主人のための覚悟
テラネアの案内で私たちは近くの宿の方へと向かうことにした。
この宿はどうやら私の仲間が確保してくれていたようで、住んでいるのは私たちの仲間だけのようだ。
元々他の宿泊客がいたようなのだが、それら全てはお金の力で解決したようだ。
そのお金に関しては私たちの活動費と言うことで帝国側が最後に用意してくれていたものだ。
この宿を手に入れる程度のことは容易にできるほどの金額だ。
それにしてもここの宿を手に入れると言うことはそれなりに準備が必要だったはずだ。
「かなり大きな宿だと思います。よく借りられましたね」
私と同じく疑問に思ったのかサリネがそう質問をした。
「元々宿を借りていた人も多くなかったから。貸し出しに関してはそこまで苦労はしなかったわ」
「確かに宿と言うには少し奥まった位置にありますね」
「だからそこまで人は来ないと思う。レナリスもアネミルもそう言ってたし」
レナリスとアネミルも私と同じスティパトール部隊の隊員だ。
幼い頃から私たちは特別な訓練を受けてきた。人とは違ったことも教育されてきた人間だ。
それらは全てエレイン様であったり、彼の仲間の従者としてのものだ。
中でもエレイン様との接触は特に気をつけなければいけないもので、あの赤い石、鬼石との共鳴だけは避けたかったのだ。
エレイン様の力は自然的に発生させなければいけない。共鳴によっての発現は非常に危険だと帝国との教育で何度も言われたことだ。
それは神話の時代の出来事からもよくわかる。
とはいえ、彼の力はどうやら自然的に発現したようだ。特に危険視する必要はないが、暴走だけは避ける必要がある。
なるべく早く彼と会い、従者として彼の弱点の補佐を務めなければいけない。
「じゃ、準備中に魔族に関しての情報はなかった?」
「あったわ。何やら王城が魔族に占拠されてしまったらしいのよ」
「それ、大丈夫なの?」
「被害はほとんどなかったみたい。聖騎士団が対処してくれたみたいだし。だけど、魔族の大軍がこの国の周辺に潜んでいるらしく、危険な状態らしいわ」
詳しいところまでは流石の彼女たちでも調べることはできなかったのだろう。
魔族に関しては極秘事項なのだから当然とも言える。
そもそもこの国に来てまだ数日らしい。その状態で全容を調べられることはできない。
「どうやら魔族の話は本当のようですね」
「私たちも聖剣とかがあったらいいのだけど、そんなことは言ってられないわ」
誰かから強奪すると言う方法もあったが、それは避けたいところだ。
私たちの部隊は目立ってはいけない。目立つことでエレイン様の目に付いてしまうことがあるからだ。
そのことだけはどうしても避ける必要がある。
「何事も穏便に済ませないとね。私たちの後ろ盾はもう消えちゃたから」
「ええ、そこを曲がればもう宿よ」
そう言って彼女が通りを曲がるとそれなりに立派な屋敷が見えてきた。
この屋敷は通りにある建物とは違った雰囲気を漂わせている。若干ながらお城のような印象すらも感じさせる。
ただ、建てられてかなりの年月が経っているのか壁には蔦が伸びており、建物を守るように置いてある彫刻はところどころ欠けている。
「この国ができる前の建物みたいなの。今は宿になってしまってるけれど」
「大切な遺物なのではないですか」
「だけど、前の国は今の国民にとってあまりいい時代ではなかったみたい。だからなんとも思っていないのよ」
歴史的な遺物だとは言っても、それは第三者である私たちから見た視点だ。
この国の視点からすれば、この建物は前代の遺物であって国民からするとそこまで貴重だとも思っていないのかもしれない。
「外見はこんなだけど、内装は普通だから安心して」
「……わかりました」
そんな古めかしい外見ではあるものの、中に入ってみるととてつもなく古いと言う印象はなく、普通の宿と言った感じになっていた。
どうやらフロントの人はいないらしい。
「宿主は鍵だけ渡して別館で待機してもらってるの」
貸し切りとなっているのならわざわざここで接待する必要はないか。
それから簡単に宿の中を案内してもらうとすぐに仲間のところへと向かうことにした。
久しぶりと言うわけでもないのに何故か何ヶ月も顔を見ていないかのような錯覚を感じる。
サリネと一週間ほど二人で行動していたためにそれは仕方のない感覚なのだろう。
あのように別行動することはほとんどなかったわけなのだから。
みんなが泊まっている部屋へと入ると先ほど言っていたレナリスとアネミルがいた。
他の人たちもいるらしいが、今は別行動中らしい。
「おかえり、石は持ってるよね?」
「はい。ここにあります」
「そうっ、よかった」
扉を開けるとすぐにアネミルがサリネにそう言った。
深い紺色の髪を肩口で切り揃えている可愛らしい人だ。
その特徴的な灰色の瞳は相手の癖を見抜くことができるらしい。それに彼女は私とは違ってアレクの従者となるべく教育を受けている。
そして、あの鬼石を見つけ出し回収した本人でもある。
「それより、そこの二人は?」
「レメネス・オルネジアです。覚えていませんか?」
「お前と違ってこいつらとはそこまで交流はしてねぇからな」
「……思い出したっ。いちゃもん付けてくるめんどくさい人だっ」
「事実を言っただけだ」
「それがお節介だと言っているのです」
「そうかよ」
確かに彼は非常に高い技術を持っていると言うのは誰もが知っていることだ。
ただ、だからと言って私たちの訓練にわざわざ顔を出しては変なことを言っていくのはめんどくさいと思われても仕方のないことだと思う。
それでも私は彼に対してはそこまで悪い印象はない。
その理由としてはエレイン様を直接指導したことがあるからだ。彼からエレイン様に関しての情報を詳しく聞けたのは私としては非常に良かった。
「とにかく、ここにエレイン様がいるのは事実なの?」
「ええ、それは間違いないわ。私もあの婚約発表会を遠目で確認したから」
「どこにいるかわかりますか?」
「そこまではわからないわ。王城内に侵入したことがあるんだけど、それでも見つからなかったから」
数日の間にそんなことまでしていたというのは驚きだが、王城内にはいなかったというのはどういうことなのだろうか。
「それもそうだしさ。王女様もいなかったわね。どこにいるんだろ」
「王城には誰がいたの?」
「この国の兵隊とか参謀っていうのかしら。そう言った人たちしかいなかったのよ」
「それは夜中だけ?」
「日中もなの。普通なら王女様がいるはずなんだけど」
この国では違うのだろうか。
それともこの国では違った風習でもあるのだろうか。
いや、それらは考えられないか。考えられるとすればやはり普通とは違ったことが起きているようだ。
とはいえ、そんなことはそう簡単に調べられるわけがない。
「だから私たちはこの宿を拠点にして情報を探ろうとしていたところよ」
「……情報が全くないわけだからね」
「まぁサリネも来たところだし、諜報活動も楽になるわね」
「どういうことだ?」
「相手の情報を知りたいのなら直接相手に聞けばいいだけのことです」
そう、サリネの特殊能力はその金色の瞳にある。
彼女のその瞳は相手のほんの些細な動きを見切ることができる。
表情のほんの僅かな動きを見て相手の話が本当か嘘かを判断するのだ。そんな彼女の能力は諜報において非常に役に立つものだ。
「ま、お前らのやり方はこれ以上何も言わねぇ」
「訓練期ならまだしも、一人前になったのだから文句言わないっ」
「うるせぇのは変わらねぇんだな」
「そんなことないもんっ」
「それより、私はすぐにでも宝剣を探したいのです」
すると、パルルがそう小さく呟くように言った。
「そうだ。この国の宝剣に関しては何か情報持ってない?」
「……そもそもこの国の宝剣がどのような形状をしているのか知らないからね。悪いけれど、知らないわ」
「やはり王城の地下にあるのでしょうか」
「地下?」
「はい。この国の王城はその宝剣を守る砦のようなものです。なので、地下にまだあるのだと思います」
パルルがそういうとレナリスたちが急に考え始めた。
確か調査のために王城へと忍び込んだと言っていた。それなら地下に関して何か知っていてもおかしくはないはずだ。
そもそもこの国がどのような国なのかは全くわからないのだけれど、ここに来る道中を見てみても風習などはしっかりと守ると言った印象がある。
そのことは通りに掲げられた王家の紋章旗を見ればわかることでもある。
「悪いのだけど、その地下には何もなかったわ」
「なんか祭壇みたいなのはあったけどね」
「一度見つかりそうになってじめっとした地下に逃げ込んだの。だけど祭壇みたいなのがあっただけで宝剣らしいものは何もなかったわ」
ということは誰かが持ち出していると言うことなのだろうか。
もしそうなのだとしたら、その持ち主を探し出さなければいけない。
「ってことはかなり面倒なことになるな」
「一個人を見つけ出さないといけないわけですか」
「最悪、この国にないとも考えられるし」
そんなことはないと信じたいのだが、それは希望的観測に過ぎない。
ただ、パルルのことに関しては私のやることにそこまで大きな影響はない。
私は従者としてエレイン様の元に向かうだけだ。
「また別行動になるんだけど、私はこのままエレイン様を探す。だから、みんなはパルルの宝剣に関して調べてくれるかな」
「……怪しまれないように接触する必要があるわよ」
「うん、それはわかってる」
「また別行動って言うわけね」
「すぐに向かおうとしているみたいだけどメフィナは今日ここで休むべきです」
そう私は焦る気持ちに駆られて踵を返そうとしたが、すぐにサリネに引き止められる。
彼女は私が次に何をしようとしているのかわかったようだ。
早くエレイン様に会いたいとはいえ、体に溜まった疲労を回復させないわけには何もできないわけだ。
「……バレた?」
「あとレメネス、あなたも休むべきです」
「元々そうするつもりだ」
「あ、男子は私たちの部屋から一番遠くの部屋ね?」
「誰が男子だ?」
「あんたしかいないでしょっ」
そんないつもの調子に戻りつつあるスティパトール部隊だが、今後どうなっていくのかは全くわからない。
少なくともこの国内で魔族との戦闘になることはないだろう。ただ、怪しまれて目を付けられないようにしなければいけないのは確かだ。
この国にエレイン様がいるのならすぐにでも会って補佐を務めなければいけない。
だからこそ、私は焦っているのだ。
私の理想であるエレイン様がいつの間にか消えていくかもしれないと、そんな不安が私を駆り立てる。
明日から、頑張らないと。
そう私は自分に強く言い聞かせた。
こんにちは、結坂有です。
ついにスティパトール部隊が再集結し始めましたね。
これからのこの部隊の活躍には期待したいところです。
なにせ、あのセルバン帝国の生き残りなわけですからね。とても強い助っ人となるのでしょう。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマ、いいね!なども大変励みになりますので、押してくれると嬉しいです。
TwitterやThreadsではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu
Threads→yuisakayu




