、実際にもらえたのかもしれない。
ほんの少し幼さの残る彼女の魅力はどうやら私にも効果的だったようだ。
「そろそろ戻りましょうか。夕方にはエレイン様も戻ってくるはずですから」
「はい。わかりました」
それから私たちは王女の住まう隠れ城へと戻ることにした。
この自信は魔剣を使って引き出したものではない。純粋に自分の内側から溢れ出るものだ。
私にも強みはある。そのことはエレイン様もおっしゃっていたことだ。
少しは自分に自信を、自分のことを誇ってもいいのだろう。
こんにちは、結坂有です。
リーリアの内にある不安はどうやら解消に向かっているようです。今後、エレインと直接会話することがあれば、きっと彼女は立ち直ることでしょう。
ただ、気になるのは魔族の動向ですね。
一体彼らは何を企んでいるのでしょうか、気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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