矛先を変えて
私、ルージュはジティーラとアロットの裂影結界術の準備を眺めていた。
主にこの裂影結界術と言うものは相手の影に侵入するものだ。もちろん、それだけだと何の意味があるのかはわからないだろう。
具体的にこれが意味するのは、相手の影に侵入し、破壊することで相手を死に至らしめることができるのだ。光と影は表裏一体であり、その関係性は崩れることのない理だ。
ただ、この術には大きな欠点がある。相手の影に侵入するためには前準備となるものが必要になる。それが何かというと、今私たちの目の前でアロットが行なっているような儀式だ。
「……あの、あれは何の儀式なのでしょうか」
私の隣でアロットの儀式を眺めているジティーラが不安そうにそう聞いてきた。
「あれは裂影結界術を行うための下準備、まぁ簡単な言葉に直せば生贄を捧げているようなものよ」
「生贄、ですか。それほどに強力な術ということですか?」
「そうね。事実あれを扱えるのは魔族の中でも数えるぐらいね」
「……本当にそれは必要なことなのでしょうか」
「あいつがそう判断したのだから仕方ないわ」
そう、彼女が不安と恐怖を感じているのは何を言おう生贄がいるからだ。それも一人ではない。何百人と言えるほどの人間と少数の下位魔族の存在だ。
私たち魔族領の中には人類を使役しているところもある。エルラトラム周辺やその同盟国の近くではそのようなことはないが、彼らエルラトラムによる聖剣の影響下にない人類の国は直ちに魔族によって制圧された。
それにより、私たち上位の魔族は安定して人類の糧を手に入れることができた。
ただ、それは上位種を賄うだけに限定している。下位種の魔族はその恩恵を受けていない。
「……何のために戦っているのですか?」
「少なくともアロットって女は憎悪を晴らすためでしょうね」
「そんな自分勝手な理由で、あれほどの命が失われるというのですか」
「残酷だと、そう言いたいのかしら」
「はい。彼ら人間も魔族も生贄になるために生まれてきたわけではないはずです」
「悪いけれど、私たちはそんなことは知ったことではないのよ。彼ら下位の存在がどうなろうと私たちには関係がないから」
そう言っている私も残酷なことだと理解している。誰もが自由に生きる権利があるはずだ。それは人間や魔族に関わらず、全てに言える。
ただ、そんなことは理想論に過ぎない。誰かの自由は誰かの犠牲なのだから。
「さぁ、殺し合いなさい。その血肉が私の力になるのよっ」
準備を終えたのかアロットがそう合図を出す。
それと同時に鎖に繋がれた数百もの人間に向かって下位の魔族が放たれる。
「ジティーラ、見たくないなら……」
「いいえ、私は現実を見るために来たのです。だから、最後までこの目で見るつもりです」
「そう」
彼女は現実から目を背けたくはないと言っている。彼女は長い間、あの中央で生活をしていた。
当然ながら、前線の話を聞くことはあっても実際に見たことはほとんどないはずだ。
「はぁああ!」
一人の悲鳴とともに鮮血が飛び散る。
彼ら人間は抵抗する間もなく魔族によって殺されている。こんな光景はもう何百年も見たことがない。
「——っ!」
「大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です」
一瞬目を背けそうになるが、彼女はゆっくりと深呼吸をして再び瞳を開く。その神秘的な瞳でこの残酷な現実を見逃さまいとしているようだ。
そんな彼女の覚悟は非常に強いものだと思う。
神話の時代の、彼女の前身である滅神の強い意志の現れだろうか。
「グルゥウアアア!!!」
下位魔族の方向が空気を轟かせ、それが振動となって私たちへと届く。
彼ら下位の魔族がこれほどまでの人間を食べたことはなかったはずだ。少なくともここ数百年は。
しかし、今それが変わりつつある。
大量の人間を食している彼ら下位種は力を蓄え始める。それもより濃密なものに。
「な、何が起こっているのですか?」
「長い間、食事をしてこなかったことで衰弱していた彼ら下位種が本当の力に目覚めたのよ」
「本当の力、ですか?」
「いわば進化と言ったところかしら。私たち上位の魔族は下位の連中を虐げることで自らの力を蓄えているの。人間の数にも限りがあるからね」
人間を永らく食べていなかった下位の魔族は当然ながら退化していく。必要最低限の食事だけ、そして常に管理された状況下で彼らが元の凶暴な存在に戻ることはない。そう、今のような儀式が行われない限りは。
「その、力を取り戻した彼ら下位の魔族はこれから……」
「あのクズが吸収するのよ」
その吸収の方法に関してはその魔族によって様々だ。アロットの場合は対象を幻影結界に閉じ込め、そこで食す。
結界内で何が行われているのかは外部である私たちからは見ることはできないが、それでも想像はできる。無数の見えない触手によって貪るようにして吸収するのだろう。
「……急に暗くなりました」
すると、咆哮していた魔族が急に黒い結界に飲み込まれた。
あのようになってしまっては能力の発現前である下位種では到底脱出は無理だ。
「あれで儀式は終わりよ。って言ってもこんなものただの虐殺みたいなものだけどね」
「こんなことが以前にも行われていたのでしょうか」
「まぁ何百年も前だとね。だけど、私たちは気付いたのよ。人間を滅ぼすのは簡単だってね」
どうしてこのようなことをしなくなったのか、答えは簡単だ。この方法はあまりにも効率が悪過ぎるからだ。
こんな回りくどいやり方をしなくとも人類なんて下位種の数で擦り潰してしまえばいいと考えたのだ。危険な最前線へと上位である私たちがわざわざ向かわなくともいいということだ。
そもそも帝位の連中が地球の大半を支配したのだから今の私たちは何も頑張る必要なんてなかった。
その方針が大きく変わったのはあのエレインという存在が現れたからだ。
最初はあの帝国の捏造かとも思っていたが、どうも調べていけば違うようだ。彼は神話の時代の人間、つまりはこの時代にいてはいけない存在だということだ。
そして、彼が現れたと同時にジティーラも現れた。彼女の場合は少し特殊で魔族の支配域のとある場所で結晶の中に封印されていた。異音がするということで調査し、ゼイガイアが彼女を発見した。
今の彼女は結晶から取り出された時と全く同じだ。歳など取っているようには見えない。彼女はおそらく人間でも魔族でもないのだろう。
「……それではどうしてこのようなことをしているのでしょうか」
「エレインって言う未知の脅威を排除するためよ」
「彼は脅威なのですか?」
「少なくとも私たち魔族にとっては脅威よ。神の力をも超えるあの能力が本当に使えるのだとしたらね」
「遠くからですが、彼はまだ力を発現していない様子です。まだ弱い力ですから」
いくら弱くとも神に近い力を持っていると言うことは疑いようのない事実だ。一人で数万もの敵を瞬殺するような力はどう考えても異次元としか言えない。
「帝位の連中がその言葉を聞いたら今すぐにでも彼を捕えようとするでしょうね。まだ力を取り戻していない今が好機と思うわね」
「……そのことはアロットさんも気付いているのでしょうか」
「どうだろ。案外なんにも考えていないのだと思うわ。ただただ感情にものを言わせているだけでしょうし」
あのクズのことは深く考えたくないものだ。理由は言うまでもなく、彼女の言動そのものに私は嫌悪しているのだから。
「懐かしい、この力。この力があればあいつにも勝てるっ」
どうやら私たちの見えないところで魔族を吸収することができたのか、彼女の体が徐々に隆起し始める。元々の姿に戻りつつあるようだ。
「うぅうっ」
急激に力を取り戻したが故に体がまだ慣れていない様子だ。これではすぐに行動することはできないだろう。
「あの様子だとしばらくは動けそうにないわね」
「どう言うことですか?」
「私たち上位は怠け過ぎたからね。いくら覚醒したとしてもすぐに慣れないのよ」
「そう、なのですね」
そんなアロットを見ていると彼女の元に他の上位種の連中が集まり始める。彼らとは全く交流したことがないが、どうやらアロットに付き従う連中のようだ。
彼らが介抱するのなら私たちがわざわざ向かう必要はないか。
「……私たちは私たちで別行動しよっか」
「別行動ですか?」
「ええ、今頃エレインたちがどうしているのか、気にならない?」
「気にはなりますが、そう簡単に人類側に侵入することができるのでしょうか?」
「侵入とか潜入とかしなくていいわ。堂々としていればいいのよ」
「え?」
私は幻影の力をある程度操ることができる。その力をうまく使えば人々に紛れてあのドルタナ王国に入ることなんて造作もない。
もちろん、聖騎士団には注意しなければいけないが、それ以外は特に気にする必要はない。
いざとなれば幻影結界の中に入って逃げることもできる。
「怖いなら別に来なくていいわよ? これに関してはただの好奇心で行くわけだし」
「確認しなければいけないことがあるのです。だから付いていきます」
「そう、わかったわ」
彼女はどうやら本当にエレインと会ってみたいのだろう。
それが一体に何を意味するのかはわからない。しかし、私にとってもこれは大きな意味があると思っている。
ここでもし彼女が逃げるようなことをしたとしてもそれはそれで構わない。私はただ、この世界がどう変わっていくのか気になるだけなのだから。
こんにちは、結坂有です。
約二ヶ月間の休みとなってしまいましたが、これからは毎日投稿ができると思います。
体調が悪くなったと言うわけではありませんので、ご安心を……
ルージュたちですが、かなり大胆な行動に出ましたね。
これによりどのような影響が出るのか、気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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