生まれる誤解
俺、ゼイガイアは魔界の都市を歩いていた。
ここは帝位が都として認定した数少ない場所でもある。この場所は各地の領主が休暇を取るために戻ってきたり、領土を持っていなくとも上位種として非常に強力な力を持っているものしか集まっていない。
当然ながら、俺も領土を持っている身だ。この都市を歩いていたとて不思議ではない。
今まではジティーラがいたためにここへはあまり来なかったのだが、それにしても何百年とこの都市は何も変わっていない。
魔族と人間とが完全に混合した場所、そして人間は奴隷であり、道具であり、玩具でもある。
ここの雰囲気は俺としてもあまり好きにはなれない。ただ、それでもこれが魔族のあるべき姿なのだろうと俺は考えている。
人間が魔族によって使役されるというのは摂理と言えるものだ。弱いものが強いものに従う、それがこの下界のルールなのだ。
「ゼイガイアじゃねぇか」
そんな街の風景を眺めていると上位魔族の一体が近づいてきた。
彼はドリメティアと言って俺の土地から遠い場所を領土として確保している。その広さは俺の領土の二倍ほどとなっている。
もちろん、その領土の中には人間の国も点在している。
その人間の国からは生贄として魔族に奉納している。その数は年間数万にも上る。
当然ながら、それほどの搾取が続いていれば、その国は次第に消滅していくことだろう。
彼は、彼らの部下は贅沢をし過ぎている。
「……ドリメティアか、まだ人間を搾取し続けているのか?」
「当然だろ? そうしなければ部下は言うことを聞かないからな」
「俺からは人間の数を把握しているようには見えないがな」
「人間のことなんかしらねぇよ。あいつら食料と安全さえ与えてやれば勝手に繁殖しやがる」
もちろん、人間は動物と全く同じだ。生活できる環境があれば繁殖することができる。ただ、それは人間を家畜と見做すやり方だ。
俺の想像した人間の使役とは全く違う。
とはいえ、彼のやる方法も間違いではないだろう。ただ、このまま搾取を続けていれば、彼の支配している人類の国は衰退していく。
人間が最も必要とする営みは感情行動だ。
誰かに強制的に使役され、生かされているるだけの存在だと気付いた時、人間は人間としての自覚を失い、感情の慢性的な飢えによって自我を失ってしまう。
そうなった人間の国はもはや国とは言えない。秩序を失い、無法と化す。
挙げ句の果てには自滅の一途を辿る。俺たち魔族が直接手を下さずともな。
「その贅もあと数年で終わりを迎えるのかもな」
「はっ、俺たちは今を生きてんだぜ? 未来のことを考えたところで意味はないだろ」
「その結果が人類の滅亡だとしてもか?」
「それがなんか問題でもあんのかよ」
彼は何もわかっていないのではないだろうか。
俺たち魔族の中には人間の血肉で繁殖し、生活しているものも多い。その多くは下位の魔族だが、彼らは人類がいなくなった世界では自力で生きていくことができない。
結局はバランスなんだ。俺たちが魔族として人間を搾取するのも、人間もまた自分たちで生活できる環境を確保するのも。
全てはその秩序があっての平穏だと思うのだがな。
「上位種である俺たちだけが生き残る世界が正しいとまだ思っているのか」
「所詮、下位の連中は自分で動こうとはしねぇ。そんな奴らにこの先生きる権利なんてないだろ。なら、今ぐらいは贅沢をさせてやる。それが俺の考えだが?」
「将来の安全を見捨てるのは楽な選択だろうな」
「なぁゼイガイア。あんたの言うことは理想論だ。人間と魔族はそもそも釣り合う存在じゃねぇんだ」
そんなことはない。
彼も知っているはずだ。俺たちが人間を基に神によって生み出されたことを。
それなのに俺たちと人間は全くの別物だと果たして言い切れるのだろうか。
「理想を語ってはいけないルールなどない。俺は俺の道を行く。故に俺の邪魔だけはするな」
「わかってるって。お前の領分は何もしてねぇよ」
そのことさえわかっていれば、俺からは何も言うことはない。
彼の領地がどうなろうと俺の知ったことではないからな。とはいえ、いざ人類が滅亡したとして俺の方へと干渉してこない保証はない。
今後、俺の力でどちらが上かをわからせる日が来るかもな。
「こんなところにまで隠居してやがったかっ!」
すると、俺の背後にいきなり一体の魔族が現れた。
彼はゲデネレス・アミラデョスだ。彼は天界生まれではないものの、能力持ちから受け継いだ力でその実力を見せつけ、領主にまでなった特待者だ。
俺は長らく自分の領地に戻っていなかったからな。大怪我を負った俺のことが心配になってやってきた……というわけでもなさそうだ。
「お前、エレインの討伐は諦めるって言うのか?」
「何も諦めるとは言っていない。一時的に中断するだけだ」
「お前ほどの力があればあんな奴、すぐに倒せるだろ」
「神話の時代を知らぬお前が知ったことを言うな」
「俺は知ってんだぜ。お前があの武神の力を持ってるってな。その力があれば難なく殺せる」
こいつはまだわかっていないようだ。
帝位の連中があのセルバン帝国の排除を決定した際、力を覚醒していないエレインなら倒せると踏んでいた。
上位種だけで編成した数千もの部隊で圧殺できるとな。
だが、あいつは先遣隊をものの数十分で殲滅したのだ。
それを悟った帝位は自らの身を守るために後発の出撃を中止してしまった。
そして何よりも問題なのが、エレインの血を吸ったあの聖剣だ。
まだ未熟な聖剣が故に自身の力を使いこなせていない様子ではあったものの、覚醒するのも時間の問題だ。
ここで変な刺激を与えて好機を失うのは勿体無い。
作戦を練り直し、上位種全体でもう一度あいつを畳み掛ける必要がある。
加えてその作戦には帝位の連中にも来てもらう。帝位の持つ能力でもってあいつの力を今度こそ永久に封印するのだ。
「お前こそ何もわかっていない。あいつの力は殺しただけでどうにかなるものでもない」
「たかが人間だろ? 神でも精霊でもねぇ奴に手こずる必要なんてないだろうが」
「そこまで言うのならやってみろよ。それでお前が領土を失ったとしても俺は何も知らない」
「いいぜ。やってやるよ」
「今、アロットがあいつに執着してやがるところらしい。それだけは伝えておく」
ルージュが最後にそう連絡してきてから数日経つが、未だ戻ってくる気配はない。もしかするとエレインとアロットとの戦闘に巻き込まれたか、また別の企みがあるのかはわからない。
ただ、あのジティーラを連れて行ったのはどうしてだろうか。
どちらにしろ、ルージュの動向にも注意しなければな。
「共闘しろってか。この俺に」
「少なくともそうでなければ負ける。アロットの部下とお前の部下を合わせれば数十万の部隊が作れるはずだ。ついでに能力持ちの上位種も十体以上はいるのだろう」
「数の暴力で押し切るってか」
「不可能だと思うがな」
「はっ、俺はそんな真似はしねぇ。まずはあいつらの国を調査すんだ。エルラトラムの内部をな」
そういえば、彼の戦い方は相手の情報を入念に調べ上げるところから始まるのだったな。
それでも俺はこいつがあのエレインに勝てるとは到底思えない。もしかすると、エレインに対峙するまでに死ぬかもしれない。俺はそう直感で感じる。
「なら、決まりだ。俺があいつに勝ったら、お前の土地をもらう。それでいいな?」
「好きにしろ」
「この俺が本気になればどうなるか、見せつけてやるまでだ」
彼はそう言って瞬間的にどこかへと移動した。
意気込むのはいいが、間違った自己認識では勝てる戦も勝てはしない。
俺はあいつを評価しているものの、力や実力に関しては何も評価していないのだから。
「おい、あんな風に焚き付けておいて後で何か言われるんじゃねぇのか?」
「今更だな。帝位の連中は自由にしろと言っている」
「……エレインを狩るなんてできるのかよ」
「まぁ帝位の連中がどれだけ考えたところで確実に奴を倒せる方法なんてない」
彼ら帝位はエレインの問題をどうするか何百年も考えている。
手駒を潤沢に使って見つけ出し、滅ぼそうと考えたがそのどれもが失敗に終わっている。
俺らよりも強力な力と権力を持つ帝位が苦戦を強いられたほどの存在、たかが上位になりたてのあいつに敵うわけもない。
もし、エレインが以前の力に覚醒していれば決着などすぐに決まることだろう。
あとはジティーラがどのようにするかだ。エレインの肩を持つのか、それとも独立しするのか。
どちらにしろ、これは未来の話の話なんだ。
そんな不確かなものに希望を持つことこそ、無意味なのかもしれないな。
こんにちは、結坂有です。
ついに新章に突入しました。
この章では今までよりも戦闘シーンであったり、シリアスな展開が多くなる予定です。
そして、ここからエレインの剣聖としての道が大きく変わる話へと繋がります。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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