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この思想は伝播したい

 私、パルル・アーデクルトは洞窟の中で隠れていた。

 私としてもこんな不潔な場所で何日も過ごしたくないためすぐにでも移動したかったが、どうしてもそれができない状況でもあった。

 私の足が深く斬り裂かれ、今にも落ちそうなほどだ。

 そう、この傷は聖剣につけられた傷だ。


「……あの野郎、本気で斬るなんてな」


 そんな愚痴を言いながら私の傷を強く縛るようにして止血するのはレメネス・オルネジアという男性だ。

 彼はセルバン帝国の脱走兵でもある。と言っても、脱走するよう命令されたのだけれど。

 その辺りの経緯は今はどうでもいいか。

 問題なのは追手がこれ以上来ないかが心配だ。


「仕方ありません。私が油断したのがいけません」

「こんな可愛いねぇちゃんを殺そうなんてな。紳士が聞いて呆れるぜ」

「人類と魔族は敵対しております。そこに強い憎悪があったとしても不思議ではないでしょう」

「ったくよ。今回はどれぐらい血が必要なんだ?」

「……血、ですか」


 魔族の傷を癒すには人間の血肉を摂取するのが一番手っ取り早い。

 私たち魔族はもともと人間を基に作られた存在、天界に適応できるよう強靭な体などを神から作り与えられた。

 しかし、それも崩れつつある。そう、混沌の時代があったからだ。


「量って言ってもわからねぇか。ちょっと待ってろ」


 そういうと彼は自身の手首へと剣を当てる。


「待ってください。以前もそのような方法で血を分け与えていただきました。これ以上は深刻な貧血症状が出ると思います」

軍人いくさびとってもんはそういうもんだ。気にするほどのことでもない」

「いけません。私はこのままでも死ぬことはありません。しばらくは安静にします」

「つってもこんな洞窟じゃ見つかるのも時間の問題だ」


 彼の言うように追手がいつ来てもおかしくない状況だ。

 近くの別の国に逃げるとしても私たちを受け入れてくれるような国は限られている。

 あのエルラトラムと呼ばれる国に逃げ込むことができればいいのだが、まだまだずっと先にある。

 以前の私ならこれぐらいすぐにでも移動できたのに。


「……私は力を失いつつある身です。それよりもあなたは自身の安全を考えてください」

「気にするな。とりあえず血だけでも飲め」


 そう言うと彼は躊躇もなく自身の手首を深く斬り裂くと流れるようにして大量の血液が滴る。

 それを近くに転がっていた器に注ぐ。


「……本当に大丈夫なのですか」

「一応量は計算しているつもりだ。問題はない」


 彼はある程度血を溜めるとすぐに止血する。


「ほら、飲めよ。少しはその傷を癒せ」

「わかりました」


 一度出してしまった血液はもう体に取り込むことはできない。

 それに頂いた手前すぐに捨てるなんてこともできるはずもない。それなら自身が飲み干す以外選択肢はない。


「……あれから何杯も頂いています。本当にいいのですか?」

「周りの連中が攻撃さえしなけりゃ俺が血を分けなくてもいいわけだがな。そう言うわけにもいかないだろ」

「魔族の手を逃れつつ、エルラトラムへと向かわなければいけません。それが私のすべき最後の仕事になるでしょうから」

「その守護の力をあの小僧に渡す、それまでは死ねないってか」

「はい。完全に失う前に分け与えるのです。そうしなければ、混沌の時代と何ら変わりはありません」


 そう、私の守護の力は非常に強力なもの。そして私はその力に早い段階で覚醒している。

 能力持ちが優遇される初期の段階で私は能力を覚醒させ、地位も自然と向上した。

 そんな時、エレインの復活が魔族上層に知らされる。

 私は使命を感じた。彼にこの力を分け与えなければいけないと。

 ただ、彼はまだ能力に目覚めていないと言う情報も手に入った。それでは力を渡すにしても早い。

 私が計画を考える暇もなくすぐに帝位の連中は帝国への全面攻撃を指示した。

 できることは限られるが、帝国に情報を提供することが最優先だと思った私は目の前の彼を通じて帝国に魔族の情報を詳細に伝えることにした。

 すでに攻撃は受けると察知していたのか帝国は疑うでも怯えるでもなくただただそれを受け入れるかのように頷くだけだった。

 あの時のセルバン帝国の宰相が何を考えていたのかは全くわからない。それはレメネスも同じだったそうだ。

 そこで情報を聞き終えた宰相はレメネスに脱走しろと命令した。

 それからのこと、さまざまな場所でエレインについての情報を探りながら、逃げ回る生活を続けている。

 流石にこれ以上の活動は難しいと言える。


「……俺の仲間と合流できればいいが、今頃どうしてるかわからねぇしな」

「私たちと同じく脱走を命じられた部隊ですか?」

「ああ、どこかでくたばってるってことはねぇ。数も十数人はいたはずだ」

「あの女性ばかりの部隊ですか」


 私でも美少女と思える人ばかりだと認識している。

 ただ、彼女たちがどう言った部隊なのかはまだ聞かされていなかった。


「どう言った部隊なのですか?」

「俺の部隊ってわけじゃねぇ。もともとエレインやアレクの部下となる兵士だった」

「そうなんですね」

「俺ですらその詳細を教えてもらってない。あの宰相のやることだ。碌でもねぇ部隊なんだろうぜ」


 そういえば、エレインたちが教育訓練されていた施設というのも彼曰く、”碌でもない”場所だったそうだ。

 ともかく、彼女たちに協力してもらえるのならそれに越したことはないが、どういうわけか彼女たちとは今のところ出会ったことがない。

 もちろん、どこかで集合すると言う話もしていないため、自然と合流するなんてことは難しいのかもしれない。


「それに、あいつらも何か任務があるのかもな。エルラトラムの記録から漏れた聖剣がいくつかあるらしい。それでも探してんだろ」

「その一つは確か別の部隊に取りに行かせたのでは?」

「そいつはどうやら魔剣って呼ばれる別のもんだ。俺らの研究部が躍起になって調べてたらしい」


 そういえばセルバン帝国はエルラトラムに聖剣生産の技術を提供したことがある。

 その生産において初期のころ、いくつか消えてしまったものがあるらしい。

 当時は魔族に対抗するための手段が限られていたために輸送などの問題で紛失したりでもしたのだろう。

 ただ、それらを探し出すのは非常に難しいはず。

 加えてもともと聖剣を持っていない帝国が安易に魔族領に踏み込むなんてことはできない。


「ともかく、移動できるようになったらすぐにでも出るぞ」

「はい。もう少し時間がかかりそうです」


 もう一度自分の傷口を見てみる。

 まだ深く抉れているものの、徐々にだが治ってきている様子だ。

 あと数時間もすれば歩けるようにはなるだろう。


「にしても、人間からも魔族からも狙われるってのはなかなか厳しいもんがあるな」

「……申し訳ございません」

「ま、文句言っても仕方のねぇことだ。外の様子を見てくる。ここで待ってろ」


 そう言って気怠そうに立ち上がるレメネスは小さくため息を吐きながら洞窟の外へと向かった。

 今まで、彼に何度も助けられた。

 当然ながら彼は聖剣などを持っているわけではない。そのため私が力を分けて魔族とも戦っている。

 これがそう何度も続くことはないだろう。彼の実力は帝国のお墨付きだからと言ってもいつか限りがあるものだ。加えて私の力にも限りがある。

 少しばかり私も無理をし過ぎてるのだろうか。

 だが、私もこの力をエレインに託すまでは死ねない。

 ここまで来た以上、やるしかない。

 そして、またあの混沌の時代に戻るのを阻止しなければいけないのだ。

こんにちは、結坂有です。


新たに登場した重要人物はどうやらセルバン帝国の生き残りのようですね。ただ、魔族に攻撃される前に脱走扱いとなった兵の一人だそうです。

もちろん、副騎士長ということですから強い人なのでしょうね。

彼の話によるとまだ生存者がいるらしいですね。その美少女ばかりの部隊も今はどうなっているのでしょうか。気になるところですね。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



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