思わぬ誤算
クロノスからある程度の情報を得た俺はすぐに走り出した。
「ちょっと、エレイン。朝食は?」
「悪い、急用ができた」
玄関に俺が走り込むとアレイシアとユレイナ、リーリアが心配そうに話しかけてきた。
「急用?」
「少し緊急を要していてな」
「待って、私を忘れてるわよ」
すると、奥からセシルが姿を現した。
どうやら彼女も起きていたようだ。
「……わかった。付いてきてもいい」
俺がそう言うとセシルは俺の横に立った。
「エレイン様、私もすぐに準備を致します」
「リーリアはアレイシアの護衛に回って欲しい。ユレイナと二人なら俺も安心できる」
何が起こるかわからないからな。
今ここの戦力が弱まるのはあまり良くないことだろう。
「……わかりました。エレイン様、お気をつけてください」
「ああ」
そう言って俺は玄関を駆け出した。
俺の速度になんとか追いついているセシルは早くも息を切らしていた。
「大丈夫そうか?」
「はぁはぁ……大丈夫。パートナーなんだから付いていくわよ」
「そうか」
俺は数段速度を落として議会軍の基地へと走っていった。
議会軍の基地はすでに混戦状態となっており、中央では二体一の激しい戦闘が繰り広げられていた。
「……アレク」
俺はそこで信じられない光景を見た。
右腕と左足が金属の義肢となっているが、見間違えるわけがない。
あれは明らかにアレクだ。
自然と心拍が上昇する。
だが、それを俺は抑えた。今考えるべきはアレクのことではない。
あの元精霊の二体とどう戦うかを考えるべきだ。
「エレイン?」
「なんでもない。あいつの援護に向かうぞ」
「ええ」
そう言って基地中央へと向かった。
クロノスの情報によるとあの大剣を振り回している元精霊は”保存”と言う能力を持っているそうだ。
保存は剣撃や戦った相手の剣術などを全て記憶することができるため、非常に厄介な相手である。
すでにアレクの剣筋が読まれているため、彼は対応に遅れているところだろう。
そして、あの鎖鎌の男の能力が”吸収”も問題だ。
主に受けた力を吸収することで相手の力を奪い、無力化すると言った戦い方を好むらしい。
相性の良いあの二体はアレクの手数を明らかに減らしている。
「あの人、強いわね」
「そうだな」
セシルはアレクの動きを見てそう呟いた。
確かに彼は強い。
しかし、二対一では優劣の差は明らか。このままでは元精霊に軍配が上がると言ったところだろう。
「セシル、鎖鎌の相手をできるか?」
「あの素早い方ね」
「ああ、無理そうならすぐに退いて欲しい」
鎖鎌は非常に対応が難しい相手だ。
鎌のから伸びた背丈を超える長さの鎖に、その先端に取り付けられた重りが剣や体に巻き付き相手の自由を奪うものだ。
そして、精霊の能力である”吸収”が合わされば即座に無力化されるのが目に見えている。
「私は聖騎士団副団長の娘、一人相手に逃げるなどしないわ」
「そうか。なら時間稼ぎを頼んだ」
俺はそう言って駆け出した。
アレクはどうやら鎖鎌の相手に気を取られてしまい、防御だけに専念しているように見えた。
いや、違うな。
「待て」
手を伸ばして、走り出していたセシルを静止させる。
「どうしたの?」
俺はアレクの右腕を見た。
先ほどから気になっていた義肢だが、あれはただの義肢ではない。
特殊な金属で作られているのか非常に強力な素材で作られているようだ。
そして、それだけでなく力もあるようだ。
その強靭な素材と圧倒的なパワーを持っているあの義肢は持っている聖剣を逆手に持ち、また金属の左足を軸に回転する。
「はっ!」
アレクの掛け声とともに強力な回転が二体の精霊を襲う。
「っ! これはっ」
あの勢いで回転されては流石の吸収の能力でも追いつかないだろう。
回転と言う力はそれほどに強く、簡単には奪えないのだからな。
ピキィン!
鎖が弾けるのような音と共にアレクの剣に巻かれていた鎖が外れ、再び自由を得る。
「せいっ!」
そのまま回転を維持したままアレクは大剣の精霊へと斬り込んだ。
「まずいな……」
あの位置は先ほどあの精霊が振り込んでいた場所。つまり剣撃が保存されていればアレクの腹部は切断される。
「かかったなぁ」
大男がそう言うとアレクの右下腹部から大量の血飛沫が上がる。
「っ!」
そして、大男の”保存”の恐るべきところは痛覚すらも保存されるところだ。
痛いと感じる前の感覚を保存することで、無痛のまま怪我を負わせることができる。
アレクにあの傷の痛みはない。彼は自分から吹き出た血飛沫に驚いたに過ぎない。
知らぬ間に切り込まれた傷は痛みもなく、徐々に体力を奪っていく。
その様子に、セシルは口元を手で覆い息を呑んだ。
「……どうして」
「へっ、記憶に聞いてみな!」
大男が大剣を振り上げた直後、俺はアンドレイアの加速を使って一瞬でアレクの前に立ち塞がった。
「オラァ!」
その強烈な一撃を俺はアンドレイアで受け止める。
ズキィィン! と強烈な金属音を轟かせながら、衝撃波が周囲を震わせる。
「いつの間に……」
「え、エレイン?」
「久しく会っていなかったな。だが、話すのはまた今度だ。今は少し眠っていてくれ」
するとアレクは力尽きるように地面に倒れた。
多く血液を失ったことによる意識の喪失。
即死に至るほどの出血量ではないが、危険な状態なのには変わりない。
「セシル!」
俺がそう合図を出すと、セシルは剣を引き抜いた。
「わかったわ。ほら、突っ立ってないで助けに行ってあげたらどうなの?」
俺の言葉に返事すると同時に彼女は周囲の議会軍の人たちも動かした。
救助しやすいよう俺はイレイラも引き抜いて大剣の大男を剣撃で飛ばす。
アンドレイアの加速で音速近く引き上げられた剣速はイレイラの質量が小さいとはいえ、強力なエネルギーを持っている。
「くっ! 強ぇんだな!」
脅威が俺から離れた直後、俺の背後で倒れていたアレクは議会軍によって救助され奥へと運ばれていった。
「エレイン、後ろは任せて」
「ああ」
俺は一歩踏み込んで、高速で大男に斬りかかる。
相手に保存させる隙を与えないことが勝利へと近道だ。剣撃を空気中に保存されてしまった上に受けた怪我の痛みすら感じさせないなどとなれば、俺の手数が徐々に減っていくのだからな。
そのためにも俺は相手に罠を作らせる前に攻撃を仕掛ける必要があった。
「速すぎだろ!」
大男がそう叫びながら、俺の斬りかかりを防ぐ。
しかし、それも全て把握している。
彼の動きは鈍い。それゆえに動きを把握するのは容易いことであった。
「ふっ!」
攻撃を受け切られ弾かれた体を俺は制御することなく、そのまま回転力へと活かしイレイラで腹部へと音速で斬り込む。
流石の元精霊でもこの速度には対応できなかったようで、簡単に脇腹を斬られてしまう。
しかし、すぐにその傷は塞がってしまう。
どうやら自分の体の状態すらも保存しているようだ。
クロノス曰く、一番古い記憶を斬ることでそれは対処することができるとのことだが、俺がここに来たのはついさっきのことで当然この戦いの情報などそこまで知っているわけがない。
とは言っても何も手がないわけではない。
俺はこの地面の土の状況を見る。無数の足跡や血痕が残っている。さらにいえば、倒された剣士のものなのか剣がいくつか落ちており、その剣の状態はひどく刃こぼれを起こしている。
一体どう言った戦いが繰り広げられていたのか、それらを基に推測する。
「へっ、よそ見すんじゃねぇよ!」
「毎回言われるが、よそ見などしていない」
俺は彼の意識の隙間を縫って、イレイラの剣先を大男の首に突き刺した。
しかし、どこかに保存されている体の情報を読み出すことですぐに再生される。
「そんなにも強ぇのかよ! だったら最初から本気で来いよ!」
「悪いが、いつも本気だ」
俺は落ちている剣をアンドレイアである場所へと弾き飛ばした。
「なっ! その場所はっ」
それと同時に俺は駆け出した。
もちろん意識の隙間を狙った刺突、大男は避けられるはずもなくただ下腹部に大きな穴が空くだけであった。
「がぁは!」
そして、弾き飛ばした剣が空中の何かに突き刺さる。
どうやら空気中に保存していた体の情報を斬り裂いたのだろう。これならこの精霊が回復することはできない。
すると、大声を出した男はだんだんと姿が消えて持っていた大剣だけが地面に落ちる。
「くっ、やはり負けるか」
セシルと戦っていた鎖鎌の男はその様子を見てそう呟いた。
「ちょっと、まだ勝負は終わってないわ!」
セシルが相手をしていた鎖鎌の男は彼女の剣撃を寸前で避けきり、その落ちている大剣を拾い上げる。
「今回は我々の負けだ。力を取り戻しまた襲撃するまでだ」
そう言って鎖鎌の男は姿を消した。
俺はその後を追うことはしない。
「エレイン! 追いましょう!」
「いや、それよりも救助が先だ。脅威は立ち去ったが負傷者がまだいる」
「……ええ、わかったわ」
ここに来た目的を変えてはいけない。
俺たちは精霊を倒すのではなく、議会を守ること。
すでに目的は達成したのだ。後は負傷者の安全を確保するだけだ。
それから俺たちは倒れている数人の負傷者を医務室へと運び込んだ。
そこでアレクの様子も見たのだが、すでに止血は終わっており培養されて作られた血液で輸血を行なっていた。
ひとまず、議会の襲撃を止めることができたが、今後また襲撃があるとなればまた警戒を続ける必要があるだろうな。
ただ、最大の誤算だったのはアレクが生き残っていたことであった。
こんにちは、結坂有です。
クロノスの警告通り、議会があの元精霊の二人に襲撃されていました。
そして、彼女の情報通りの能力を持っていたようです。
元精霊の一人に見事勝利したエレインですが、議会軍にいたある人物を見て衝撃を受けました。
アレクとエレインの関係は今後どうなるのでしょうか。気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに。
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