直前の憂鬱
私、ラフィンは朝食を王室の部屋で食べていた。
当然ながら、ここには私以外にも姉であるジェビリーもいる。
しかし、今日は待ちに待った婚約発表の日だ。
もう一人の主役とも言えるエレインは私の見ていないところで色々とあったらしい。
安全を確保するために彼の側に居れなかったのは申し訳ないと思っているが、彼曰く問題はないようだ。
私とジェビリーはこの部屋で数日を過ごした。私の身を守るための措置で軟禁に近い状態だったのは不満だったものの、それは仕方のないことだ。
ただ、もう外の安全を確保できたとのことで今日からは自由にこの隠れ城の内部を歩き回れる。加えて、本城の方もある程度復旧出来ているらしい。
だから、私は朝食を食べ終えるとすぐにエレインのいる部屋へと急足で向かうことにした。
彼は本館ではなく、少し離れた別館にいるらしい。
私は聖騎士団の護衛に案内してもらい、その別館へと向かった。
ここの別館は主に従者のための館であり、主人である私たち王族はあまり立ち入ることはない。
ただ、私だけはよく出入りしていたこともあって内装に関してはある程度把握している。
そのエレインのいる部屋にたどり着くにはそう時間はかからなかった。
「入ってもよろしいでしょうか」
私は扉をノックしてそう話しかける。
すると、しばらくして扉が開く。
「……ラフィン様、朝早くにどうされましたか?」
扉を開けたのはエレインのメイドであるリーリアであった。
彼本人が開けてくれるとばかり思っていたが、少し残念な気分になった。
「エレインにもう一度話しておきたいことがあって来ました」
「話したいこと、ですか。それなら使いの人に頼んではどうでしょうか」
「……直接聞きたいことだってあります」
「そうですか。わかりました」
どこか諦めたような表情を一瞬だけ見せた彼女だったが、すぐに扉を開いて私を部屋の中に入れる。
入るとすぐにエレインが座っているのが見えた。
どうやら彼も朝食を食べていた最中のようだ。
「それで、話というのはなんだ?」
扉の前で話していたことが聞こえていたようで、私を見るなりすぐにそう質問してきた。
「急用と言うわけではありません。ただ、少しだけお話ししたいと思っただけです」
「それならこんな朝早くに来なくてもよかったのではないか?」
「き、昨日はあまり眠れなかったので……」
「暇を持て余していたと言うことか」
「そう言うことです」
会いたくて仕方がなかったと言うのは変な人だと思われてしまうだろう。
自然な形でここに来た理由を言えたのはよかった、ことだろう。
そんなやりとりをしているとリーリアが椅子を並べてくれた。私はその椅子に座ると私の分のホットミルクを机に置いた。
「それで、話というのは?」
「……」
いざ話せと言われても何か内容が思い浮かぶわけもなく、今回ばかりは私としても何も考えていなかったと言える。
「その、まずは昨日何があったのですか?」
「リーリアから聞いたのではないのか」
「直接話が聞きたいのです」
少し不自然だっただろうか。とはいえ、それでも話ができるのに越したことはないだろう。
私としてもリーリアからの情報だけではわからないことだらけなのだから。
「気を失ったのは聞いたのだな?」
「はい。魔族に触れたことで倒れたと聞いています」
「正確には魔族ではないのかもしれないがな。まぁその人の能力に触れたと言ったところだろうな」
私が聞きたいのはそこではない。
地下牢に監禁されている魔族と何時間も話し込んでいたその内容が聞きたい。
理由はわからないが、今その魔族は監禁している状態なのだそうだ。わざわざ捕虜のような扱いをする必要はどこにもない。
「すみませんが、これ以上のことは教えられません。小さき盾の皆さんと話し合って決めたことです」
「……私の婚約者であるのに、ですか?」
「はい。このことはエルラトラムの機密にも触れることになりますので」
軍事的な秘密なのだとしたら、私としてもこれ以上踏み込んで話を聞くことはできない。
ただ、少しぐらいは私のことを信用してくれてもいいような気もする。
王族であるため、隠し事を守るのは得意だ。
「ドルタナ王族を信用していない、と言うことですか?」
「そう言うわけではございません。こればかりは譲ることはできません」
リーリアの回答にエレインは何も言わないままだ。
そのことからしてもこれはしっかりと話し合った結果だと言える。
それほど秘密にしたい情報なのだろう。
加えて、私自身婚約者とは言ってもそれは仮初めのこと。正式な手順で申し込んだわけでもなければ、互いにお付き合いすることもない。
あくまで、今日の婚約発表は国内を改革させるための少し強引な手段に過ぎないのだ。
目的が達成できた暁には婚約も非公表で解消することになる。
「そこまで言われては私としても踏み込んで話を聞くことはできませんね」
「悪いが、こちらとしても事情があるんだ」
「気にすることはありません。私も秘密を守る意味をよく知っていますので」
もうエルラトラムに従属するようになるのだから、それら秘密に関しても次第に無くなりつつあるだろう。
ただ、それでも少しぐらいは私のことを信用してくれてもいいと思う。一体それがどのような秘密なのかは想像できないが、ちょっとは特別扱いしてくれてもいいものだ。
そんなことを考えてみたところで、わがままが通るわけもない。王族である以上普通な関係は築けないだろうし、それはもう諦めるしかないだろう。
彼もエルラトラムの重要人物の一人なのだから。
「話と言うのはそのことだけか?」
「いえ、他にもあります」
「なんだ」
「発表会のことです。緊張とかはなされないのですか?」
そんな小さなことを聞いてみることにした。
別に悪いことでもないだろう。このような話をしたとて問題はない。
「緊張と言っても俺は特にすることはないからな。だから、ラフィンの方が緊張していることだろう」
「私は、特にありませんね。市民の方達とはよく話していましたし、大勢の前で何かを話すのは慣れているつもりですから」
とは言っても、そこまで場数を踏んできたわけでもない。
せいぜい、政策をみんなに伝える程度のことでこのような私的なことを公表するのは初めてだ。
その点で言えば経験が全くないとも言える。
政策なのであれば、他の人がまとめてくれた原稿を読み上げる程度だ。
「それでも今回はいつもと違うのではありませんか?」
「確かに違いますが、本質は大きく変わりませんので大丈夫です」
大勢の前で話をするというのは一度慣れてしまえばあとは簡単なのだ。
事実、今の私はそこまで緊張しているというわけではない。
一つ言うなれば、別の意味で気分が高揚していると言える。ただ、このことはエレインや他の人の前では言わないようにしよう。
「まぁそうなのかもしれないな」
「大勢の前で話をすることはあるのですか?」
「いや、俺はそのようなことはしないな。そもそも俺たちの国は議会制だ。何か発表するにも基本的には議会の広報が担当している」
「そうですね。特定の人が話をするなんてことはあまりありませんね。担当の方がされております」
そういえば、議会制となればそういうことになるのか。
なら、自分自身が何か表に立って話す必要もない。それは非常に効率が良いと言えるだろう。
私がわざわざ現地から戻らずとも手紙一つで伝えたいことを伝えることができる。
とはいえ、この国ではその方式はすぐにできないだろう。国民の中には王自身の声を聞きたいという人もまだいることだ。
重要でなければ、徐々にでもその方式を取り入れてみるべきだろうか。そうすれば、国民も慣れてくるはずだ。
「なるほど、役割を分担しているのですね。少し参考にしてみようかと思います」
「参考になったのか?」
「いつかはこの国も民主的な方針を取らなければいけません。いつまでも王族にばかり頼っていてはいけません」
「そうかもしれないな」
ともかく、少しだけ会話できたのはよかったと言える。
個人的にはもっと他愛のない話をしたかったところなのだが、それはまた今度にしよう。
「それでは、私は発表会の準備をします。できれば正装で国民に伝えたいですから」
「ああ、その方がいいだろう」
「急な訪問、失礼しました」
「そこまで気を遣わなくていい。話したくなったら、いつでも相手になれる」
「嬉しい限りです」
私はそう言って小さく頭を下げるとエレインの部屋を出た。
あと数時間後には発表会だ。それまでに国民に伝えたいことを少しでもまとめておこう。
こんにちは、結坂有です。
エレインに起きたことを何も知らないラフィンですが、彼女も彼の秘密を暴くための鍵を持っているかもしれませんね。
そのことに関しては今後解明されていくのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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