話の終着点
俺、エレインはリーリアと共に別室へと向かっていた。
ここは地下牢のある場所からそこまで遠くはなく、聖騎士団が今ジティーラと案内してくれているそうだ。
彼女はどうやら俺と個人的に話がしたいらしい。そのことは先ほどアレクが伝えてくれたが、俺としては何を話せばいいのかわからない。
基本的にあの異空間での会話で随分知ることができた。
もちろん、全てを理解できたわけではないものの、これ以上は今の俺には必要ない情報だろう。
「エレイン様、ジティーラと言う女性ですが、私が調べたところ嘘は吐いていないと思います」
部屋に入るなりリーリアがそう話しかけてきた。
今まで、ルージュとジティーラと話した内容に関してはそこまで教えられていなかったな。
アイリスが言うには俺の知ったこととそこまで大差はないらしいが、細かい点では違ったりもするだろう。
「そうらしいな。話では俺の過去のことを少し聞いたのだろう?」
「はい。私は覚悟していたことですので、そこまで驚くことはありませんでした」
「なるほど」
「私はエレイン様がいかなる存在だったとしても常にお供いたします」
そこまで言うのはかなり前から考えていたことなのだろう。
その話はもう何度も聞いているからな。ただ、真実を知ったとしてもその考えに揺るぎがないと言うのはそれだけで強い意志があると言うことだ。
俺もそのことに関しては尊重しなければいけない。
「俺が人類の敵になったとしてもか?」
「もちろんです。いけまんね、私は人類のために剣を取ったつもりなのですが……」
「自分の信念が変わったのか?」
「いえ、護るべき対象が変わっただけです。エレイン様は私にとって命より大切な存在なのですから」
対象が漠然としたものではなく、俺という具体的なものに変わっただけだと彼女は言う。
言い分としては間違ってはいないだろうが、本当にそれでよかったのだろうか。
とはいえ、彼女が選択したことだ。俺が何か言えた立場ではないのかもしれないな。
「……まぁ俺も何かを強制したりすることはしない。常にリーリア自身の意志で行動を決めると約束してくれるか?」
「はい。私は私の意志でエレイン様のお供をします」
「それならよかった」
ラフィンも言っていたように自らの意志を失っては人間として正しい生き方ができないのではないだろうか。
人の持つ自由意志というものは誰かが強制してはいけないもの、人が人らしく生きるための権利なのだから。
そんなことを考えていると、聖騎士団の二人が扉を開けてジティーラを案内してくれた。
「……エレイン、様?」
「ああ、そうだ」
俺を見るなりすぐにそう俺の名前を言った。
神との話でもそうだったのだが、俺は過去について何も知らない状態だ。
覚えている一番古い記憶でも地下訓練施設でのことぐらいしか知らないのだからな。
しかし、それでも前世であったり、前身と言うものがあるのだとしたら、それもある程度は知っておくべきなのかもしれない。
特にそれが魔族との戦いの鍵となるのなら、なおさら知っておくべきことのはずだ。
ジティーラが何を知っているのかはわからないものの、何かが得られるのは間違いないだろう。
「こうしてお会いするのは初めてですね」
「そうかもな。最初に出会った時はお互いに気を失ったようだからな」
「……恥ずかしい限りです」
「それで、もう一度話したがしたいとのことだが?」
彼女は椅子に座ると、俺はそう話の内容を聞くことにした。
自ら彼女が話したいと言うことはそれなりに重要なことなのだろう。もしくは、彼女が俺の知らない情報を知っていると言うことも考えられるか。
「私の中には滅神エルラディスの思念が宿っています。そのことは本人からお聞きになられたと思います」
「そうだな。世界を滅ぼせるのならそうしたいかみたいなことを聞かれた」
「……やはり変わっていないのですね」
そう彼女は小さく言った。
どうやらうちに宿っている思念のことは彼女自身も感じることができるそうだ。
ただ、俺とエルラディスとで何を話したのかまではわからないようだ。
「それがどうかしたのか?」
「知っておられると思いますが、彼女は自身の子であるエレイン様に深い愛情を捧げていました。それは神としては不適切な行為です。混沌の狭間で生まれた人間であるエレイン様に深入りすることは天界の秩序を乱すことですから」
そのことは神たちの話を聞いて感じたことだ。
とは言え、その天界の秩序というものも今では崩壊しかけているらしい。
魔族によってすでに崩れてしまったのだからな。そうすぐに秩序が戻ることはない。
「それがどうかしたのか?」
「そこで問題となるのが、混沌の狭間で生まれたという点です。エレイン様には私を殺し、私からその力を受け取る権利があると、私は思います」
「それは出来ない相談だな」
「どういうことですか?」
「俺の母である神の思念がどういうものなのかはわからないが、俺にはすでに力があるらしい」
「……その力が完全なものになるのです」
世界を滅ぼすほどの力だと言っていた。ただ、今の俺は自分の力すらうまく制御できていない状態だ。
当然ながら、そんな状態で本当の神の思念や力を受け取ったところで暴走させてしまう可能性の方が高いだろう。
事実、その暴走のせいでアイリスを殺しかけたのだからな。
俺たちがいる下界では神の力は制限されると聞いているが、今持っている以上の力なのであれば次こそ誰か大切な人が犠牲になるかもしれない。
「それで全ての問題が解決できるのならそうしたいのだが、すでにある力すら制御できていないんだ。暴走させてしまうことだって考えられる」
「制御できていないのですか?」
「ああ、先日の戦いでその力に目覚めたらしいがな。その時は意識がほとんどなかった」
「……数千年の封印はかなり深刻なようですね」
俺の前身がどのような存在だったのかは全くわからない。もはやそれを知る者など今の時代にはいないのだからな。
ルージュなら知っていそうだが、彼女も当時から生きているというわけでもないだろう。
加えて、ルクラリズも天界での記憶は神を喰らった時だと言っていた。第一次魔族侵攻の直前だと聞いている。
それも数百年ほど前とかなり古いものではあるが、俺の前身が生きていた時代ではない。
もはや当時を知るのは神ぐらいなのだろうな。
「そうなのかもしれないな」
「わかりました。では、こうしましょう。私とエレイン様とで霊力回路を作り、必要な時に力を授けるというのはどうでしょうか。暴走しそうな場合は私からその霊力を止めて防ぐことができます」
ジティーラからその提案された直後、リーリアが前のめりになって彼女へと反論する。
「そんな危険なこと、できるわけがありません。それに霊力回路は精霊のみに与えられた力、そんなものがあなたにできると言うのですか?」
「すまない。その霊力回路と言うのはなんだ?」
「……申し訳ございません。霊力回路と言うのは精霊が対象に力を与える時に作る導線のようなものです」
「はい。聖剣というものは全て精霊の霊力を伝達できる特殊な金属で作られていますよね。その剣と精霊とが霊力回路を繋ぐことで能力を発揮します」
ただ剣に精霊が宿るだけでは聖剣にならない。
そのことは知っていたのだが、その具体的なことは知らないでいたな。
学院でもそのようなことは教えられていない。
思い返せば、俺は正しい手順で聖剣などを手に入れたわけではないからな。知らないのも当然か。
「その霊力回路を繋ぐのは難しいものなのか?」
「言い換えれば、霊力でエレイン様の体を侵食すると言うことです」
「侵食ではありません。同期なのです」
「同じことですっ」
リーリアは強くそう反論する。
思い返せば、ラクアは精霊を内に宿し、その力も発揮しているようだ。霊力回路を直接身体に取り込んでいる例なのではないだろうか。
「ラクアはどうなんだ?」
「彼女の場合は特殊な事例です。それに、彼女は本当に精霊なのですか? 私には実体のある存在だと思います」
「……私は何者でもありません。魔族でも人間でもなければ、精霊でもないのでしょう」
「では、なぜ霊力回路を作れるのですか?」
確かに彼女からは何者でもないと言う感じがする。魔の気配も感じなければ、生気のある感じすらもない。
かといって、精霊のような無機質とでも言えるような印象でもない。
俺と同じく混沌の時代に生まれたらしいが、その正体は全くわからない。
「私は単なる神の思念を宿す器です。やり方次第だと思います」
「霊力は精霊にしか作れません」
「ルージュの幻影トンネルを使えば可能だと思います。擬似的な霊力回路を作るのです」
「……可能かもしれませんが、あまりにも危険です」
ルージュはまだ自分が覚醒した状態ではないと言っていた。それでも幻影を上手く操って、結界術なる魔術的なものを扱えるらしい。
それならジティーラの言う擬似的な霊力回路をその結界術の応用で作り出せるのかもしれない。
確かに危険なのかもしれないが、やってみる価値はあるのかもしれない。今後、神に最も近いとされる魔族が現れるのだとしたら、その手を利用しない理由はない。
「わかった」
「エレイン様?」
「検討すべきことなのには違いない。俺一人で制御できないのなら、その霊力回路なるものでするしかないだろう」
おそらく人間であるが故の制限なのか、そもそも下界では扱えない力なのかはわからないが、俺一人では制御できないはずだ。
一人でできないのならその仕組みを変えればいいだけの話だ。
直接俺が力を受け取るのではなく、回路を使って間接的に力を受け取る方法にすれば俺が全て制御しなくてもいいわけだ。
「ですが、危険です」
「それなら、ルージュを俺の影に宿せばいい。俺自身に彼女の結界術を施す必要もない」
「……エレイン様の影に彼女を宿す、のですか?」
「ああ、その方法なら俺自身に何か問題が起きることはない」
直接力を発揮した方が強力なのかもしれないが、それは制御できなければ意味のないものだ。
それなら力を落として制御しやすいようにする方がいい。
加えて、間接的にすることで暴走した時も容易に抑制できるはずだ。
「ただし、ルージュにそれができるとわかってからだ」
「彼女ならできます。彼女はトンネルを作って実体に近い存在を出現させているのですから」
思い返せば、初めてルージュにあったのも幻影結界の中だった。
それに、彼女の幻影とも話したことがある。そこに実体はなかったものの、うっすらと感じた魔の気配は本物だった。
それなら力を経由するだけの力は確かにあるのだろう。
「……わかりました。エレイン様のお身体に危害が及ばないのでしたら」
「私もエレイン様には死んでほしくはございません。それにこの命を捧げると決めた身、全霊を尽くすと誓います」
「その言葉、信じていいのですね?」
「もちろんです」
そのリーリアの鋭い視線にジティーラは迷うことなく即答した。
当然ながら、リーリアの魔剣には相手の精神状態を読み取る能力がある。相手の存在が不明確とも感情があるのなら、それを読み取ることはできる。
彼女が小さく頷いたところを見るに、ジティーラの言葉を信じたようだ。つまり嘘は言っておらず、信頼できるだけの覚悟があるとわかったからだろう。
ただ、俺が神の力を扱えるだけの力があればいいのだがな。新しい力を得ると言うのは今までにないことだからな。
ともかく、上手く扱えるよう俺も努力しなければいけないか。
こんにちは、結坂有です。
エレインに滅神の力がもし扱えるのだとしたら、それは魔族にとって危惧すべきことなのかもしれませんね。
ところで、それを許したゼイガイアが一体何を考えているのでしょうか。
そして、どこまで考えているのかわからない魔族の帝位たちも気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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