先送りにしていた問題
僕、アレクはミリシアたちと分かれて隠れ場の方へと戻っていた。
すでに戻っているであろうエレインと待機しているアイリスにこれからルージュらと話に向かうと言うことを伝えなければいけない。
特にエレインにはジティーラとの会話を優先してもらいたいところだ。
ただ、それ以上にルージュからはアロットという魔族のリーダーについてもう少し詳しく聞かなければいけない。
知っていることだけでもいい。少しでも情報があれば僕たちとしても動きやすいからだ。
城の中へと入っていくとアイリスと出会った。
「アレクさん、警備の方はもう大丈夫なのですか?」
彼女は僕を見つけるなりすぐにそう話しかけてきた。
「うん。発表会周辺で魔の気配は感じられなかったよ。もちろん、妙な動きをしている人も見かけなかった」
「それはよかったです。魔族側はまだ警戒しているのでしょうか」
「わからないね」
あのアロットと言われる魔族のリーダーが一体何を考えているのかはわからないが、それでも僕たちに強い敵意を向けているのは先の攻撃から見て間違いない。
エレインとアイリスの二人だけに大軍を差し向けるほどなのだ。
「それでは、私はお兄様のところへと向かおうと思います」
「頼み事があるのだけど、いいかな」
「頼み事ですか?」
そう言って彼女は歩くのを止めて僕の方へと振り向く。
「うん。これからルージュにアロットのことについて詳しく聞こうと思うんだ」
「……私の魔剣が必要になる、ということですね」
「そうだね。他にも用があるならそれを優先してもいいんだけど」
「問題はありません。すぐに向かうのですか?」
「いや、まずエレインにも話があるんだ」
「わかりました。では一緒に向かいましょうか」
それから僕は彼女に付いていき、エレインのところへと向かうことにした。
どうやら彼は本館の方にいるらしく、ラフィンの部屋で王女姉妹と話をしているそうだ。
ラフィンとはエルラトラムに亡命していた時に何度も話したが、ジェビリーとはそこまで話せていない。
本城に囚われているところを救出してからは話していないからだ。
もちろん、その後城に閉じこもっている魔族の掃討作戦を行うため、すぐに戻ったからゆっくりと話せる時間がなかったとも言える。
「ところで、アイリスは今まで何をしていたんだい?」
「私ですか? 私は聖騎士団の人たちと一緒にここの警備をしていました」
「特に変わりはなかったのかな」
「そうですね。近くに魔の気配はありませんでした」
流石にこの場所へと直接攻撃することはなかなかに難しいと言える。
ただ、ルージュがなんらかの工作をしていたとしたら、簡単に侵入することは可能だ。
今のところ、そのような被害は起きていないらしい。それにルージュが敵なのか味方なのかもまだわからないままだ。
警戒するに越したことはないか。
「お兄様はあの部屋にいると思います」
「私室にいるのかい?」
「はい。ジェビリー王女はお兄様と個人的な話がしたいようです」
どのような会話なのかは気になるところではあるものの、王女とて私的な時間は必要だ。ゆっくりと雑談できる時があっても何も問題はない。
アイリスが扉にノックをすると、中からリーリアが開けてくれた。
「警備から戻ってきました」
「ご苦労様です、アイリス様。アレクさんは何か用があってきたのですか?」
「うん。エレインはどこにいるのかな」
「こちらです」
そう言って彼女は部屋の中を案内する。
すると、すぐにエレインが見えた。
ジェビリーとそれなりに仲良くできているようで時折彼女が笑っているようにも見えた。
「……アレクか。もう戻ってきたのか?」
「まだミリシアたちが引き続き、警戒してくれているよ」
「なるほど、ということは別の要件があってきたのか」
「そうだね。これからルージュに魔族川の動向を聞きに行こうと思ってね」
文字通り尋問するということになるのだが、彼女が本当のことを話すとは最初から思ってもいない。
今後、作戦を考える際の参考程度に留めておくべきだろう。
「それでアイリスを連れていくのだな」
「うん。だけど、エレインとリーリアにも頼みたいことがあるんだ」
「なんだ」
「ジティーラがエレインと話したいそうだ」
「……わかった」
一瞬だけ考えた彼だったが、すぐにそう返事をした。
何を考えていたのかはわからないものの、ジティーラと話をしてくれるらしい。
リーリアも一緒にいるのならそこまで問題になることはない。それに僕たちもすぐに駆けつけることができるし、聖騎士団の治癒士も待機している。
「一応危険はないと思うけれど、気をつけた方がいい」
「そうだな」
「すぐに行くのかしら?」
すると、ジェビリーがエレインに対してそう質問した。
その様子からかなり打ち解けている様子でもある。
「そこまで時間のかかるようなものでもないだろうからな」
「もう少し話したかったわ」
「話ぐらいいつでもできる」
「ふふっ、そうね。じゃ気をつけて」
「私からも、お気をつけください」
ジェビリーの言葉にラフィンも続いてそういった。
「……ルージュのことだが、利用できる価値がある。あえて逃すことも考えたらどうだ?」
「つまり、偽の情報を渡して送り返すってことかな」
「できるならそれで相手を撹乱したいところだ」
エレインにしては不確実な作戦を言ってきた。
とはいえ、僕もその作戦がうまくいけば優位に戦いを進めることができると思っている。ただ、それにはかなり運の要素も入ってくるのだが。
できることならより確実に偽の情報を魔族側に伝えれるようにしたい。
「やってみるよ」
「ああ、頼んだ」
そう言って彼はリーリアと共に歩いて行った。
「アレクさん、私たちも行きましょう」
「そうだね」
アイリスと地下牢の方へと向かう。
そこでルージュとジティーラを閉じ込めている場所へと向かい、ジティーラだけを解放してエレインのところへと聖騎士団が案内させる。
彼女からは魔の力を感じない。
そもそも彼女自身、自分は魔族ではないと言っていた。どう言った存在なのかはまだ確定していないらしいが、少なくとも僕たち人類に対して敵意のようなものを持っている様子はない。
「……ジティーラは鍵なのよ? 丁重に扱いなさいよ」
「どういうことかな?」
「こんなじめっとした場所に何日も閉じ込めておくなんて、淑女にすることかしら」
「悪いけれど、敵対勢力の人間を野放しにはできないからね」
最後に会ってから随分時間が経っている。そう怒るのも無理はないか。
ただ、彼女は淑女であるとか以前に捕虜であることを自覚して欲しいものだ。
敵対していないのだとしてもそれは変えられない事実だ。
「はぁ、その様子だと婚約発表会はうまく行ったようね」
小さくため息を吐いた彼女は僕の方を向いてそう言った。。
「危惧していた事件も起きなかったよ」
「ま、あいつはしばらく動けないだろうし、仕方ないわね」
「あいつ?」
「アロットのことよ。無理して能力を覚醒させたみたいだけど、鈍ってしまった体はそうすぐには戻らなかったみたいね」
すると、彼女は何を思ってかそう敵の情報を言った。
内容的には前回聞いたことと全く同じなのだが、鈍ってしまった体というのは初めてだ。
「鈍ってしまったというのはどういうことですか?」
僕と同じ疑問を思ったのか、アイリスがすぐにそう彼女に質問する。
「魔族は地球の大半を制圧してからは戦ってこなかったのよ。たまに血気盛んな下級魔族なんかが人類を攻撃してたみたいだけどね」
「つまり、天界に来てからは上位魔族は力を振るっていないと言うことかな」
「まぁね。本格的に動き出したのも帝国に向かったぐらいかしら」
第一次魔族侵攻はとてつもないものだったと記録されている。当然ながら、聖剣なんてものがなかったために人類は魔族になす術もなく蹂躙されていった。
それから数世紀も経っている。もちろん、神話の時代にもなればもっと古くから天界では魔族と争っていたらしい。
「あ、私は神話の時代から生きてるわけじゃないからね。そこは勘違いしないで」
「とりあえず、僕たちは敵のことをもう少し知りたいんだ」
「……いいわよ。別に大した情報はないけれど」
「参考程度になればいいんだ。何かないかな?」
そう言うと彼女は何かを思い出すように天井を見上げる。
彼ら魔族がどこで情報を統制しているのかは全くわからないが、上位種である彼女なら他の魔族よりも情報を知っていそうなものだ。
「うーん、そう言われてもあまりないのよ。あいつはあんまり他を信用してないから」
「部下に指示を出したりしてるんだよね?」
「その指示もかなり突発的なものが多いの。だから、事前に作戦を出すことはないかな」
エレインの話にも相手の動きが急に変わったなんてこともあったらしい。それなら突発的に指示を出すと言うのは事実なのだろう。
「私も先の戦いで違和感を覚えました。優柔不断な方なのか、考えがよく変わる方なのかわかりません」
「考えがよく変わるの。最初はこの国の聖剣を探してたみたいだけど、エレインがいるってなって急に方針を変えたわ」
「それが、エレインを倒したいと言うものなのですね」
「アロット、因縁があるのよ。それもエレインに対してね」
その因縁と言うものがどのようなものなのかは全くわからないが、おそらく神話の時代であったりするのだろう。
ただ、その時代の話を今に持ち込むのはやめて欲しいところだ。
「誘き出したいのなら、エレインを囮に使えばすぐに釣ることができるわ」
「そんな危険なことをお兄様にさせるわけにはいきません」
「そう、案外いい作戦だと思うけれど」
「とにかく、それ以外に有効な情報はないかな」
「って言っても難しいわね」
確かに彼女から得られる情報が乏しいのならエレインの言っていたあの作戦を取るしかないか。
「……私が偽の情報をアロットに伝える、これならどう?」
すると、僕の考えを読み取ったかのように彼女がそう提案してきた。
僕は若干の動揺を隠して、彼女に質問することにした。
「どうしてそのようなことを?」
「私の知ってるアロットの情報なんて多くはないわ。それなら、こっちの優位性を上げるために相手を混乱させるのよ」
「確かにそれはいい考えかもね。だけど、僕たちはルージュを信頼できない」
「……面倒な人ね。私を逃すだけで戦況が良くなるのならいいじゃない。それに私なんてずっとここにいたんだから、あんたたちの情勢なんて全く知らないわけだし」
彼女の言うようにただ逃すだけで相手の撹乱になるのだとしたら、こちらとしても嬉しいことだ。
加えて、彼女はここにずっと捕えられた状態だ。僕たちの戦況を知る術はなかったとも言える。
それならこちらとしてのリスクはほとんどないのだろう。
「アレクさん、彼女の提案は尤もだと思います。検討する価値はあります」
「そうだね。リスクがないのなら、そうしたいところだね」
「それに、逃すのが嫌なら私の幻影結界を使えばいいわ。本体である私はここにいたままで、相手の情報を仕入れることができるわ」
「トンネルを作る、と言うことですか。それでは相手に利用されるのではないでしょうか」
「その時はあんたの魔剣で遮断すればいいだけよ」
アイリスの魔剣は影や幻影に対して強力な対抗力を持っている。
彼女の魔剣をうまく活用すれば、こちらとしてもリスクを抑えることができる。
現地で危険な状態になった場合はその結界を遮断すればいいだけなのだから、これほど楽な作戦はないと言える。
「……わかった。その作戦で行こうか」
「だけど、この作戦は一度でもバレたら使い物にならないわ。やるならより確実に情報を得られるようにしないとね」
「では、そのことについて具体的に話していきましょうか」
アイリスがそう言って彼女の作戦の内容を詰めていく。
僕としてもいい作戦だと思う。エレインの言っていたものとは違うだろうが、おおまかには同じことだ。彼も納得するだろう。
問題はルージュが人類側に協力していると思わせないようにすることだ。
その点さえ、うまく対策すれば他の場面でも利用できるだろう。
こんにちは、結坂有です。
ルージュを使った相手の偵察作戦、一体どのようなものになるのでしょうか。
それに、エレインと話をしたいジティーラですが、何を話すと言うのでしょう。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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