目覚めの刻限
そろそろ聖騎士団団長への報告も終わった頃だろうか。少なくとも俺がアイリスを刺したことには変わりないからな。
「お兄様、もし何か罰があるのなら私が代わりにでも……」
「その心配はいらない。アドリスもそのようなことはしないだろう」
「……それでは何に心配しておられるのですか?」
俺が今心配していることはただ一つ、魔族の動向だ。
俺たちが撤退する際、彼らは追撃してくることはしなかった。
奇襲を防ぐため地下通路を破壊しておいたのだが、それでも不安なことがある。
ルージュの使った幻影結界と言う能力についてだ。彼女はどこからか現れることができた。当然ながら、それに近い能力を持つと言われているアロットに関しても不安要素の一つだ。
もし、物理的な手段以外での移動方法が可能なのだとしたらもはや城壁などは意味をなさない。
「幻影結界のことだ」
「確かにルージュと名乗る魔族は危険です」
「そうだが、アロットを危険視するべきだろう。彼女は今回の攻撃の指導者、つまりリーダー格の存在だ」
「その幻影結界は聖剣や魔剣の能力と似たようなものなのでしょうか」
「近いものだろうな。ただ、その素性は全く違う。神から直接奪った能力だからな」
精霊などの能力は神から分け与えられたものだ。そのため、使える範囲に限りがあったり、力そのものが弱かったりと制限されている。
しかし、魔族の場合は神から直接奪った能力だ。当然ながら、神に近い能力を持っていることが予想される。
今まで出会った魔族でもゼイガイアやグランデローディアと言った最上位種の能力は飛び抜けて異常だった。
もちろん、天界で出会った剣神と言う男ほどに強いと言うわけではなかったが、それはおそらく下界へと降りる時に抑制されているのだろう。いくら神の能力といえど、創造神によって創られた摂理に背くことはできないらしいからな。
あの剣神も下界への干渉は避けたいと言っていたことからもわかることだ。
「……と言うことは神と対峙していると考えていいのですね」
「そうとも言えるな」
「お兄様も経験なされたこと、私も頑張って乗り越えます」
そう意気込む彼女だが、ここは俺としても忠告しておかなければいけない。
少なくとも俺の見立てでは今の彼女では彼ら神の能力に勝てる見込むはほとんどない。
「やめておいた方がいい」
「どうしてでしょうか?」
「アイリスはまだ未完成の剣術だ。その枷を断ち切っていない」
「それは、あの閃滅剣舞のことでしょうか」
「ああ、あの技を俺は使わない。もちろん対複数戦で有利なのはわかっているがな」
俺がそういうと彼女は少しだけ考え込んだ。
あの時にも言ったが、あの攻撃は飛び道具に対しての耐性が全くない。急な奇襲にも弱い。
「お兄様はあの場合どのような技を使うのでしょうか」
「俺なら自分で編み出した構えを使う。構えと言っても形があるわけではない」
「……もしかしてですが、今もその技を?」
そこまで言うと彼女もやっと理解できたようだ。
俺の構えに決まった形はない。
どのような態勢であってもすぐに戦うことができ、さらにはどのような角度どのような状況であっても対応できるようにしている。
当然ながら、高い練度が必要になる。ただ、アレクやレイには真似することができなかったようだ。
おそらくだが、この技が使えるのも俺が何か特別だからなのだろうか。
「まぁそうだな」
「見たところ、ふくらはぎに力を入れているような気がします」
「よく見切れたな。それ以外にも背筋なども緊張状態にさせている」
「……意味があるのですか?」
「普通なら間違った筋肉の使い方だ。ただ、俺にはこの方が楽だ」
「お兄様だけの業、なのですね」
そういえばこの技術についての名前はなかった。
まさ誰かに教える時が来るとはな。こうなっては技名でも考えてみるか。
「……掃滅の業、相手を一掃することを目的とした技だ」
「なるほど、お兄様らしいです」
「無理に合わせる必要はない。アイリスにはアイリスの戦い方があるだろう。ただ、あの剣舞に関してはまだ未完成だ」
「はい。精進いたします」
彼女も自身の持つ技術を進化させる時が来たことだろう。
障害があるからこそ限界があると言うもの。その障害となっているものが知識や技術であるのなら新しいものを吸収すればいいだけだ。
それがやがて自身をより向上させるきっかけになるのだから。
「エレイン様、ご報告が終わりました」
俺たちがこの隠れ城に戻ってから三十分ほど経っただろうか。
アイリスの容態もだいぶ安定してきているようだ。
ただ、内臓にまで達した傷はそうすぐに治ることはない。失ってしまった血液も戻ってこない。
「リーリア、このことだが……」
「私の不注意です」
「アイリス様のおっしゃる内容をお伝えしました」
「伝えただけなのか?」
「はい。伝えただけです」
その意味に別のものが混ざっているような気もするが、今は気にしている場合ではないか。
ここで俺が真相を曝したところで事を乱すだけだ。
自分の中ではまだ納得しきれていないが、納得するしかないのだろう。
ただただこの罪の意識は良心を痛めつける実感がある。
「それより、魔族との戦いがあったようですが、本当なのですか?」
「……ああ、俺とアイリスとで数万もの魔族を倒した」
「数万、恐ろしい数ですね」
「それでも半分ほどは残っているだろう」
「ですが、直ちに攻撃が来る様子はありません。私たちと同じく魔族も撤退したようですから」
どうやら俺に抱き上げられている状態でも周囲の様子を観察していたらしい。
意識は朦朧としていたとはいえ、しっかりと危機管理ができているのは彼女らしいといえば彼女らしいか。
「そうですか。エレイン様、アイリス様。お疲れ様です」
そう言って彼女は深々と頭を下げて労いの言葉を告げる。
「ところで、エレイン様。その目はどうなさったのですか?」
「目?」
すると、彼女は顔を近づけて俺の瞳を覗き込むようにして見つめる。
彼女の美しく大きな瞳が迫り、彼女の吐息すらも頬に掛かる。
「……光の加減でしょうか」
「お兄様。私にも見せてください」
振り向くとそこにはアイリスの顔があった。
そして、彼女の深い瑠璃色の瞳がじっと俺の瞳へと迫る。
「やはりおかしいですね」
「充血でもしているのか?」
「いえ、そうではありません。虹彩の色が変わっているように見えます」
「アイリス様もそう思いますか?」
「はい。少し変わった色をしています」
どう変化しているのだろうか。
そもそも虹彩の色など変わるものなのだろうか。少なくとも俺は聞いたことがない。
ガチャ
そんなやりとりをしていると扉が開いた。
横目で扉の方を向くとそこにはミリシアが立っていた。
「……三人で何してるの?」
「お兄様の目を見ていました」
「目がどうしたのよ」
「虹彩の色が変わっているように見えます。ミリシアさんもそう見えますか?」
リーリアがそういうとミリシアが険しい表情をしながら、また俺の瞳を覗き込んでくる。
二人と違って勢いがある印象だが、気にしたところで意味はないか。
「……確かに変ね。光ってるようにも見えるけど?」
「どう変なんだ」
「そうね。ほんの少しだけ赤みがかった黄色……梔子色と言うのかしら。それが黒い瞳の中にうっすらとかかっている感じね」
人の目は人種などによっても大きく変わるようだが、そのような色というのはあまりないだろう。
確かにそれなら変わっていると言うのは間違いではないか。
しかし、どうして瞳の色が変わったのだろうか。思い当たることがあるとすれば気を失った時に何かがあったとしか考えられない。
それにここまで近くで見ないとわからないぐらいなのだから、今までその変化に気づかなかったということもあり得る。
魔族の力を取り入れた時、剣神の一撃を受けた時、遡ればクロノスやアンドレイアの力を酷使した時など心当たりのあるものはいくらでもある。
「今まで気づかなかっただけだろう」
「……そんなことはありません」
「どうしてそう言い切れるの?」
「私はずっと見ていましたから」
「——っ。さらっと言ってるけど自分が変だと思ったことはない?」
「いえ、ご主人様の健康管理はメイドである私の勤めでもありますから」
今に始まった事ではないリーリアの過剰な観察にはいつも驚かされてばかりだ。
もしかすると、地下訓練施設で俺たちを見ていた研究員よりも見ているのではないかと思うぐらいだ。
まぁあの研究員らしき人物が何を記録していたのかは想像もつかないがな。
「……それより、目の色が変なのは気になるわね。やっぱり数万もの魔族と戦ったから?」
「そのことはまだミリシアに話していないが?」
「っ! 立ち聞きしたのよ。さっき廊下歩いてたらっ」
廊下まで聞こえるほどの声量で話していなかった気がするが、どうでもいいか。
「リーリアの情報が正しければそうなるな」
「……思い当たること、ありますよね」
すると、アイリスがそう小さく囁くように俺に語りかけてきた。
戦闘中に気を失ったこと、そしてその夢の中で奇妙な声と出来事があったということ。
その二つをミリシアやリーリアにも話しておくべきだろうな。
これで答えがわかるとも思えないが、相談してみるのは別に悪いことではないはずだ。
それから俺はあの時のことを詳細に説明することにした。
こんにちは、結坂有です。
エレインの瞳が変わってしまったようですね。
それにしても妙な力が彼の中に宿っているのが気になります。
その力が目覚める時はいつになるのでしょうか。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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