覚醒を待っていた従者
私、メフィナは元々セルバン帝国の特務部隊として動いていた。
当然ながら、私たちは特別な訓練を受けてきた。スティパトールとしての訓練を十分に受けてきた私たちだが、それでも未来の主人となるエレイン様やその仲間のアレクたちの実力には全くもって追いつくことができない。
彼らとは訓練期に一度だけ会ったことがあるものの、共に訓練したことも話したこともない。
当時のことを思い返せば、私たちの部隊も異常な訓練内容ではあったのかもしれないが、それでも不可能というほどのものではなかった。
私の中で一番過酷だったものはやはり機動人形との戦いだった。
自在に動き飛び回る人形を相手に戦うものだが、その動きは人間のものでは全くない。ワイヤーによって高速に動き続けるその人形を鉄剣を使って破壊することが訓練の内容だ。
もちろん、その人形も私たちに攻撃をしてくる。
そしてその攻撃を一度でも受けてはいけない。
エレイン様たちの場合は十体以上を相手していたらしいが、私たちの部隊は三体程度に留めていた。
私でも四体が精一杯だったのだ。それほどにエレイン様やその仲間たちが異次元の戦いをしているのかがよくわかる。
そんな訓練期を終えた私たちは正式にスティパトールとしての教育を受けることになった。
その内容は隊員それぞれ違うものだが、私の場合はエレイン様に関することを教え込まれた。
具体的にはエレイン様の持つ能力とその弱点だ。
彼の実力は報告書を見ているだけでとんでもない成績を叩き出しており、どの点を見ても弱点らしいものは全く見当たらなかった。
しかし、それでも彼は人間の体をしている。それに由来する限界と言うものは存在するのだ。
中でも体力に関する点では通常の人間よりも低いとされている。つまり彼は疲れやすいと言うことだ。ただ、それも彼の場合は高い技術で補い続けている。
手足の感覚がなくとも天性の勘とでも言えるその技で戦うことができる。対複数戦においても彼は異常な成績を残している。
それも彼の技量の高さからのものだ。
その時の彼の動きは全く見たことがないものの、詳細に書かれた報告書を読み込み私は勝手に彼の技を真似ることにしたのだ。
本人の前で私の技は見せたくないものだが、それでも少しでも近づければと教育期間は必死に努力してきた。
そして、その期間の最後、彼の最大の弱点を教えられる。
それは脳へのオーバーロード時に関するものだ。通常の人間の場合、そもそも脳に大きな負荷を掛けたとしても遮断する機能が備わっている。
しかし、それは彼にはないのだそうだ。
常に多くの情報を脳に取り込み、休むことなくそれらを分析し続けている。
それによって体力は著しく失い、さらには誤認知も起きる。
聖剣や魔剣の中には人間の脳に直接負担を掛けるような変わった能力を持つものもある。幻覚などはもちろん、精神に直接影響を与える魔剣なども弱点と言える。
私は従者となるべくそれらの弱点を補えるよう努めてきた。
そのための技術や施術も受けてきた。
脳回路を施術によって書き換え、エレイン様のお役に立てるだけの素質すらも手に入れることができた。
私のこの東雲を思わせるようなオレンジの瞳はその時に生じたものだ。
「メフィナ、心の準備はできていますか?」
そんな過去の出来事を思い返しながら、森を歩いているとサリネが話しかけてきた。
これからエレイン様と会うことになるのだ。
当然ながら、今までのことを反芻するのは自然のことだ。
私は彼が覚醒するまでの間、さまざまな場所に潜伏してきた。それは命令があったからだ。
サリネや他の仲間はあの赤い魔性結石を持つ人間の調査と抹殺を担当していたのだが、私はより重大な任務を与えられていたのだ。
もちろん、何もしていなかったわけではない。サリネたちのサポートもしていた。
「大丈夫よ。こうなる日がいつか来るってわかってたし」
「それよりエレイン様の力の発現は間違いないのですね?」
「ええ、負の強い力を感じたからね」
そう、彼の力は『滅却』と呼ばれるものだ。
滅神から受け継いだその力はこの下界においても非常に高い力を発揮することができる。
創造神が消滅し、理が崩壊した今でもその力は強大なものだ。
私にはその力がどんなものなのかを知っている。帝国の教育期に一度だけ滅神の力を間近で見ることができた。
その時と全く同じ気配がこの王国から発せられた。
エレイン様がこの国に訪問していると言うことはエルラトラムに潜伏していた仲間から報告を受けていた。
だが、この国に単独で入るのは少々難しい。検問をすり抜ける術を私は持っていないからだ。
そこでサリネが来てくれた。先ほどのレメネスには少しだけ嘘を吐いたのだが、これも情報を漏洩させないための演技だった。
「……そればかりはあなたの感覚を頼らざるを得ないのですね」
「証拠は無くなるわけだから、仕方ないよ」
「それより、エレインがこの国にいるのは本当のようですし、レメネスと一緒に行動しましょう」
「本当に大丈夫なの?」
「問題はないと思います。あの国の検閲は魔族の探知が弱いとのことです」
そのことは私たちの仲間の調査というわけではなく、帝国から教えられた知識の中にあったことだ。
あの国は帝国が滅びる直前までエルラトラムとあまり交流をとろうとはしなかったからだ。
聖剣を手に入れるために最低限の貿易は行なっているが、エルラトラムの聖騎士団や聖剣使いの入国は厳しく監視していたそうだ。
そのため、魔族との戦いは聖騎士団とは違った戦い方をしているらしい。
魔族に対する剣術に関しても独自のものらしい。
「とりあえず、あの魔族の子は大丈夫なのよね?」
「そもそも魔の気配を守護の力で隠すことができます。そう簡単には勘付かれないと思います」
サリネの言うようにあのパルルと言う魔族に関してはそこまで危険因子ではないか。
問題は簡単に王国内に入れるかどうかだ。
「それにしても、長いこと私たち隠れていたね」
「エレイン様たちからですか?」
「うん。だって、普通会いたいでしょ」
「……私は少し怖いのです。彼らは人間ではないのですよ」
「でも味方なのには違いないし」
エレイン様も含め、彼らは人間として扱われていなかった。
そもそもエレイン様とレイに関しては人間ではないのだから自然なことだろう。
それに変異個体であるアレクとミリシアも同じ人間とは言い難いものだ。
とはいえ、彼らは私たちと同じ次元で生きているわけではないため、区別されて至極当然のことだ。
ただ、大きな視点で見れば、エレイン様もアレクも同じ人間だと私は思う。普通に接する分には多分私たちと何ら変わりないのだから。
そのことは報告書を読み続けているとわかることだ。地下訓練施設はとんでもないスケジュールで課題が課されるものだが、休憩の時間などは普通の生活をしていたのが何よりの証拠だ。
「それはそうだけど、知らない次元の人たちは少し怖いですよ」
そう言うものなのだろうか。
ともかく、私たちはドルタナ王国へと向かわないといけない。
そのための準備は十分にできている。
私はエレイン様と会ってまず最初に何をするのだろうか。どんな反応をしてしまうのだろうか。
そんなことを考えていると自然と心拍数が上昇していく。
考えたくはないのに変なことも考えてしまう。別に恋をしているわけではないと思いたいのだが、あらゆる症状を見るにおそらくこれは恋なのだろうか。
考え過ぎは良くない。
今はまず検問を無事に通れることに集中するべきだ。
私は邪念とまでは言えない自身の集中を乱す考えを振り払うことにした。
こんにちは、結坂有です。
ちなみにスティパトールと言うのは従者という意味です。
そんな部隊に所属し、特殊な訓練特殊な施術を受けてきたメフィナは今後、エレインとどのような関係になっていくのでしょうか。
気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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