ある帝国の真実
俺、エレインは真っ暗な世界に一人立っていた。
先ほどまでアイリスの部屋にいたはずなのだが、いまいちその前後の記憶が曖昧だ。
確か、俺とアイリスと話しているところにアレクが魔族と思われる二人を連れてきたはずだ。ただ、その後のことがどうも思い出せない。
「エレイン、長い間眠らせてしまいました」
どこか懐かしい声だが、俺の記憶にはない声だ。
自分の記憶にないだけで、どこかで出会っていた可能性だってあるかもしれない。訓練をしていたときや、エルラトラムの街中で聞いた声かもしれない。
ただ、正確に思い出せないというのはどうも奇妙な感覚だ。
「誰なんだ?」
「冗談を……私ですよ。私と貴方、力を分け与えた仲ではございませんか」
「悪いが、記憶に全くない」
「封印されてしまいましたから。そのせいで記憶が失われているのかもしれません」
そう言っている彼女だが、俺には全くもって見当がつかない。
俺はセルバン帝国で生まれ、その地下施設で育てられた。そこでの記憶は一番古いものでも訓練だった。
それ以外の話は全く記憶にない。
「思い返してみても、俺の記憶にはない」
「人間の体というのは不自由なものです。過ぎた時間は取り戻せません。ですから、戻したのです。貴方の失った時間を、この私が滅ぼしたのです」
「何を言っているんだ?」
「貴方は逞しい男の人でした。私の知る中で1番強く、そして一番私のことを考えてくれていました」
彼女は勝手に話を進めるが、俺には一体何を言っているのか全く理解できない。そもそも記憶にないのだから意味がわからなくて当然だ。
しかし、それでもいくつか思い当たる節がある。
「待ってほしい。俺はトレドゲーテの子孫だと言われている。そのことについてわかるか?」
「わかりません。彼は私と貴方とを引き裂いた張本人。恨むべき対象です」
「……好き勝手言っているようだが、姿を見せてはどうだ?」
神話の時代の話をしているのだろうか。そのことは今は関係ない。俺に話しかけている人物が何者なのかを知りたい。
「私は貴方であり、貴方は私なのです。私は滅びを司る神エルラディス、創造神に敗れ自ら滅びた後も失った貴方を求めてここまで来ました」
そう言って現れたのは滅紫に染まった瞳、輝くような、それでいて怪しく輝く銀色の髪に薄い肌。
「覚えていませんか? この姿は貴方にそっくりです」
「姿を見ても思い出せない。一体いつの話をしているんだ?」
「いつでしょうか。下界では何千年も前になるのでしょうか。わかりません」
「……俺はそこまで長く生きていない」
「何を言っているのですか? 私は滅びの神、私が滅びよと言えば世界から滅ぶのです」
「では、滅びぬと言えば……」
「そうです。その存在は永久に滅ぶことはありません」
神話の時代の話であればそれはあり得るのだろうか。
しかし、滅びと創造が繰り返されることで世界の均衡が保たれていたはずだ。そのなかで俺だけが滅ばない存在なのだとしたら、それは世界の均衡が崩れてしまうのではないだろうか。
「貴方の考えていること、わかります。そうです。破滅と創造は表裏一体、繰り返されることで世界の均衡は保たれています」
そう言った彼女は若干俯き加減で呟くようにまた口を開く。
「ですが、悲しいではありませんか。この私が愛する存在が消えゆくのは」
「それで滅ぼさなかったのか」
「そうです」
「なるほど、感情的に言えば正しいのかもしれないが、神はそのような感情で物事を判断してはいけないのではないか?」
「理性がなんですか、感情がなんですか。私は私の意思で、私の決定で決めたこと。誰かにとやかく言われる筋合いはありません」
どこかで天界という世界は自由だと言われている。当然ながら、自分勝手に生活できるだろうと言われている。しかし、それは下界を巻き込まないことに限定される。
下界というのは天界の副産物であり、その均衡を壊すことはあってはならないことだからだ。
ただ、それは自分勝手な決断だと一言で言えばそうなのだが、今となっては過ぎた話だ。
何千年も前のことをなんだと言わず、これからのことを話す方がいいだろう。
「……それで、エルラディスはどうしたいんだ?」
「あの時代に再び戻りましょう。この下界も天界も、全て崩して」
「つまり、破滅させるということか?」
「そうです。この世には私と貴方だけでいいのです。それ以外の全ては必要ありません」
確かにその考えは一理あるだろう。
今の状況で何もしなければ、人類は魔族によって滅ぼされる。そのことに天界は直ちに行動することはないだろう。であるのなら、その全てを一度リセットするという目的で破滅させるのはいいのかもしれない。
破壊から始める再生、ということだ。
「ただ、それができるのは創造神がいなければ意味がないのではないか?」
「……創造神、彼は自ら禁忌を冒し、自ら作った理によって存在が消えていきました」
「では、エルラディスの作る世界とはなんだ?」
「私と貴方だけの楽園です。悲しいことは全て無くせばいいのです」
このことは今ここで決断しなければいけないことなのだろうか。全てを破滅させ、リセットすることが本当に正しいことなのだろうか。
おそらくこの状況を作り出すことができるという時点で、目の前にいる彼女は神なのには間違いない。
であるのなら、その話に乗るべきなのだろうか。理性では全ての悲劇は防ぐことができる。しかし、悲劇なき世界は果たして正しい世界なのだろうか。
哲学的な話ではあるが、表があれば裏もあるというのが摂理というものだと俺は考えている。
すると、目の前が一瞬にして光に包まれる。
この光はあの時と同じだ。
「……俺の子孫に再び会おうなんぞまだ考えていたのか」
目の前に現れたのは剣神トレドゲーテだった。
彼は俺と目の前のエルラディスとの関係を引き裂いたらしい。だが、今となってはその真相はわからない。
「剣を極め自らを滅ぼした愚か者が何を言うのですか」
「はっ、俺の時代では名誉だったんだ。他人が勝手に言うことでもねぇだろ」
「今の貴方にはその名誉も資格も覚悟も決意も、ましてや信念すら失っています。それを愚かと言わずしてなんと言うのでしょうか」
「またそのことか。変わってねぇな。あいつが素体を変えたとしても本質までは変わらなかったのか?」
「素体、あのジティーラという女の体のことですか。確かに素晴らしい肉体です。ただ、あれには何もありません」
どうやら神同士の話し合いのようだ。俺には全く持って彼らの話に付いていくこ
とができない。ただ、ところどころだが理解できることがある。
話によると俺とあの部屋で出会った女性はこの神を封印させていた素体だったようだ。
「はっ、俺があんたに惚れてたなんて一生の不覚だな」
「私もです」
「それでも俺を滅ぼすことはしないんだな」
「もちろんです。貴方の力はこのエレインにも宿されている。そして、私の力もまた宿されているのです」
「俺を滅ぼせば、こいつも滅ぶってわかってるからか」
「ええ、禁忌だとわかって、貴方はこの私から奪ったのです。母体である私がエレインを育て見守るのは自然のことです」
なんの話をしているのだろうか。
彼らは俺の両親、ということなのか。
いや、俺は少なくとも帝国で生まれ、帝国で訓練され生きてきたはずだ。いや、そもそも俺が生まれた時の話は帝国の人が話しただけ。あれは嘘だったのか。あくまで人間であるという体裁を守るための。
「親である以前にあんたは神だ。許されないことだとわかっていただろう」
「それがなんですか。この私から貞操を奪っておきながらよくそんな大口を叩けるものですね」
「……若気の至りってもんだ。誰でもあるだろ?」
「知りません。私は純粋だったので」
「拗らせていたくせに純粋ってか? 笑わせんな」
どうやら俺にはわからない内容の話が続いてしまっているが、神話の時代の話でもしているのだろうか。
ただ、そのような話に巻き込まれるのは勘弁してほしいところだ。
「それで、俺は二人の子どもと言うことで間違いないのか?」
「……失礼しました。正確には子供というわけではございません」
「お前ら人間のように子どもが作られるわけではないからな。俺とこのエルラディスの力を元に創造神が作ったんだ」
ということは神が俺を作ったということなのだろうか。ただ、それで話の辻褄が合わないのではないだろうか。
俺が作られたのが神話の時代だとすれば、俺の年齢はとんでもないことになっているはずだ。
「正確には作られたのではなく、副産物でした。創造神は自ら混沌を生み出すことで世界の秩序を保とうとしたのです」
俺にはわからない話ではあるものの、大体は想像できた。そもそも天界での話なのだ。俺たち人間とは全く違った世界観であるのは当然と言えるか。
ただ、それでも俺が神話の時代から生きていたとは到底思えない。
俺の記憶にある一番古いものでも地下訓練施設のことぐらいしか覚えていないからだ。
「信じられねぇって顔してるな。まぁそうなるのも無理はないか」
「結晶の中で眠っていましたから」
「つまりは封印ということか?」
「それに近いものですね」
具体的なことはわからないが、俺が封印されていたと言うのは事実なのだろう。剣神がわざわざここまで来て嘘を言うなんてこともないか。
ともかく、俺と言う人間は神の力を一部宿しているようだ。
そのことについて詳しく話を聞く必要があるだろう。
こんにちは、結坂有です。
自身の過去について真実を知ることができたようですね。
これまで様々な謎がありますが、これからは少しずつ改名されていくのでしょうか。
他の謎についても気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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